第750話 死んでも役に立たない男は消えなさい

 荒れ狂っていたソフィーを無事になだめると、残された二つの死体に視線を向ける。


 直接戦うことはなかったが、呪いを振り撒くソフィーを前にしても正気を保っていられたのだから、そこら辺にいる冒険者よりも実力が高いことはわかっている。


 実は今、ダンジョン内の戦力が大きく不足しているため、優秀な素体は喉から手が出るほど欲しい。


 こいつらをアンデッド化させれば護衛に使えるだろう。


 人類の敵らしい思考が染みついてしまっているが、これもソフィーと平和に暮らすために必要なことだ。


 余計な考えを振り払うように、首を何度か振ってから口を開く。


「この死体をアンデッド化させないか」

「あまり強い個体にならないと思いますよ……?」

「そこは執着次第だろう。多分だが、使えるレベルにはなる」

「まぁ、そうですね」


 いつもなら素直に願いを聞いてくれるのだが、気乗りしないようでためらっている。珍しいな。理由が知りたい。


「気になることがあれば遠慮なく言ってくれ」

「アレはラルスさんを侮辱しました」


 そう言って教会騎士の死体を踏みつけた。グリグリと足を動かして地面に押し付けている。


「灰にさせるのが一番かと思います」


 生前では一度もしなかった侮蔑の表情を浮かべながら、死体になった男を見下ろしている。殺しても恨みは消えていないようだ。


 何を言ったんだよ……。


「許せないのであればアンデッド化させて酷使すればいいじゃないか。それが最大の復讐になる。そう思わないか?」


 ソフィーに近づいて肩に手をポンと乗せたら抱きついてきた。


 柔らかい感触はあるが手は冷たい。


 見上げて俺を見ている瞳からは強い執着の光を発していて、フィネの残滓を感じる。吸収されて死んだはずなのに、隠れ潜んでいるような錯覚に陥ってしまった。


 そんなこと、ありえないのにな。


「いいアイデアですね。奴隷のように使って、多少なりとも輝かせてあげましょう」


 俺を抱きしめたまま死体から足を離すと禁忌の魔法を発動させる。


『クリエイトアンデッド』


 教会騎士の方は生前の姿を残したまま起き上がる。肌は青白く、口は薄らと開いていて鋭い犬歯が見える。体から呪いを発しているが、それ以外は生前と変わらない姿だ。


「珍しい種族ができました。あれはヴァンパイアナイトですね」

「どんな特徴があるんだ?」

「魔法が使えず接近戦に特化したヴァンパイと思ってください」


 太陽の下だと能力は半減するが、地下都市では問題なく活動できるだろう。教会騎士としてのプライドが強かったからか、接近戦に特化しているところが興味深い。


 こいつはどんな強い執着をもってアンデッド化したのだろうか。


「もう一人は……しっぱいですね。ただのスケルトンになりました」


 弓を使っていた男は肌と肉がグズグズに溶けてしまい骨だけの姿になっていた。


 いくら生前強くても執着心がなければ強い個体にはなれない。彼は現世への未練や後悔、やりたかったことなどが残ってなかったんだろう。


 地上の墓地エリアを徘徊させる以外に使い道がない。


 どうするか悩んでいるとソフィーが俺から離れてスケルトンの前に立つ。


「死んでも役に立たない男は消えなさい」


 足で頭蓋骨を殴りつけた。


 ダンジョンマスターでありアンデッドクイーンでもあるソフィーに見放されたスケルトンは、言葉の通り灰になって消えていく。残ったのは生前身につけていた装備のみだ。


「地下の倉庫に持って行きなさい」


 ソフィーが命令をすると、ヴァンパイアナイトは仰々しい動きで頭を下げた。


「創造主様。倉庫とは、どこにあるのでしょうか」

「死んでもバカなのは変わらないのね。具体的な場所は誰かに聞きなさい」

「かしこまりました」


 大雑把な命令だというのにヴァンパイアナイトは躊躇なく受け入れた。鎧と弓を拾うと腰から黒翼を出現させて飛び立つ。向かう先は大穴だ。地下都市に向かうのだろう。


「あんなのより、もっと私を見てください」


 顔を掴まれて無理やりソフィーのほうに向けられてしまった。


 寂しがり屋とは違う。独占欲が現れているのだ。


「すまない。ちょっと考え事をしていたんだ」

「誰のことですか?」

「今回、相手したの奴らのことだ。普通の冒険者じゃない。装備や強さからして勇者だろう」

「だとしたら何か問題でも? 仲間は殺し、残りは何もできずに逃げ出したんですから終わりですよ」

「だが勇者すら相手にならないと国に伝われば、次は軍が攻めてくるかもしれない」


 今まで国が攻めてこなかったのはソフィーが大人しくしていた事実が大きい。


 攻めてきても表に出ることはなく手下に処分させていたので、ダンジョンから生まれる利益を優先して静観してくれていた。


 しかし今回はソフィーが積極的に暴れ回ってしまったのだ。


 利益よりも危険性が上回り、国がダンジョンを潰す覚悟を持たせるきっかけになってしまった可能性がある。


 国軍が単体で来るならまだマシで、最悪のケースは教会との合同軍だ。敵がアンデッドだからこそ、裏切る心配はなく手を組みやすい。


 ゼルマは全力で派兵を阻止すると思うが、子爵レベルでは限界があるし、他貴族が先手を打って動きを止めている可能性もある。


 ゆっくりはしていられない。早めの戦力増強が必要だ。


「強い個体を作りに行こう」

「それはダンジョンの外に行く、ってことですか?」

「ああそうだ。一緒に探そう」

「新婚旅行ですね! 楽しみです!」


 思い込んでしまったら訂正は難しい。名目なんて何でもいいので頭を撫でてあやしながら、これからどうするべきか脳内で整理を始めていた。

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