第762話 また俺が守ってやる(勇者バロルド視点)

 ロンダルト王国の貴族に関わりが深いデカルドを刺し殺してしまったので、俺と聖女ナージャはプロイセン王国へ逃げ、大きな教会に入った。


 偶然にも滞在していた枢機卿に見てきたことをすべて伝え終わると、そのまま教会で生活することにした。


 心の奥底へ植え付けられた恐怖に負けて、護衛なしでは過ごせない体になってしまったのだ。一人になると魔王ソフィーが襲ってくるじゃないかとビビってしまい、カーテンが動くだけで心臓が止まりそうになる。外にすら出たくない。


 聖女と呼ばれたナージャも似たような状況である。


 この恐怖を分かり合えるのは魔王に対峙した者だけなので、俺たちは同じ部屋で手を繋ぎながら寝ている。小さい子供のように、肌の温かみがなければ安心できないのだ。


 そんな日々を一ヶ月も過ごしていたら、当然のように周囲から見放されてしまう。

 

 魔王ソフィーから逃げ出しただけじゃなく、教会から一歩も出ず魔物討伐すらしなくなったので、せっかく手に入れた勇者の称号は剥奪されてしまった。


 人殺しの件は漏れてないようなので、追われてないのは幸いか。


 今までなら屈辱を感じていただろうが、もう戦わなくていいとわかってホッとしてしまっている自分がいる。


 残りの人生は、教会で祈りを捧げながらナージャと平和に暮らそう。


 俺の望みはそれだけだ。


 なのに世の中は許してくれなかった。




 窓のない石造りの小さな部屋に入ると先客が二人いた。正面にいるのは上等な服を着ている貴族だ。肩まで伸びる金髪はサラサラとしていて手入れがされている。


 部屋の隅にいる方はフードをかぶっていて顔はわからない。ローブで体を隠しているので性別すら不明だ。


「私はプロイセン王国の使者である。お前たちがバロルドとナージャか? 魔王ソフィーと出会って生き延びたらしいな」


 落第勇者には名乗ることすらしないか。尊大な態度と他者を押しつぶすようなプレッシャーは俺の父親に通じるものがあった。


 貴族らしい貴族なんだろうが対して怖くない。


 本物の化け物と対峙した後なので、この程度じゃ何も感じないのだ。


「だとしたら?」


 貴族の男は眉をぴくりと動かしたが、失礼な態度に文句を言うつもりはないようだである。

 

「お前をプロイセン王国の勇者にしてやるから、魔王ソフィーと戦え」

「俺では勝てない。別を当たってくれ」


 逃げ出したことは伝わっているだろうに、どうして依頼してくるのだ。


 裏があるのは間違いなく、この話は断るべきである。


「聖女も同じ意見か?」

「はい……」


 震える声を出していた。


 あの時の恐怖を思い出してしまったのだろう顔が真っ白だ。安心させるためにそっと手を握ると、寄りかかってきた。この重みが心地よい。


「二人は番いか。見せつけるねぇ」


 フードをかぶっている人が、からかってきた。


「気分を害したならこの場から去ろう」

「待てよ。出ていったら、お前たちを殺すぞ」


 全身を貫く殺気に当てられて足が止まった。


 警告は脅しじゃない。マジだ。


「これでも一応、男爵家の三男だぜ。俺を手にかけたら国が黙ってないぞ」

「許可なんていらねぇ。むかついたら殺す。それだけだ」

「何言っているんだ?」


 貴族の男に視線を向けて、こいつ頭がおかしいんじゃないかと伝える。


「彼は我々でも制御できない。言動には気をつけたまえ」

「マジか……」


 プロイセン王国すら黙らせる男か。

 

