第764話 にーちゃんすげーな!
何十台もの荷馬車が街道を走っている。
ソフィー討伐に参加希望した一部の人たちが乗っていて、俺もこっそりと入り込んでいた。
人が押し込まれていて横になれるスペースなんてなく、肩をぶつけ合いながら座っていて腰が痛い。ずっと同じ態勢を強制されていることもあって、体勢を変えようとモゾモゾと動いている人が多い。
「邪魔らだから動くんじゃねぇ」
「うっせぇな! 痛えんだから仕方がないだろ!」
肩が触れ合ったことで喧嘩が始まった。狭い場所で暴れ出すからさらに窮屈な思いをしてしまい、傍観している人たちは自然と険しい表情をして睨みつけている。
御者は我関せずといった感じで馬を操作しているし、護衛のために同行している兵たちは注意しようとしなかった。
全くやる気を感じない。本当にダンジョンにいる魔物と戦わせるつもりがあるのか怪しいぞ。
戦力にならない人ばかりを集めて何がしたいのだ。
大人は肉壁にして、子供はクスリで頭を壊して突撃させるために使うのだろうか。
「魔物と戦う前に俺がぶっ殺してやる!!」
少し考え事をしている間にケンカは深刻になっていた。
立派な筋肉を持った若者が老人の首を握り持ち上げている。あれじゃ呼吸ができない。
「このままへし折ってやる」
指が首に食い込んでいく。老人はもがくだけで逃げ出せない。同乗者たちは傍観しているだけ。我関せずといった感じだ。
「はぁ……仕方がない」
目立ちたくはなかったが見殺しにはできないか。
「やりすぎだ手を離せ」
「あぁん?」
若者は老人の首を掴みながら俺を睨んできたので、座ったまま用意しておいた銅貨を指で弾く。
魔力でこっそりと身体能力を強化していたおかげで、鼻に当たると骨を折ったようだ。男は痛みに耐えられず老人を手放した。
「ガハッ、ゴホッ、ゴホッ」
手で首を押さえながら咳き込んでいるが、無事のようだ。これで安全は確保できた。
若者の方は鼻を押さえながら人をかき分けてこっちに向かってきている。
まだやる気かよ。
先ほどの攻撃で実力の差を感じ取れないなら、もっと分かりやすく力を誇示する必要がある。
『エネルギーボルト』
魔力で作られた光の矢を頭上に出すと、若者は止まった。
怒りから一変して恐怖の表情を浮かべている。
「ケンカを売る相手を間違ったな。大人しくしなければ魔法の矢がお前の額を貫くぞ」
「……くっ」
命とプライドどっちが大事なのか考えるぐらいの知能はあったみたいで、元の場所に戻るとどかりと座った。
待機させていた魔法を解除した後、俺とは目を合わせようとすらしない。
完全に上下関係は作れた。知能が低いと本能に従ってくれるから、ある意味楽でいいな。
これで静かに過ごせると思って目を閉じようとしたら脇腹を突っつかれた。
顔を向けると十歳ぐらいの男の子供が、目をキラキラとさせながら見上げていた。ボロボロの身なりからしてスラム街で住んでいたのかもしれない。少なくとも普通の生活はできてなかったはずだ。
「にーちゃんすげーな!」
人懐っこい笑みを浮かべていて、言葉遣いは荒いのに気にならない。むしろ彼の無邪気さを引き立てているように感じる。
「冒険者をしていたからな。この程度はできて当然だ」
「へー。すげーんだな。冒険者って!」
「上位限定で言えばそうなる」
「他は違うの?」
「新人や中堅に長く止まっているヤツらは、そこら辺にいるチンピラと変わらん。頼る相手は間違えるなよ」
なんとなく保護していた子供を思い出し、敵対する相手だというのに助言してしまった。
「だったら、にーちゃんに頼ればいいんだな!」
「あぁ、そうだな。何かあれば言ってくれ」
純粋無垢そうな顔に不意をつかれて戸惑ってしまった。まともな環境で生活してなかったはずなのに、どうして擦れてないんだろう。
そうえば生前のソフィーもそうだったな。
教会に利用され、殺される未来だったというのに、聖女と呼ばれるに相応しい心を持っていた。どんな状況でも俺のことを第一に思ってくれて、何度も救われたことを思い出した。
「俺はプリンクト! にーちゃんは?」
「ラルスだ」
自然と手を出して握手を交わす。
子供とは思えないほど肌がボロボロで爪は汚い。過酷な生活をしてきたんだろうことは、それだけでもわかった。
「ねぇ、俺って強くなれるかな?」
魔力を持っていなければ種としての限界は越えられない。残念ながらプリンクトは多くの人と同じく、何も持っていないので鍛えても一流の冒険者にはなれない。よくて三流だ。
変えようのない事実を告げるのは少し戸惑ってしまう。
俺の葛藤を感じたのか、プリンクトの笑顔は作り物に変わった。
「にーちゃんから見ると難しいんだな……」
「よくて中堅の冒険者止まりだ。どうしてそんなに強さを求めているんだ?」
「仲間を守りたいから」
切実な願いが込められているように感じた。きっと子供同士で徒党を組んでいるのだろう。
「プリンクトの場合は強くなる前に死ぬだろう」
下手に希望を持たせるようなことは言わない。多くの浮浪者がたどった道を進むことになると伝えた。
「ふーん。そっか。そうだよな……でも、守るために戦わなきゃいけないんだ」
「だったら死なないよう、慎重に行動するしかないな」
「にーちゃんありがと。頑張ってみるよ!」
仲間を助けるためなら逃げるわけにはいかない。そうなるよな。
こうやって前向きな子供は何かと助けたくなる。目的地に着くまでの三日間、話ながら色々な知識を教えていった。
これで少しは生存率が上がってくれるといいのだが、ヤンのダンジョンに入ればそれも難しい。どこかで逃がしてやりたいと思っていた。
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