第760話 魂を分け合った家族だからな
「彼女の種族はわかるか?」
「グールです」
悪霊に死体がとりついたと呼ばれるアンデッドだ。フィネの場合は悪霊じゃなく俺とソフィーの魂がとりついたと言ったほうが正確か?
死肉を漁るゾンビと似ているが肉体的な強度はグールの方が高い。しかしそれはゾンビと比べて、という話だ。魔法は使えず、聖魔法の使い手なら『ターンアンデッド』一発で勝てる相手だ。
脅威度としては低く、俺たちが持つ手駒の中でも強さは下から数えたほうが早い。
「でも強さは私に近いですね。魔法は使える?」
「うん。ママ見て!」
表情は純粋だ。ひん曲がっているようには思えないが、魔力はアンデッドらしく禍々しい。
魔力を持ってない人間が見たら発狂して死んでしまうだろう。生前……と言ったらおかしな話だが、カーリンが消滅させる前の彼女と質は変わってないのだ。
フィネが両腕を上げると、上空に無数の黒い矢が出現した。雨雲のようにも見える。
兵が密集していれば百人ぐらいは入りそうだ。
俺を見てウィンクすると魔法名を叫ぶ。
『ダークアローレイン』
上空に待機していた黒い矢が一斉に落ちてきた。次々と草原に突き刺さり、地面を呪っていく。非常に凶悪な魔法で俺が知っているグールの概念が崩れていく。
「本当にグールなのか?」
「種族は間違いありません。人間にも英雄と呼ばれる突出した能力を持った個体が出ますが、それと似たような存在なのかもしれませんね。しかも私の支配も半分ぐらいしか効いてません。異常です」
珍しいことにソフィーは動揺しているようだった。
アンデッドクイーンは全ての不死者の頂点に立つ。リッチですら命令には逆らえないのだが、フィネと名乗ったグールは違うらしい。コントロールできない存在はプライドを大きく傷つけたかと思って心配になり、ソフィーの顔を見る。
笑顔だった。
「さすが私たちの子供ですねっ!」
小さく手を叩いて濁った目を細めている。
俺と魂を分け合った存在が種族の壁を超えて強いのが嬉しいのだろう。我が子の成長を喜ぶ母親のように見えて、幸せそうだ。
ソフィーが満足しているのであれば、細かいことはどうでもいい。名前だって二人が納得しているのであれば、俺から何かを言う必要はないだろう。新たに生まれた娘という存在を認めることにした。
「実力も問題ない。フィネと名乗ることを許可する」
「パパありがとー!」
飛びつかれてしまったので抱きしめて体を持ち上げる。
足を体に巻き付けてきて、フィネは離れようとしない。
「あらあら。仲良しさんですね」
執着している相手が取られたと勘違いし、暴走するかもと危機を感じていたが、ソフィーは穏やかなままだ。俺一人の時よりも安定しているようにも感じられる。
子供、か。
一般的とは違うが、これもまた新しい家族の形として受け入れるべきなんだろう。
「魂を分け合った家族だからな」
「ふふふ。そうですね。血よりも濃い魂の繋がりですから、私たちは永遠に別れません。ずっと一緒です」
俺とフィネを包み込むようにしてソフィーが優しく抱きついてきた。
愛への執着は変わらないが、対象が家族になったか?
これからは恋人と父親の両面を求められるのかもしれない。前の恋人が寝取られしまった情けない俺が、器用に立ち回れるとは思えない。しかし、逃げ出すわけにはいかないので努力を続けるしかないだろう。
「そうだね! フィネもずっと一緒にいたい! みんなで輝こうっ!」
「輝くってなんだ?」
敵対している時には聞けなかったが、気になる言葉ではある。
「うーん。そうだなぁ。その人が死ぬほど頑張って困難を乗り越える姿が一番近いかな?」
「試練をクリアするとか、そう言うことか」
「それもある。けど、なんだろう……ただの試練じゃダメなの。その人が輝けるようなものじゃないと、美しくないんだよね! それに誰もいいってわけじゃない。素養のある人間じゃなければ輝きようはないからね!」
感覚的な話でわかりにくいが、困難に立ち向かうだけじゃダメというのはわかった。
恐らくだがフィネの中に基準があって、人と試練を選んで乗り越える姿を楽しんでいるのだろう。
例えば俺の場合、ギフト能力を持っていたから対象に選ばれ、戦いの中で力を磨くように誘導していたと考えらえる。それじゃ説明できない出来事も多かったが、アンデッドならではのブレが出ていたと思えば納得もいく。
「今の説明でパパわかる?」
「わからんが、理解したいとは思う」
生者である俺は本当の意味でアンデッドという種族は理解できないだろうが、それでも寄り添って生きたいのだ。それがソフィーへの贖罪にもなるだろう。
「フィネだけじゃなく私のことも、もっと知ってくださいね」
前言撤回だ。
子供であっても優先順位を間違いてはいけないらしい。
ソフィーが俺を抱きしめる力を強めたようで骨がギシギシと軋んでいるように感じる。
危険な空気を感じ取ったのかフィネは勝手に離れてくれたので、なんとかフォローはできそうだ。
「もちろんだとも」
体は動かせないので顔を耳元へ近づける。
「だからソフィーも俺のことをもっと知ってほしい」
「わかりました。私も頑張りますね」
頬にキスされ、腕から解放された。
若干の痛みは残っているが怪我はしていない。骨は無事だ。
「だったら今晩は、これからのことについて語り合おう」
「いいですね! 賛成です!」
眠らないアンデッドとの夜更かしが決まった。
今日は寝れるかな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます