第765話 仲間の背後を守れ!
俺たちを運んでいる数十台の荷馬車は、森の中に入って朽ち果てた町に入った。石造りの建物は半壊していて井戸は涸れている。家は半壊していて、中に残っている羊皮紙は雨によって劣化している。何が書かれていたのか読み取れない。
少なくとも数十年は放棄されているように見えた。
壊れ方からして戦いがあって滅ぼされたのだろうことまではわかるが、相手が人間なのか、それとも魔物かまでは判断つかない。
周囲を観察していると荷馬車が止まった。ここが目的地だったようだ。
「さっさと降りろ!」
護衛していた兵たちが命令した。
誰もが素直に従って荷馬車から出ていく。
「ここで何をするんだ?」
「訓練じゃね」
「廃墟でか? 飯や寝る場所すらねぇぞ」
不満が高まり志願した人たちは兵を見る。
「環境はすぐに整う手はずだ。大人しく待っていろ!」
「すぐっていつなんだよ! こちとら長旅で疲れているんだ!」
俺とトラブルになりかけた筋肉自慢の若者が、兵に掴みかかった。素手だというのによくやる。
「そうだ! 飯と金をよこせ!」
「女も用意しろ!」
他の人たちからも不満が噴出して、他の兵たちにからんでいる。
ここは森の中で兵の数は少ない。力を合わせれば倒せると勘違いしてしまい、暴動が発生しても不思議ではないぞ。
爆発する一歩手前の異様な熱気を感じ取ったので、近くにいるプリンクトの手を握ると引き寄せる。
「にーちゃん?」
「ここは危険だ。離れるぞ」
手を引っ張ったのだがプリンクトは抵抗してきた。
疑問の視線を向ける。
「あの子たちも連れていっていいか?」
プリンクトが指さした場所にはボロボロの服を着た子供たちがいた。三十人ぐらいの集団だ。騒ぎに便乗するようなことはせず、俺たちをじーっと観察するように見ているのが印象的だった。
「仲間なんだよ」
ダメと言ったら俺から離れていくだろう。
悩むまでもない。助けるのであれば、まとめてだ。
「早く連れてこい」
「いいの?」
「子供は遠慮するんじゃない。大人に任せろ」
手を離してプリンクトの背を軽く押すと、すぐに走り出した。
仲間と合流して二、三言葉を交わしてから俺の所へ向かってくる。その時、数人に囲まれた兵が剣を抜いた。
「これ以上、近づいたら斬るぞ!」
「やれるならやってみろ!」
人数で勝っているからか、ダンジョン攻略のために集められた人々は武器を前にしても臆さない。数歩前に出てしまい、怯えた兵が腹を突き刺す。
「がはッ」
血を吐き出すと力が抜けていき、ずるりと腹から刀身が抜けて膝を突き、倒れた。
「やりやがったな……」
「金をよこすのは嘘だったのか!?」
「先に手を出したのはアイツらだ! やっちまえ!」
「ぶっ殺せ!」
もうダメだ。止まらない。
多少の負傷すら覚悟した人の前では、数で劣る兵は無力である。人の波に飲み込まれ悲鳴を上げながら装備を奪われ、殴られている。
「早くこっちに来い!」
巻き込まれないよう、子供たちを半壊した家に入れて誰も侵入してこないように外で警戒する。
俺が魔法を使えることは知れ渡っているので、よほどのバカじゃない限りは近寄ってこないだろう。
「密集の陣形だ! 仲間の背後を守れ!」
兵たちも一方的にやられてばかりじゃない。しっかりと訓練されているみたいで、指揮官らしき男が指示すると兵たちは集まり、暴徒と化した人たちと対峙する。こうなったら先ほどのように勢いでは倒せない。
一時的に攻撃は止まって睨み合う。
地面には死人の他、数人のケガ人が転がっていて痛みによって、うめき声を上げている。
「お前たち! 何をしている!」
偶然にもできた均衡状態を壊したのは、廃墟の町に新しく入ってきた集団だった。
一人は勇者と紹介されたバロルドである。隣には女性がいて返り血を隠す黒い法衣服を着ている。二人が揃ってようやく思いだした。ヤンのダンジョンに入ってきた勇者組の生き残りだ。
一瞬こいつらが新しい仲間を集めて、また攻めに来るのかと思ったが、どうやら違うようだ。後方にいるフードをかぶった男が中心人物のようである。
勇者組の二人を押しのけて前に出る。
ローブで隠れていて詳細までは不明であるが、僅かに見えた隙間から、やけにブカブカな服を着ていて男だということまではわかった。体内から高い魔力を放出していて他者を威圧している。バロルド以上の強さがありそうだ。
「暴動を起こしたので鎮圧しておりました!」
兵の指揮官が前に出ると敬礼をしながら、少しでも失点を減らすべく事実を歪曲して報告したようだ。
「俺が来るまで大人しくさせることすらできない無能が。死ね」
フードをかぶった男は頭を掴むと引き抜いた。
首から血が吹き出ると体は倒れる。最初に感じたより実力はさらに高そうだ。
兵たちだけじゃない、集められた人たちも動揺している。そんな状況を楽しんでいるのか笑っていた。
「人間とは、どこまで間抜けなんだろうな。死が近づいているのに動こうとすらしない」
正体を隠すつもりはないようで、フードを外した。
全員が息を呑む。
「……魔物…………」
フードをかぶっていた男の顔は狼だった。
人狼と呼ばれる種類の魔物で、一時的ではあるが人間に化けることができ、ヴァンパイアみたいに社会に紛れるのが上手い。
変身を完全に解いたのか、身長は二メートル近くまで伸びて体格も二回りぐらいは大きくなっている。
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