第757話 褒め言葉として受け取っておく

「俺の考えなんてどうでもいいだろ? もう一度言うが、この死体はもらっていく」

「それは許せねぇ」


 体はボロボロだというのに短槍を俺に向けてきた。距離は二メートルぐらいだろうか。お互いにヤろうと思えば刃はすぐに届く。


「忠義心にでも目覚めたか?」

「ゼルマ……様は気に入っているが、今はそういったのは関係ねぇ。獲物を横取りされて黙っている冒険者なんていねぇんだよっ!」


 面子の問題か。


 貴族のためと言われるより説得力はある。勝てる見込みがなくても引き下がることはなく、敵を倒すためだけに前に進む。バカな生き方だが俺は嫌いじゃない。むしろ好きだ。人間らしくて眩しく見える。


 ノンダスを手放して聖剣を向けた。


「いつかラルスさんと戦いたいと思ってたんだ。ガッカリさせないでくれよ」


 穂先が眉間に迫ってきた。狙いは正確だ。首を傾けて回避すると柄を握り、動きを止める。


 強引に短槍を引こうとしてきたのでパッと手を離す。


「うぉっ」


 バランスを崩したようでバウルは一歩下がった。


 無防備な腹に後ろ蹴りを当てたが手応えはない。


 避けられないとわかって、衝撃を殺すために後ろへ飛んだようだ。


「意外とやるな」

「褒め言葉として受け取っておく」


 戦いを楽しんでいるようでバウルの顔は緩んでいる。


 腰を深く落として短槍の穂先を下へ向けるようにして構えた。


 足の方に穂先があるため懐へ入りにくい。思っていたよりも戦い方が上手いぞ。俺が魔法を使えなければ負けていたかもな。


『エネルギーボルト』


 光の矢を時間差で放った。一本めは短槍で弾かれて二本目は体を傾けて回避される。だがこれは想定通り。想像を超える動きはなかった。


 一瞬で近づいた俺は、動けないバウルに向けて下段から脇腹を狙って刃を向けるが、当たることはなかった。


 途中で剣が間に滑り込んできて受け止められてしまったのだ。


「ラルスさん、そこまでです」


 邪魔をしてきたのはゼルマの側近で友人でもあるレギーナだ。


 視線を奥の方へ向けると、野生的な笑みを浮かべている元上司がいた。


「久しぶりだな。息災だったか?」

「ええ。望んでいた田舎暮らしができてますよ。今の所はね」


 人類と戦うかもしれないので最後の部分だけは強調しておいた。ちょっとした嫌みも含んでいる。


 ヤンのダンジョンに勇者候補が送られていることはゼルマも把握しているだろうし、俺の意図というのは伝わっただろう。


「今後は違うと?」

「バカがちょっかいを出したら誰も止められません。エルラー家は領地を荒らす愚か者は取り締まらないのですか?」

「他国からの圧力がある。国内の貴族からもヤンは危険視されていて難しい」


 今の返事でエルラー家と俺たちを取り巻く環境が大きく変わっているとわかった。金を持っている子爵程度では役に立たないか。


 領主であるゼルマですら抵抗できないのであれば、本気でダンジョンを攻略しようと動いてくるだろう。

 

「あら、ラルスじゃない。冒険者にでも戻ったの? 地を這う姿は、あなたにお似合いよ」


 嫌味を言ってきたのはローザだ。奴隷の首輪はないので約束通り解放してくれたようである。


 相変わらず他者を見下すような態度は変わってないようだが、嫌な感情は湧き上がってこない。らしいな、と思う程度である。


 昔なじみの仲間はもう彼女しか生き残ってないので、このまま元気でいて欲しいと思う。


「用事があって来ただけだ。冒険者には戻らない」

「国家間の戦争に割り込む用事って何なのよ……」


 呆れた顔をされてしまった。


 手で頭を押さえて理解できないというジェスチャーをされている。


「ほぅ。その用事というのを教えてもらおうか」


 俺たちの事情を全て知っているゼルマは、予想できているはずなのに何も知らないふりをして聞いてきた。


 どうやって切り抜けるのか楽しみにしてそうだが、貴族様と違って本音を隠した会話は得意じゃない。期待には応えられないだろう。


「ノンダスや強そうな人間の死体を回収しに来ただけだ」

「何に使うかは……昔のよしみだ。聞かないでおこう」


 正直に言ったのが気に入らなかったのか、ゼルマは小さくため息を吐くと後方を見た。


 ロンダルト王国側の援軍が近づいている。撤退している敵に追い打ちをかけるつもりなんだろう。勝敗が決まるまで様子見していたくせに、こういったときだけ動きが早い。


「あいつらがくる前に用事は終わらせておけ」

「事情が悪のはわかりますが、ノンダスを渡してもいいのですか? 大将の首がないと報奨金がもらえないかと」


 気持ち悪いほど丁寧な口調でバウルが言った。


「ラルスのおかげで勝てたんだ。敵の一つや二つ、くれてやれ」

「……わかりました」


 渋々といった感じではあるがバウルは引き下がってくれた。


 これで戦わなくて済む。


「助かる」

「それは我々の言葉かもな」


 ゼルマが見ている方に視線を向けると、魔法使いの男がいた場所にソフィーが立っていた。見ているものを狂わせる魔力は抑えているようで、一般兵たちは無事である。


 だがこれも、俺が戦い出したら一変するはずだ。


「バカどもが来る前に終わらせてくれよ?」

「もちろんです。それでは」


 軽く礼をしてからノンダスの頭を掴んで走り出す。ソフィーと合流したら抱きしめられてしまったが、すぐに引き剥がして魔法使いの男の腕を握った。


「戦場ではこの二人が目立っていた。優秀な素材として使えるぞ」

「私も同じ人間がいいと思っていたんです! 気が合いますね!」


 すごく嫌な部分まで一致してしまったが、意見が分かれるよりかは幾分かマシだろう。


 他にも気になる兵士はいるが後続のロンダルト軍がきてしまったのでタイムリミットだ。諦めてソフィーの転移魔法で拠点に使っている島へ戻ることにした。

 

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