第753話 その命令、待ってましたぜ(バウル視点)

 ラルスさんと別れてから根無し草の冒険者に戻ろうとしたが、ゼルマ子爵に目をつけられてしまい、戦争に参加するぐらいまでの仲になってしまった。


 金はたっぷりともらえているし、無謀な仕事は振られない。よい上司だと思っていたんだよな……今日までは。


「ゼルマ様よぉ。これはマズいんじゃないか?」


 お偉方から特攻を命令された俺たちは、味方の軍から離れて最前線にまで出ている。数百メートルほど先には包帯男がいて、あれが敵国の要注意人物であるノンダスだってのはすぐにわかった。


 前に殺そうとして失敗した相手だ。ラルスさんがいない今、俺たちが勝てるなんて思えない。


 全軍を投入しても突破できるか怪しいな。


「弱気な発言は控えろ。兵たちに移る」


 他の貴族に無理難題を押しつけられたのに絶望していない。平然とした姿は兵たちに安心感を与えていることだろう。


 部下が落ち着いているのを確認すると、ゼルマは解放奴隷になったローザの方を向く。


「アイツの権能を突破する魔法は使えるか?」

「ノンダスが出す盾は神の領域。私じゃ無理よ。もしできるならそれは……」

「ラルスだけか」


 名前を聞いて懐かしくなった。


 平穏な生活を願っているのに、なぜかトラブルが舞い込んでしまう不幸体質だったな。俺からすれば楽しい人生を送っているように思えたのだが、ラルスさんはいつも疲れた顔をしていたのが印象的だった。


 今は平和に暮らしているとゼルマから聞いているが、俺は絶対に違うと思っている。


 魔王と呼ばれるようになったソフィーと一緒に、胃がキリキリするほどの危険と常に相対しているはずだ。


 それだけは絶対に間違いないという確信があった。


「いない者には頼れない。我々だけで守りを突破するしてノンダスを殺すぞ」

「真っ正面から突っ込んでも無駄死にするだけです。何かよい策があるのですか?」

「ない」


 護衛として同行しているレギーナに無策と答えたが、兵たちは動揺しておらず、戦意は衰えてない。今までの活躍から無駄に部下を殺すような貴族じゃないとわかっているのだ。


 絶望的な状況でもなんとかしてくれる。そういった信頼感があった。


「一当てしてから考えるか」


 俺としては満点の評価を与えたいほどの作戦を発表すると、ゼルマは剣を抜いて高く掲げた。


「エルラー家の兵どもよ。ロンダルト王国の威光を示せ」


 剣を振り下ろすとのと同時に、地面が揺れていると錯覚するほどの声が聞こえた。


 殺意が冷静な思考を奪って、誰もが歯をむき出しにして好戦的な表情を浮かべている。


「全軍、突撃!」


 側近として指定された俺たちは待機しているが、他の兵士は武器を持ちながら叫び、走り出す。


 数十ではない。数百にも及ぶ人間の波がたった一人の男に向かっているのだ。普通の神経をしていれば尻込みしてしまうぐらいの恐怖を覚えるべきなのだが、ノンダスは動かない。


「やはり盾の権能を使うか……」


 兵の波に飲み込まれそうになる寸前で、数十メートルにも及ぶ大きな盾が出現した。兵士たちは槍で貫こうとするがびくともしない。回り込もうとすると、さらに追加の盾が横に出現してしまい前に進めない。突進の勢いは完全に殺されてしまった。


「魔法部隊! 放て!」


 ローザを中心とした魔法を使える数十人が一斉に『ファイヤーボール』を発動させ、ノンダスの方へ飛ばす。狙いは正確だ。創造された盾に衝突、大爆発したが、それでも傷一つ付かないのだから恐ろしい。


 ギフト能力は、神の力と言われる理由がわかる。


「上級魔法を使えっ!」

「は~~い」


 気の抜けた声とは真逆で、ローザは真剣な面持ちをしながら魔力を練っている。


 敵兵が矢を上空に向かって放った。空中で頂点に達すると落下していき仲間の兵士たちに突き刺さっていく。命中率は二十パーセントぐらいか。意外と高いな。


 このままじゃ全滅すると危機感をもったところで、ローザが上級魔法を放つ。


『ダイヤモンドダスト』


 創造された盾の周辺が白銀の世界となった。小さな氷の結晶が空中で舞っていて、密度は濃く、真っ白に見えるのだ。


 範囲攻撃であれば、裏側まで攻撃は届く。


 最善の一手であるのは間違いない。殺せなくてもダメージは与えられただろうと誰もが思ったのだが、魔法の効果が切れて敵陣が見えるようになると、期待は見事に裏切られる。


 巨大な盾は相変わらず出現したままだ。後方にいる兵には亀の甲羅のような盾がいくつも出現して、魔法をやり過ごしている。


 ここからじゃ見えないがノンダスも同じように身を守って魔法を防いだのだろう。


「ちっ、生きているか」

「正攻法じゃ無理みたいね。ゼルマはどうするつもり?」


 呼び捨てにしてレギーナがぎろりと睨んだが、ローザは涼しい顔をしている。


 ゼルマは部下のやりとりを無視して静かに前を見ているだけ、と思ったらニヤリと笑った。


 これは無茶な命令をする予兆だ。そろそろ来るか?


「バウルはノンダスをヤってこい」

「方法は?」

「お前の好きにしていい。できるか?」

「できる、できないじゃなく、ヤるっきゃないんですよね?」


 俺の回答にゼルマの笑みが深まった。


 上品ぶっているよりも、こういった野性的な感じの方が彼女の良さを引き出しているように思える。


 命を賭けるに値するいい女だ。貴族じゃなければ口説き落としていた。


「いい覚悟だ。死ぬつもりでヤってこい」

「その命令、待ってましたぜ」


 ようやく出番である。ラルスさんほどじゃないが、俺だってベテランの冒険者として実力はある。


 守ることしかできない敵なんて、新しく手に入れた短槍で突き殺してやる。

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