 正体は気になるが、知ってしまったら後戻りはできないだろう。なんとかして依頼を断りたい。


「俺たちはロンダルト王国から逃げ出した。ヤンのダンジョンに行ったら捕まってしまうから困るんだよ」

「殺人事件の話はついている」

「戦争中の相手と交渉したのか? 信じられない」

「向こうも一枚岩じゃないってことだ」


 今回の戦争の内容を教会経由で聞いてみたが、不審な点がいくつかあった。その中でも最もおかしいと感じたのは、エルラー家が先鋒を務めたことにある。


 魔王ソフィーが支配しているダンジョンを管理するという重要な役割があるのに、兵力と金を消耗させるようなことをしているというのはおかしい。貴族の繋がりで参戦しなければいけないのであっても、普通に考えれば後詰になる。


 さらに戦争には当主すらも参加していたらしい。戦死したらお家問題になってダンジョンの管理が……なるほど。わかったぞ。


「エルラー家ごと潰すつもりか」


 正解だったようで貴族の男は口角を上げた。

 

「そうだ。そのために手を組んだ家がある」


 言葉には出さなかったが、この場に押し入っても問題がないほど教会ともズブズブの関係なんだろう。少なくとも枢機卿とは繋がっている。


 プロイセン王国は本気で魔王ソフィーを討伐して、ダンジョンの全てを手に入れるつもりだとわかってしまった。


「政敵を倒すために他国の力を借りるなんて、ロンダルト王国の貴族は愚かなことをしたな」

「全くだ。同感だよ」


 同調してやったら話し相手の貴族がまとっている空気は少し柔らかくなった。


 俺が降参したと思っているようで、相手は油断している。


 目眩しの魔法でも使って部屋から脱出すれば逃げ出せるかもしれない。


 教会から出ていくのは怖いが、ダンジョンに連れて行かれるよりかはマシだ。


『ライト!』


 目を閉じながら魔力をたっぷりと込めた光の玉を出現させた。攻撃力はないが一時的に視界を奪えただろう。


 繋いだままの手を引っ張り、ドアがある方に体を向けると、フードをかぶっている男が立っていた。


 いつの間に移動したんだ?


「逃げたら殺す。最後の警告だ」

 

 体から漏れ出している魔力は人間の平均を優に超える。俺なんて比較対象にはならず、ソフィーに近しい。


「お前……人間なのか?」

「勘はいいようだな」


 笑いながらフードを外すと、狼の顔が露わになった。白銀の毛に覆われていて人間でないとわかる。人を圧倒する魔力を放っていて体が恐怖で震えてしまう。


「人狼……?」

「ダンジョンマスター様だ。失礼がないようにな」


 ヤンのダンジョンを潰したいのは人間だけじゃないってことか。


 異種族と手を組んでまで滅ぼしたいらしい。


 振り返って警告をしてくれた貴族に問いかける。

 

「どうして俺なんかの力が必要なんだ?」

「仲間の仇を打つために再び立ち上がった勇者が魔王討伐のために仲間集めをする。そんなストーリーで演説すれば愚民どもは簡単に集められるだろう。なに安心しろ。すべては俺がやってやるから、バロルドは聖女と一緒に立ってればいい」


 手からナージャの震えが伝わってくる。


 断れば殺される。生き延びても魔王ソフィーと対峙しなければならない。せめてもの救いは、貴族や人狼が戦ってくれることだろうか。


 いや、そんな甘い考えは捨て去ろう。


 そもそも平民を集めたところで戦力になんてならないのだから、捨て駒としてすり潰されるとまで考えた方がいい。


「志願兵を集めるなら協力するが、俺はもう戦えないぞ」

「元から戦力としては期待していない。構わんさ」


 提案を受け入れたことでナージャが腕を引っ張ってきた。


 不安で瞳が揺れている。


「大丈夫だ。また俺が守ってやる」


 柄じゃないんだが、なぜか自然と言葉に出た。


 ダンジョンマスターとの戦いがどうなるかわからないが、みっともなくても生き残ってみせる。絶対にのんびりと暮らす平和な日々を手に入れるんだ。

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