第766話 クライエン。ただの冒険者だ
人間と手を組んだ魔物が目の前にいる。しかもかなりの実力をもっているのは間違いない。
まともに戦える人間は俺、バロルドと法衣服を着た女ぐらいだ。背後には守るべき子供たちがいる。戦うよりも逃げるべきだろう。
ヤンのダンジョンを探索するために集められた人たちは、覚悟を決めたようで数で人狼を押しつぶそうとしている。また護衛していた兵たちはバロルドに助けを求めていて、都合よく誰も注目していない。
「プリンクト、状況は把握しているか?」
「魔物が出てきたことだよね……なんとかわかる」
「だったら皆には声を出さず、あそこの穴から外に出るんだ」
都市を守っていた外壁に小さな穴が空いていた。
子供なら通れるぐらいの大きさだ。
「にーちゃんは?」
「最後の一人が外に出たら、俺も逃げ出す」
「死なないでね」
「まかせろ。これでも凄腕の冒険者だからな」
プリンクトは覚悟を決めた顔になると仲間に事情を説明し、年齢の低い子供から順番に外へ出す計画を伝えていく。
恐怖に負けて泣きわめくようなら俺も手伝おうと思っていたが、任せても大丈夫そうだ。
手で口を押さえながら子供たちが走り去っていく姿から視線を離し、騒動が起こっている方を向く。
「バロルド様! これはどういうことですか!」
兵たちは勇者に責任を追及している。
この期に及んで事情を把握しようだなんて危機感が足りない。敵対的な魔物を前にしているのだから逃げるか、戦うかを選ばなければいけないのだ。
「……お前たちは生け贄なんだよ」
絞り出すような声でバロルドが衝撃的な事実を告げると、人狼が空に向けて遠吠えをした。
廃墟全体から声がこだまする。配下を隠していたようだ。
慌てて子供たちの方を見ると、数体の人狼が近くにいた。魔弓を創造して即座に矢を連続して放つと、狙い違わず頭を貫く。
やはり使い勝手がいい。この武器は聖剣のような一撃はないが魔力の消費が少なく、数を減らすのに使える。
「うぁぁ!」
「逃げろっ!!」
「家に帰らせてくれぇ!」
「バロルド様! お助け――」
完全に包囲されていて、集められた人たちは叫びながら人狼どもに食われている。
バロルドは歯を食いしばるようにして見ていて、この展開が本心ではないと物語っているが、何もせずに傍観している時点で計画を考えたヤツらと同罪だ。戦う力は持っているかもしれないが、困難を打ち破る心の強さはない。
すぐに気持ちを切り替えて子供たちを追いかける。
早めに動いていたのがよかったのか、ほとんどは外壁の穴から抜け出していていた。
周囲を見ると崩れかけた建物の屋根で弓を構えている人狼が数体いる。俺たちの動きには気づいてないようだが、外壁を越えた先で狙われたら困るな。
今のうちに殺しておこう。
立ち止まり、振り返りながら魔弓の弦を引いて、魔力で創りだした矢を放つ。
空に上がりながら分裂し、屋根にいる人狼へ次々と刺さっていく。『エネルギーボルト』よりも高い貫通力がるため、頭、胸、腹に刺さると突き抜けていく。
「ワオォォォンッッ!!」
胸に大きな穴を開けて死にかけている人狼が遠吠えをした。
強敵がいると合図したようで、フードをかぶっていた個体が俺を見る。
ニヤリとわらうと姿が消えた。
俺の目で追えないほどの速度で移動した?
敵がダンジョンマスターでも見失うことはなかったんだ。ありえない! 可能性があるとしたら――後ろから殺気を感じ取ったので振り返りながら『魔法障壁』を使うと、強い衝撃を感じた。
「俺の攻撃を受けきるか……お前、何者だ?」
「これから殺す相手に名乗る趣味はない」
「素直に言わないなら死ね!」
口を大きく開くと『魔法障壁』に噛みついてきた。半透明の膜にヒビが入っていく。魔力を注ぎ込んで修復しても長くは持ちそうにない。
普通の人狼ではないとわかっていたが、これほど力が強いとは……。
パリンと乾いた音がして『魔法障壁』が破壊される。すぐに後ろへ飛んで噛みつきを回避、さらに魔弓を使って数本の矢を放つが、人狼が剣を振るってすべてを弾いてしまった。
「逃げるだけでなく反撃までするか。気に入った」
笑い声をあげている。
戦っている間に残っていた子供も外壁の外へ逃げ切ったようだ。注目を集めておいてよかった。
「俺の名はヴァレー! 人狼を統べる王であり、ダンジョンマスターだ! お前は?」
あっさりと正体を言ったことで驚いてしまったのと同時に、大勢の人間を連れてきた理由がわかった。
「クライエン。ただの冒険者だ」
バカ正直に伝える必要はないので、偽名で名乗った。
「ここはダンジョンか?」
「それもわかるか。賢いヤツは説明する手間が省けて良いな!! ここは俺が運営しているダンジョンの一部! 人間を大量に殺して力を蓄えているのだ!」
ソフィーから聞いた話だが、ダンジョン内で生物が死ぬと、ポイントみたいなものが溜まって新しい魔物の創造や部屋の拡張などができる。そのためダンジョンマスターは魅力的な宝や素材を用意しつつ、侵入者を適度に殺して力を溜めているのだ。
皆殺しにしてしまったら誰も訪れなくなるので、手加減の具合が重要らしい。そういった事情もあって効率が悪いとわかっていても、俺らも墓地エリアは弱い個体を置いていた。
だがヴァレーは表に出るリスクを背負ってまで、人間と手を組んで強制的に集める方法を生み出しのだ。
手慣れている感じからして、一回や二回じゃないだろう。もう何度も繰り返して力を蓄えているはずだ。
目的は考えるまでもない。
他ダンジョンを奪うためだ。
そして勇者と教会がからんでいるのであれば、対象はヤンで間違いない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます