第759話 平和ですね〜

 ドロドロの液体が山のように盛り上がった。


 先端部分は少し窪んでいて、黒い液体が不定期に吹き出ている。まるで山が噴火したようだ。


「私とラルスさんの子供が産まれるのを待ちましょうか」

「子供……?」

「そうです。二人の魂が入った本当の子ですよ」


 あぁ、そういうことか。今のソフィーは我が身に子を宿して産むことはできなくなったので、代替手段として考えたのだろう。値よりも濃い魂のつながりとでも言いたいのか。


 人間の思考ではない。化け物だ。


 なんて第三者が見たら言ってきそうだが、相手はアンデッドで魔物の魂を受け継いでいるのだ。正気である方がおかしい。むしろ、このぐらいの変化で止まって良かったと思っている。


 最愛のソフィーを殺さずに済む。


 それだけで俺は嬉しいのだ。


「どのぐらい待てばいいんだ?」

「なんとなくですが一時間もかからずに産まれる気がします」

 

 孤島に住んでいる人たちは畑仕事をしていて近くにはいない。夕方になっても家に戻るだけなので、俺たちがいる草原には戻ってこないだろう。


 急ぎではないし、待つのも悪くはないか。


「だったら少し休もう。魔法を使って疲れただろ?」


 アンデッドは無限の体力を持っているが、だからといって気を使わない理由にはならない。


 地面にどかりと座ると膝をポンポンと叩く。


「いいんですか?」

「たまには」


 恥ずかしさもあって少しそっけない態度をとってしまったが、気にはしてないようで喜んでくれた。ころんと横になったソフィーは頭を乗せて膝を枕代わりにする。


 睡眠なんてしないのに目を閉じているのは人間だった頃の名残だろうか。


 まだ彼女の中にも、そういった残滓が残っているのであれば大切にしたい。


 空を見ればうっすらと雲が浮かんでいる。アンデッドを作り出しているのに天気はよく青空が広がっていた。


 風が吹いていて心地よく暑くはない。


 孤島の天気、そして気温は安定していて毎日こんな感じだ。


 交通の便さえ良ければ貴族の別荘が何個も立っていただろう。


「平和ですね〜」

「そうだな。ずっと続けばいいのに」

「私もそう思います。争うようなことはしたくないです」


 アンデッドクイーンになってから初めて出た言葉だ。


 争いを避けようと動いていたのは俺だけだったので意外である。


 飢えることはなく平和で安心できる日々。それを彼女も手に入れたがっていたのか?

 

「なのに人間たちは、どうして私のダンジョンだけ攻略……ううん、破壊しようとするのでしょうか」

「難しい話だな」


 聖女がアンデッド化したことで教会はソフィーの存在そのものを消したがっている。またロンダルト王国はダンジョンを支配したく、既に能力が把握でき、攻略しやすそうな俺たちを狙っているのだ。周辺国だって黙っていない。ダンジョンのすべてを手に入れれば、そこを足がかりにして侵略も可能だ。見逃す理由はない。


 いくつもの思惑は見事に融合し、歪んだ国主導の勇者や戦争、そういったものが次々と起こっている。


 目的はダンジョンマスターであるソフィーの討伐に違いない。


 戦場での扱いを見る限りゼルマの立場も危ういだろうし、本格的にヤンを攻略してくるのは意外と早いかもな。


「相手が何を考えているかはわからないが、戦わなければ奪われる。それだけは間違いない。俺は覚悟を決めているぞ」

「私もです。最後までご一緒しますからね」


 横になりながら手を握られた。ひんやりとした感触を覚えていると、指を絡めて優しく撫でてきた。戦いばかりしていたのでゴツゴツしており触っていて気持ちよいとは思えないのだが、なぜかソフィーは好きなようだ。


 俺の存在を確かめるかのごとく、頻繁に触ってくる。


 会話は途切れて黙り込んでしまった。


 ドロドロの液体からポコポコと泡が出ている。山の形からは変わらず蠢いているだけ。変化がない。暇なので俺も草原の上で横になった。


 草の匂いが子供時代を思い出させてくれる。


 村にいたことろは、家の仕事を放り投げてこうしてサボっていたなぁ。


 久々に懐かしい人と交流したからか、なんだか今日は色々と考えてしまい疲れてしまった。瞼たが重くなって意識が曖昧になってくる。このまま寝れそうだったのだが、膝から程よい重みが消えたので気だるい体を起こす。


 ソフィーの走っている姿が見えた。


「産まれました! 私たちの子です!」


 ドロドロの液体から裸の少女を取り出して俺に見せてきた。年齢は十歳ちょっとぐらいだろうか。青白い肌に白い髪がアンデッドだと主張しているようだ。顔立ちはフィネに似ている。


 ……いや、正直に言おう。フィネと瓜二つだ。


 少女は瞼を上げると金色に光る目で俺を見る。


 ニヤッと口角が上がった。


 魂はソフィーに混じっているはずなのに、どうしても嫌な予感が無くならない。


「名前は……どうするつもりだ……」

「フィネだよ。パパ」


 すでに自我を持っていて、創造主であるソフィーの命名は不要だったようだ。


「その名前、あまり好きではありません」

「でも、その名前以外は受付そうにないの。ママ、許してくれないかな?」

「ママ!! うーん。どうしましょう……ラルスさんが許可するのであれば」


 二人が俺を見た。


 アンデッドは強い執着を持っており、それを安易に否定してしまうと暴走する。


 対象はなんだ?


 わからない。


 もし名前だったら認めないと暴れ出してしまう。


「名前は俺たちが決めたらダメなのか?」

「うん」

「理由を教えてくれ」

「フィネって存在を、もう一度輝かせるために私がいるの! だから名前は変えられないよ!」


 他人に輝きを求めていたフィネは一周して自分自身が対象になったようだ。


 名前の変更は難しそうだな。

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