第749話 お前が死ねよ(勇者バロルド視点)
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。
ダンジョンからヤンに戻ってこれたが体の震えは止まらない。何なんだ、あれは。世界中の恨みや憎しみを凝縮したような呪いだったぞ。離れていても鳥肌が立つほどで、残っていた二人は生き残れているとは思えない。間違いなく死んでいる。絶対に生き残っていない。
抱きかかえていたナージャは四肢をだらりと垂らしていて力が入っていない。どこか遠くを見ているようである。
「創造神よ……」
神に頼りたい気持ちはわかる。勇者の称号なんて捨ててでもいいから、もう二度と会いたくない。
借りている宿に戻って部屋に入るとドアを閉める。
「早い帰りだな。魔王の討伐はどうなった?」
ナージャを床に降ろすと、優雅に紅茶を飲んでいる男――デカルドを睨みつける。こいつは俺に魔王ソフィーの討伐を依頼した貴族の使いっ走りだ。エルラー家はダンジョンを二つも所有しているので政敵が多い。依頼元も恐らくそう言ったヤツらの一人だろうが、詳細までは辿り着けなかった。
勇者である俺を下に見ているようで、出会ったときから態度がデカい。
もともと気に入らないと思っていたのだが、今日はさらに腹立たしく感じる。
「撤退した」
「何?」
カチャリと音を立ててカップをソーサーの上に置くと、責めるような口調で言った。
「あれは人間が勝てる相手じゃない。軍でも無理だ」
「教会騎士遠征をしたとしてもか?」
「全滅して二回目の悲劇が起こるだけだ」
「だから俺は悪くないと言い訳するつもりのようだが、我が主人には通用しない」
「違う! 本当に――」
「黙れッ!」
大きな音を立ててテーブルを叩いた。デカルドは立ち上がると俺の前に立つ。
「勇者たるもの魔物を前にして逃げ出すなんて許されない。負けるなら戦って死ね。金を払わなくて済むし処理にも困らんからな!」
貴族らしい身勝手な言い方だ。下の立場だと思ったら徹底的に搾り取ろうとする。
仲間を二人も殺され、死ぬ思いをしたんだ。
いつもは聞き流しているが、今日はダメだ。許せない。
「だったら。お前が死ねよ」
「な……ッ?」
格下と思っていた相手に暴言を吐かれて一瞬だけ間抜けな顔をしていたが、すぐ怒りに変わる。顔が真っ赤になった。
「貧乏男爵家の息子が生意気な! 私の主が本気になれば家ごと潰せ――ガハッ」
グダグダとつまらないことを言っていたから、ナイフで腹を刺してやった。口から血を流して目を見開いている。震える手で俺の服を掴んできたのではたき落としてやった。
「前からお前のこと気に入らなかった」
「私が死ねば……お前に…………追って…………」
「追っ手を出すつもりか? やれるもんならやってみろ。ロンダルト王国の手が届かないところへ逃げてやる」
俺が裏切ったと知れば暗殺者を差し向けてくるだろう。心が折れたナージャを連れてどこまでやれるかわからないが、魔王ソフィーと戦うよりかはマシだ。あの絶望に立ち向かうぐらいであれば、どんなことも可能だと思えてくる。
国境を超えて敵対しているプロセイン王国へ逃げてやるぞ。
ついに力付きたデカルドは、ずるりと倒れて床に横たわった。
「バロルド…………?」
後戻りできない段階になって、ようやくナージャは俺のことを見た。続いて視線が床の方に向かって死体になったデカルドで止まる。
「殺したの?」
「仕方がなかったんだ。ヤらなければもう一度、魔王ソフィーと戦えと言われてただろう。ナージャはまたヤンのダンジョンに行きたいか?」
「いや! それだけはいや!」
あの時の恐怖を思い出したようで、自らを抱きしめながらガタガタと震えだした。顔は血の気が引いていて、まともな状態ではない。今後について話す前に落ち着かせなければ。
ナージャを抱きしめて震える体を温める。
「俺だって嫌だ。だから逃げよう」
「追ってきたらどうするの?」
「ダンジョンマスターは外を自由に出歩けない。ヤンから離れれば追っては来ないだろう」
「本当?」
「ああ、本当だ」
実はダンジョンマスターが外に出たと言う話は、ここ最近になって聞いたことがある。一時的であれば自由に動けるようなのだが、あえて言う必要はない。不要なことは知らなくていいのだ。
「だったら逃げよう! 今すぐに!」
俺の服を掴んですがるように言っている。一人じゃ怖くて道連れが欲しいのだろう。それも魔王ソフィーのことを知っている人と。そうして安心を得たい気持ちは俺にも有るので気持ちは分かる。
「ああ。そうしよう。逃走に必要な道具を集めてすぐに出るぞ。立てるか?」
「う、うん。大丈夫」
足は震えているもののナージャはしっかりと一人で立ち上がって、自分の荷物をまとめだした。この調子なら問題ないだろう。俺も動かなければ。
背負い袋に着替えや野営の道具を詰め込み、保存食や水の残量を確認する。二人で一日分しかない。足りないのでフェールやデラルトの荷物から奪い取って三日分までは確保できた。ヤンからは歩いて二日ぐらいの距離に町があるので、何とかなりそうだ。
「あとは……」
殺したばかりのデカルドを見る。
腰に膨らんだ財布がぶら下がっていた。
手を伸ばして中を確認すると金貨が数枚、それと銀貨が十枚ぐらいあった。死人には不要なものだ。すべて俺の財布に移し替える。
「準備できたよ! バロルドは?」
「俺もだ! すぐに出るぞ!」
まさか勇者になってから追われる立場になるとは思わなかったが、後悔はない。魔王ソフィーと戦えと言われないのであれば、どんな生活だって耐えられる。
何としてでもナージャと二人で生き残ってやるからな。
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