第758話 だったら許可する

 俺たちが住んでいる孤島は他国には見つかっていない。安全で平和な場所だ。


 数年前、フィネに攫われて住み着いている人間が数人いるものの、彼らは俺たちの事情を理解してくれているので反発はなく、問題は起こっていない。犯罪もゼロだ。


 関係者以外は立ち入ってこないので隠し事ごとをするのには最適であるため、俺たちは危険な実験をするときは必ず孤島でしている。


 今回も例外ではない。

 

 戦場から持ち帰った二つの死体を草原に並べて、これから新しいアンデッドを作る実験を行う。


 片方は創造の能力を持っていたノンダス。もう一つは強力な魔法を使っていた男だ。ローザには劣るが優秀な人材だったのは間違いない。強力なアンデッドになってくれることだろう。


「私はラルスさんの偽物はこの世から消したいんですけど、いいですか?」


 純粋な笑顔を向けられてソフィーに聞かれてしまった。


 俺は創造神を信仰してないので、敵だった男の死体をどう扱おうが気にならない。原型を残したくないというのであれば従うだけである。


「かまわないが、どうするつもりだ」

「合成アンデッド魔法を使うんですっ! 複数の素材をまとめて一つのアンデッドを作るので、強いのが生まれると思いますよ!」


 手を合わせながらぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいる。


 生前の落ち着いた雰囲気も好きだったが、子供っぽいのも悪くはない。どちらのソフィーも好みである。これが惚れた弱み、ってやつか。


「そんな魔法あるのか?」

「この前作ったんです! シンセンス・アンデッドという魔法なんですが、複数の死体をドロドロに溶かして、他の素材と混ぜ合わせてから合成して魔物にしちゃうんですよ! これなら偽物の存在を消しても能力は引き継げるはずです!」


 濁った目を輝かせながら語ってくれたことは、人類の常識を大きく揺るがす内容だった。


 作ったと言っていたがどうやったのか想像すらできないし、生前のソフィーにあった知識とも思えない。融合したカーリンが覚えていたのだろうか。魂が混在して感情やダンジョンの知識だけでなく魔法についても引き継いでいるなら、本気で戦いだしたら誰も止められない。できるとしたら同じダンジョンマスターぐらいだろう。


「やってみていいですか!?」

「危険はないよな?」

「もちろんです!」

「だったら許可する」


 抱きしめられ頬にキスされた。


 スキンシップが増えてくれたのは嬉しい。俺も腕を背に回してソフィーを優しく包み込む。


 何があっても離れないから。そういった気持ちが少しでも伝わればいいなと思っていた。


 最後にソフィーは首筋の匂いを嗅いで跡が付くほど噛みついてから離れると、死体の前に立つ。腕を広げて魔力を解放すると白い髪が生き物のようにうねる。近くにいるだけで肌がピリピリしてきて、上級魔法でも感じたことのない寒気を覚える。


 圧倒されて数歩後ろに下がると、ソフィーの全身が視界に入った。


 ふとフィネの姿に重なる。


 見た目は全く違うのに禍々しい魔力が似ていて勘違いしてしまったが、だからといって完全に間違いというわけじゃない。


 カーリンの魔法、フィネのダンジョンマスターの能力、シェムハザの捕食……彼女たちの能力は魂と共にソフィーの中へ入って混ざり合っている。それは力だけじゃなく性格にも反映されていて、ソフィーの中に残滓として残っているのだ。


 例えば先ほど抱きついて甘え、噛んできたのは、愛しき人を食べたいという欲求にかられていたシェムハザの本能を感じられる。また目の前で行われている凶悪な魔法はカーリンの知識、禍々しい魔力はフィネを彷彿とさせる。


 人類では到達不可能な魔力量と複数の魂が混ざったソフィーは、これからどうなってしまうのだろうか。


 今はいいとしても十年後、いや百年後には原型が残っていないかもしれない。


 せめて俺が永年の命をもっていればやりようはあったのだが……。


『旅立ってしまった魂の代わりを与えよう』


 考え事をしていたら詠唱が始まった。


『すべては一つになり新しい偽りの生命を生み出す。私たちと混ざり合え。シンセンス・アンデッド!』


 ソフィーと俺から白い球が出てきた。あれは前に見たことがある。魂みたいなものだ。サイズは小指の爪ほどで全てを取り出されたわけじゃないが、喪失感を覚える程度には何かを失ってしまったようである。


 二つの白い球は途中で混ざり合い、死体の前まで移動すると止まった。


 地面には大きな魔法陣が浮かび上がると死体がドロドロに溶けていき、蠢きながらもお互いを求めるようにして合体した。鼻が曲がりそうなほどの腐敗臭がして近寄れないのだが、ソフィーはクルクルと回転しながら手を上げて踊っている。


 俺たちから抽出された白い球は、ドロドロの液体に吸い込まれていく。


「ふふふ、これから生まれるのは新しい我が子。私の役に立つんですよ〜」


 今までアンデッドを作ってたときには絶対に言わなかった言葉を放った。


 合成アンデッド魔法だと思っていたが、もしかしたら違うのかもしれない。初めて経験するため何が起こるか予測すら付かない。


 俺は最大級の警戒をしているが、ソフィーは楽しそうに踊りながら魔法の発動を維持している。


 白い球がドロドロに溶けた死体の中に入ると、膨大な魔力を発するようになった。この前作ったヴァンパイアナイトを超える。正確にはわからないが、ダンジョンマスターになる前のカーリンと同等以上だ。

 

 これから間違いなく、狙いどおり強力なアンデッドが生まれる。

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