第751話 ラルスさんの偽物を殺すんです

 強力なアンデッドを作り出すには、質のよい死体が大量に必要だ。


 チンピラ紛いの冒険者じゃ力が足りない。だからといって強いだけじゃ不完全で、執着心も必要だ。


 金、地位、名声、美貌、力、なんでもいい。死ぬ瞬間ですら抱いているほど強い気持ちがあれば、アンデッド化する際の大きな力となる。この両方がなければ強い個体にはならないので、作ろうと思ってもすぐにはできないのだ。


 ヤンのダンジョンにいるだけじゃ手に入らない。


 だからといって街を歩き回って強い人間に出会えたとしても、暗殺の難易度は非常に高い。仮に成功しても執着を持って死ぬことは稀だ。


 どうするべきか。


 女性の頭を撫でてしまったことでソフィーに三日ほど説教されている間に悩んでいたが答えは出ない。


 誠意をこめて謝り続けようやく解放されたので、気晴らしに孤島から出てヤンのダンジョンを散歩していると、休憩し知恵る冒険者の声が聞こえてきた。


「戦争が始まるって本当か?」

「マジだ。北にあるプロイセン王国の何とかって伯爵が攻めてくるらしい」

「どこの伯爵様だかわからないじゃないか。名前ぐらい覚えておけよ」

「うるせぇな……たしかなんだっけ、あー、あれ。ブル、ラモ……モラヴィッツ辺境伯だ」


 エルラー家の当主争いをしているときに攻めてきた貴族だ。


 懲りずにまた戦おうとしている。


 あの時は盾を創造するギフト能力持ち――ノンダスを追い詰めたが逃げられてしまい……ん? これは使えるぞ。


 戦争であれば大勢が死ぬ。その中には実力者も含まれているだろう。さらに環境からして生への渇望、もしくは出世欲といった執着心が強く出やすい。


 上手くすれば一人か二人ぐらいは、よい死体が手に入るかもしれないな。


 人間として最低な思考をしていることはわかっているが、俺を守るために変わってしまったソフィーのためだ。


 良心なんてひねり潰して、余計なことを考えないようにする。


 冒険者たちから離れ、ダンジョン内を歩いていると、突如としてソフィーが目の前に出現した。


 遠隔で俺のことを観察しつつ、様子が変わったので転移魔法で駆けつけてきたってところだろう。


「嬉しそうな顔をしていますね」

「強い人間の死体が手に入りそうな場所を思いついたんだよ」

「それは朗報ですね。どこですか?」

「俺たちが前に戦ったライナ伯爵が戦争を起こすらしい。戦場は国境付近になるだろう。終わった後に死体をあさりに行けば強者の一人や二人、見つかるかもしれないぞ」

「それは本当に素敵な話です! 愚かな方が暴れてくれるおかげで、やり残したこともできそう!」


 小さく手を合わせて喜んでいるが、発言した内容はよくわからない。


 やり残したこととは何だろう?


 喜んでいるソフィーは素材確保以外にも狙いがありそうだ。


「何をするつもりだ?」

「逃がしてしまったラルスさんの偽物を殺すんです」


 一緒に戦って逃がしてしまった敵はそう多くない。ダンジョンマスターを除けばノンダスぐらいだ。


 アンデッド化によって認知も歪んでいるため、ソフィーは俺以外のギフト能力持ちを偽物と考えるようになって、抹殺対象になったのだろう。


 ヤツの姿を見たら見学するだけじゃ終わらない。ソフィーは戦場で暴れ回るだろう。配下が足りない今、そういった事態は避けたいので注意だけはしておくか。


「戦争には参加しないからな。終わった後、死体を漁るだけだぞ」

「わかっています」


 同意しながらも背筋がゾッとするほど冷たい笑みを浮かべる。


 静かな殺意は俺ですら止められない。


 最悪の事態を引き起こさないよう、方向性をコントロールするぐらいのことしかできないのだ。


「誰にもバレなければ殺してもいいですよね」

「まぁ、そうだな」


 エルラー家の庇護も限界はある。ダンジョンマスターが地上で人間を虐殺したと知れ渡れば、利益よりも脅威が上回って国軍によるソフィー討伐が本格的に始動してしまう。


 少しでも長く現状を維持するためにも、正体は隠しておきたいからこそ積極的には動きたくなく、ソフィーもそういった関係性を覚えているからこそ先ほどの発言をした。


 すべてを忘れたわけじゃないのであれば、まだコントロールは可能である。


「ソフィーの姿を見た人間が、たった一人でも逃げ出したら俺たちの負けなんだ。両軍を殲滅させようなんて考えないで欲しい」

「じゃぁどうするんですか?」

「必要であれば俺が何とかする。それでいいだろ?」

「ラルスさんと偽物が戦う……いいですね! 素敵な輝きが見れそうです!」


 手を小さく合わせて喜んでいた。何とか暴走は抑えられそうである。

 

「では戦場の近くで様子を見ましょう。ラルスさんが参戦できそうなチャンスがあれば転移魔法で送ります。あぁ、こうなると夫婦の共同作業ですね! 素敵です!」

「ああ、そうだな」


 唯一の救いはソフィーが変わらず俺のことを想ってくれていることだろう。


 だからこそ、心折れず前に進める。


 人類の敵になったとしても絶対に穏やかな生活を手に入れるんだ。


 今回の戦争で優秀な死体を手に入れるべく、ダンジョンを出て両軍の情報を集め続ける。


 どうやらライナ伯爵とモラヴィッツ辺境伯は一週間後に、平野でぶつかり合うようだ。兵力差はほとんどないと言われている。


 平野、しかも正面からの戦いなら大きな被害が出ると予想できる。


 戦争のおかげでロンダルト王国は、勇者チームを半壊させたソフィーの扱いをどうするか話し合う余裕はないだろうし、後ろを気にせず活動できそうだ。

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