第756話 これはもらうぞ

 ノンダスは痛みに耐えられず意識を失ったようで、創造していた盾がすべて消える。


 守りの中心人物が離脱したのだ。決定的な一撃と言えるだろう。


「勝負は決まりでしょうか?」


 俺の偽物が消えて嬉しいみたいで、ソフィーは笑顔を浮かべていた。


「いや、例の魔法使いが残っている」


 先ほど追尾する光の球を放った男がまた上空に浮かんでいて魔法の発動する準備をしている。魔力を使い切ったわけじゃないのか。


 バウルは逃げようとして短槍を引き抜こうとしているが、すぐに意識を取り戻したノンダスに柄を握られて動けない。


 力では勝てないと悟ったようですぐに短槍から手を離し、背を向けて逃げ出そうとするが間に合わなかった。火球がいくつも浮かび、放たれる。


 操作はあまり得意じゃないのか、なかなか直撃しない。地面に衝突して土埃を上げている。それでも数十発も用意されているのだから、いつかは直撃してバウルの全身はバラバラになってしまうだろう。


「どうします?」

「助ける。俺を転移させてくれ」


 ソフィーを一人にすると何かと不安定になりがちなので側から離れたくなったが、顔見知りの命がかかっているなら別である。


 俺が魔物側にいることはゼルマとローザ以外誰も知らないので、戦場に出て暴れてもダンジョンマスターの悪評は広まらない。心置きなく戦える。


 覚えたばかりの魔弓を創造して準備を整えた。


「ラルスさんの活躍期待していますね」


 頬にキスされると周囲の景色が変わった。


 炎と土煙の舞う世界だ。

 足下にはバウルが転がっていて驚きながら俺を見上げている。

 頭上には火球が三つも迫っていたので『魔法障壁』で防ぎ、声をかけることにした。


「久々だな。元気だったか?」

「ぼちぼちだ。そっちはどうだった?」

「穏やかな日常だった……かな」


 ダンジョンマスターを殺そうとしてくる勇者候補たちと何度か戦っていたのでちょとだけ自信はなかったが、まあおおむね平穏な日々だったと言えるだろう。島でソフィーが暴れることはなかったし、村人ともそこそこ交流はできている。不満はない。


「で、ラルスさんはこれからどうするので?」

「ゼルマ様の敵を殺す。ノンダスは任せたぞ」


 邪魔者をバウルに任せると、魔弓を構えて弦を引く。魔法で創られた矢が出現した。『魔法障壁』を解除してから弦から指を離すと、矢が真っ直ぐに進み途中から百本に分裂。すべてが魔法使いの男に向かっているが、直直前で軌道が変わってしまい、上に流れていく。風の壁でもあるのだろう。


 そのぐらい想定済みだ。


 攻撃を止めたことに意味があるのだ。


 すべての矢が遠くに行ってしまうまでに十秒近くの時間は稼げた。その間に俺は威力を優先した矢を番えている。


 一瞬だけ死にかけているノンダスの方を見ると、目を閉じかけていて俺を邪魔する余裕はなさそうだ。


「これで終わりだ」


 弦から指を離して矢を射る。


 身体能力を強化しても目で追うのが難しいほどの速度で上空へ進み、慌てて逃げようとしていた魔法使いの頭部を貫いて破裂させた。血をまき散らしながら体は落下していく。


 一瞬にして強者が死んだことで、敵の兵たちは動揺している。


 最後の力を振り絞って、ノンダスは仲間を助けるために盾を創造しようとするが、バウルに襲われてしまってそれどころじゃない。一方的に殴られて集中出来ない状態である。仲間が助けに入ろうとするが、それらを順番に矢で射ると標的が変わったようで、こちらに向かう。


 陣形なんてあったもんじゃない。


 前列にいる歩兵がバラバラに向かってくるので、分裂する矢を放って倒していく。


 この魔弓は恐ろしいほど使い勝手がいい。強力な魔物相手じゃ威力が不足する場面もあるだろうが、雑兵が相手なら無双できるほどである。


 別の場所ではゼルマの部隊が大規模な魔法攻撃をしかけていて、後方で待機している騎士や敵将がいそうなテントのエリアまで破壊されていた。


 敵は戦場から逃げ出していて遠くにある本陣へ向かっているようだ。

 

 勝敗は決まったな。


 弓を消すと周囲を警戒しながらバウルの所まで移動する。


 元の形がわからないほど顔が変形したノンダスは息をしていない。


「生きていたらすべての攻撃を無効化されるので殺しました。文句はないですよね?」


 拳にべっとりと血をつけたバウルは、俺の回答なんてどうでもいいといった態度で聞いてきた。


 もう上司でもないし、無関係なので当然の反応だ。冒険者は乱暴なぐらいがちょうどよく、下手にでられたほうが怖いぐらいまであった。


「もちろん」


 死体になったノンダスの首を掴む。


「ラルスさん!」


 腕を掴まれたので振り返る。


 焦った顔をしたバウルが俺を見ていた。


「これはもらうぞ」

「そりゃゼルマが納得しないですよ。ノンダスと指揮官の死体を持って帰らないと俺が怒られますって」

「なら、問題ないな」

「マジで言っているのか?」


 握っている力が強まった。


 腕の骨がきしむような音が聞こえる。わかりやすくキレていた。


「当然だ」


 周囲に光の矢――『エネルギーボルト』を十本浮かべるとバウルは後ろに下がった。


 その直後、地面に次々と突き刺さる。


「悪くない。いい反応だな」

「ラルスさんあんた……何を考えているんだ?」


 どうやらバウルは今の俺に違和感をもったようだ。


 自分勝手な振る舞いをするようになった、なんて思っているんだろうな。


 今も昔もソフィーのために動いているのは変わらないのだが、事情を知らなければ性格が変わってしまったと思われてしまうのもわかる。


 少し寂しさを感じるが、人類との共存はずっと前に諦めている。この痛みもすぐに忘れるだろう。

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