第747話 舌を噛むから黙ってろ!(勇者バロルド視点)

 話を聞きながらも走り続け、倒れているフェールのところまで来た。


 鎧は黒く変色していて呪いが進行しているとわかる。このままだと一分も経たずに死ぬだろう。急いで聖水を振りかけるが一本では足りない。残りの三本全てをかけてなんとか解呪が進む。


「ぐっ、あれが……魔王ソフィー…………」


 意識を取り戻したフェールが睨みつけていた。


 教会にとって大きな汚点である彼女を許せないのだろう。


「今は教会関係のことは忘れろ」

「ダメだ。アンデッドが愛を語るなんて許せない。あれは即刻滅ぼさなければ……ッ」


 魔王ソフィーの眉がピクリと動いた気がした。


 ここからでも声が聞こえるのかよ。


 呪いがなくなって動けるようになったフェールが立ち上がりそうになったのを押さえつける。


「武器がないのにどうするつもりだ?」

「殴ってでも――」


 バカなことを言いだしたので顔を軽く殴った。


「触れたら呪われるぞ。接近戦で勝てる相手じゃない」

「じゃあどうすれば!」

「撤退だ」

「なっ…………」


 戦ってすらいないのに何を言ってるんだと思っているのだろうが、さっきから俺の直感がヤバイと警告を慣らしっぱなしで止まらないんだよ。この場に居続けたら間違いなく死ぬ。それがわかっていて、戦おうなんて思えない。


 手に入った情報を持ち帰り態勢を立て直したかった。


「知り合いのよしみで逃げるチャンスをあげようと思ったんですが、私の愛を否定したのであれば許せません。全員この場で死になさい」


 魔王ソフィーの体を中心として、さらに強い呪いが発生した。常人が耐えられるもんじゃない。不可能だッ!


「逃げるぞ!!」

「わかりました! リーダーの命令に従います!」


 俺に続き聖女ナージャも撤退すると宣言してくれたのだが、デラルトとフェールは黙ったままだ。


 無謀にも戦おうとしているのだろうか。


「魔王討伐は教会の宿願。俺は残る」


 フェールは立ち上がると体内の魔力を練りだした。魔法を使うつもりだ。教会騎士という立場上、説得は不可能である。


 巻き添えを食らいたくないので、走ってナージャを抱きかかえるとその場を離れる。


「二人は?」

「しらん! 舌を噛むから黙ってろ!」


 必死に走って距離が取れたので後ろを見ると、ソフィーの上空に目が出現していて神の圧力をかけているところだったが、効いているようには見えなかった。平然としていて、デラルトの放つ光る矢すら『魔法障壁』で弾いて届いていない。


 視線は敵に向いておらず、俺が向かっている少し先を見ている。


 背筋が凍った。


 直感に従って足を止めて前を見ると、真っ黒な金属鎧と兜をかぶった男が立っていた。禍々しいデザインをしているのに、不思議と呪いは感じられない。


 ダンジョンマスターは転移能力があると聞いていたので、こいつが突然出てきても驚きはしない。


 ナージャを降ろして剣を抜く。


「見逃してくれないか?」


 黒ずくめの男は黙ったまま顔を動かして、先へ行けと言ってきた。


 魔王ソフィーもやばいが、こいつもただならぬ気配を感じたので助かる。正直、戦ったところで勝てる可能性はなかっただろう。


「行くぞ」

「う、うん」


 ナージャの手を繋ぎながら、黒ずくめの男に近づかないよう、ゆっくりと離れようとする。


 背後から呪いの含まれた熱風がきて吹き飛ばされてしまった。


 俺たちは擦り傷を負いながらもソフィーがいた場所を見る。


 呪いの竜巻が数本も発生していて、そこからスケルトン、ゾンビ、レイスといったアンデッドが続々と出てくる。単体であれば確実に勝てる相手ではあるが、この数なら話は変わる。ナージャが魔法を使って第一陣を滅ぼしたとしても後続がくるなら確実に力尽きる。


 今ですら呪いを抑えるために聖魔法の力を使っているのだから、これ以上の負担は避けたいところだ。


「フェール! デラルト! 逃げて! お願い!」


 普段は傲慢な態度を取っているのに、こういうときに聖女らしく他人の命を気にするなんてズルいな。


 見捨てようとしていた俺が矮小な存在だと感じてしまう。


「神敵よ! 消えるがいい!」


 ああ、教会騎士はこれだからダメなんだよ。


 アンデッド憎しという気持ちが強すぎて冷静になれず、声が届いていない。


『ターンアンデッドッ!』


 光の柱が出現すると広がっていきアンデッドどもを浄化していく。スケルトン、ゾンビといった雑魚はすぐに消滅したが、魔王ソフィーは小さい煙が立ち上るだけ。たいしたダメージは与えられていないようだ。


 ナージャが使っても似たような結果になるだろう。歴代トップクラスと言われているエレノアだったら、もしかしたら有効なダメージを与えられるかもしれないが、このばにいないのだから気にしても仕方はない。


「なにあれ! 対アンデッド最強の魔法が効かないなんて……」


 体を震わせて、ナージャの顔色が青くなっている。


 体は震えていて心は折れているように見えた。


「アイツらは見捨てる。逃げるぞ!」

「でも!」


 こんな時でもナージャは諦められないようだ。必死に矢を放っているデラルト、素手で戦っているフェールを助けようとして、涙を流しながらも聖魔法を発動させる準備をしている。『ターンアンデッド』を使うつもりなのだろうが、そうすると俺たちまで敵認定されてしまう。


 こうなったら、ナージャを殺してでも止めるか?


 冷徹な判断を下そうとしていると、黒づくめの男がナージャの頭に軽く手を乗せる。


「無理をするな」


 驚いたことに声を発した。高位のアンデッドであれば可能ではあるが、どこか生者のような温かみを感じる。


 こいつは他の魔物と違う。


 そう思うには充分で、ナージャも同じことを思ったようだ。


「助けてくれるのですか?」

「無理だ。諦めろ」


 無慈悲な宣告をすると黒ずくめの男は俺を見た。


「だがお前たちだけなら助けられる。生き延びてくれ」


 何かを言う前に駆け出してしまった。

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