第746話 俺たちは回避メインで足止めをする(勇者バロルド視点)
「おしゃべりはそこまでだ。敵が来たから意識を切り替えろ」
黙って話を聞いていた教会騎士のフェールがロングアックスを握りながら警告した。
数メートル前には真っ黒な骨――ブラックスケルトンが一体いる。とんでもない魔力を体から発していて、刀身が五メートル近い剣を片手で持っていた。
あれは魔物が使う前提で作られた武器だ。
赤黒い禍々しいオーラをまとっていて、かすり傷でも負ったら呪われてしまうだろうことは一目でわかった。
「ナージャ、武器は呪われているよな?」
「本体もそうだね。超危険だよ」
「解呪できそうか?」
「もちろん……って言いたいけど、ちょっと厳しいかも。接触は禁止。攻撃はすべてかわして。武器で受けてもダメ」
「それほどか」
想像したよりも難易度が上がった。
これは接近戦が得意な俺やフェールよりデラルトのほうが相性は良さそうだ。
「攻撃は弓と聖魔法主体で、俺たちは回避メインで足止めをする」
「いいだろう。ナージャ様は俺がお守りします」
教会騎士のフェールが先に飛び出し、数テンポ遅れて俺も続いてブラックスケルトンの数メートル前で止まる。
剣が横に振るわれた。
まとめて俺たちを斬り殺せるほどの勢いだ。触れるだけで呪われるので受け流すのは不可能。同時に跳躍して回避すると、下から数十の矢が通り過ぎていってブラックスケルトンの頭部に当たる。
魔弓で作った矢だ。ナージャが補助して聖属性が付与されているため、通常のアンデッドであれば即消滅するほどの威力がある。
必殺の一撃であったのだが、ブラックスケルトンは刺さった箇所から白い煙を出すだけで、消えることはなかった。
「不浄なる者め! 神罰を与えてやる!」
「行くな!」
聖女の力が効かなかったことでフェールがぶち切れた。
守りを止めてブラックスケルトンに急接近した。
敵の武器は長物なので懐に入ってしまえば攻撃はされないと思って行動したのだろうが、あのレベルの魔物であれば対策の一つや二つは当然のように存在する。
あばら骨が開くと、斧を振り上げているフェールの腹に向かって伸びた。
大切な聖女の助言だけは覚えていたのだろう。接触してはいけないと判断したようで、振り下ろしながら武器を投げ、あばら骨の先端に当てると一部を破壊するが、ロングアックスは呪われてズグズグと溶けた。
「フェール退け!!」
「断る! こいつは危険だ! ナージャ様に近づけられん!」
「バカが! 勇者の言うことぐらい聞けよ!!」
三男とはいえ貴族なんだから少しは聞く耳を持って欲しかったのだが、聖女じゃなければ止められないらしい。これだから教会騎士は扱いづらくて困る。
デラルトが弓で援護をして伸びる骨を消滅させ、活路を開いてくれた。
フェールはバックステップで少し距離を取ると魔法を発動させる。
『フォース』
数少ない聖属性を持つ攻撃魔法だ。ブラックスケルトンの頭上に半透明の目が出現した。神の威圧とも呼ばれていて、視界内にいる敵の体を押しつぶす効果がある。
通常は離れた距離から使うのだが、頭に血が上っているフェールはその考えすら浮かばなかったのだろう。
ブラックスケルトンは膝をつきながら全身から白い煙を出す。
このチャンスを見逃すほど俺たちは甘くない。魔弓を構えたデラルトが一本の太い矢を番えていた。ナージャが聖属性の付与を行うと、弦から指が離れた。
矢がブラックスケルトンの頭蓋骨を貫き、聖属性が毒のように全身へ回り骨は溶けていくが、強い呪いが効果を薄めて即死とはいかない。消えかけながらも剣を横に振るった。
近くにいるフェールは回避が間に合わず鎧に当たって吹き飛んでしまう。威力はなかったので体は繋がっているが、呪いに浸食されていそうだ。
俺は大きく後ろに下がることで何とか回避できた。
「フェールがやられた! 解呪を頼む!」
反応がない。おかしいと思って振り返りナージャを見ると、顔を青くして震えていた。デラルトは険しい顔をしながら上空を睨み、弓を構えている。
俺も視線を向けると褐色肌の女が視界に入った。
ボロボロの黒いローブと白い髪が特徴で、強い呪いの気配を発している。絵で見たとおりの顔つきをしていて、探していたダンジョンマスターだとすぐにわかった。
「ソフィー……先輩」
養成所での付き合いのあったナージャがつぶやいた。
「その声は泣き虫ナージャですね。元気にしていました?」
「ええ、おかげさまで聖女になりましたよ」
「あなたが聖女……? エレノアは?」
「彼女は教会から去って居場所はわかりません」
一瞬殺気が高まったように感じたが、ナージャの答えに満足したようですぐに引っ込んだ。
感情が不安定なのはアンデッドらしい。何に執着しているかわからないので激怒するポイントは不明だが、理性が残っているのであれば、やりようはあるだろう。
「そのまま会話で時間を稼いでくれ。俺はフェールを助ける」
聖水が入った瓶を取り出すと、気づかれないよう静かに移動をはじめた。
「先輩はどうしてダンジョンマスターになったんですか?」
「愛のためです」
「え……は? 愛? あの愛ですか?」
「はい」
意外な答えだったらしく、背後から聞こえるナージャの声は珍しく戸惑っていた。
「あの、もしかして好きな人がいるんですか?」
「秘密です」
気になって振り返ると、魔王ソフィーは口に人差し指をつけてウィンクをしていた。可愛らしい仕草ではあるが、体から発している呪いがすべてを台無しにしている。
愛する人がいたとして、アンデッド化した女の側にいるとは思えない。正気を保っているなら逃げ出すか、戦うか、それが叶わないなら自死を選んでいるだろう。
魔王ソフィーの愛する男は既に死んでいて、アンデッド化しているというのが俺の結論だ。お互いに歪んでしまった愛で慰め合っていることだろう。
そういったことをあの魔王ソフィーはしていそうだと思った。
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