第745話 それは、最悪だな(勇者バロルド視点)
男爵家の三男として生まれた俺――バロルド・クローラーは運よく魔力を持っていた。
幼い頃から身体能力強化と剣術を学び強くなると、亜竜と呼ばれるワイバーンを討伐した実績をもって、ロンダルト王国から勇者認定された。
その後も各地で暴れる魔物の討伐、闇ギルドの殲滅といった実績を重ねてきて、ようやくエルラー家が管理しているダンジョンの立ち入りを許可されたのだ。
もちろん、目的はただの探索じゃない。
とある貴族からの依頼があって、悪名高いダンジョンマスターである魔王ソフィーを討伐するために派遣されたのである。
彼女は自らアンデッドに堕ちて、ダンジョンマスターになったという罪深い女だ。
罪状は色々とあるが最も重いものは、教会騎士遠征の情報を知能ある魔物に漏らして失敗させたことだろう。これによって教皇を筆頭に多くの教会騎士が死んでしまった。次期教皇争いによって多くの死者が出ているとも聞いているし、世界に与えた悪影響は計り知れない。
冒険者ギルドに任せっきりだった勇者制度を国営にして、魔王ソフィー討伐に本腰を入れたのもわかる。
話に聞く限り敵は強大だ。見くびるようなことはしない。エレノアが去って正式な聖女になったナージャと護衛の教会騎士フェール、さらに魔弓使いのデラルトまで連れてくることにした。
最高のパーティを用意したので負ける気がしない。
魔王ソフィー討伐は必ず成功するだろう。
準備が整うとヤンのダンジョンに入った。地上部分は墓地で多くのアデンデッドが襲ってきたが、教会から持ってきた聖水を使えばすぐに滅んでくれる。たまに強力な個体が出てきてもナージャの『ターンアンデッド』で対処できた。
配下がこの程度の力しか持っていないのであれば、魔王ソフィーも俺たちだけで倒せる相手だろう。
「この陰気な感じはソフィーらしいなぁ。あーやだやだ。早く帰りたいよ」
墓地を歩きながら不満を口にしたのは聖女ナージャだ。
アンデッドの出現が落ち着いたので詳しく聞いてみよう。
「君は生前のダンジョンマスターについて何か知っているのか?」
「聖女養成所で一年ぐらい一緒に過ごしたから、結構ね」
「ほう。それは初耳だ。相手のクセがわかるかもしれない。教えてくれ」
会話に割り込んだのはデラルトだ。元狩人ということもあって、獲物の情報から行動パターンを推測するのが得意である。
闇ギルドと壊滅の時は、その能力を発揮して奇襲を防いでくれたのだから、今さら実力を疑うような人間はこのパーティにいない。
「大人しい静かな女だったよ。虐めても言い返さず耐えるだけのつまらない性格だった」
「聖女候補が虐めか。腐ってるな」
知性と気品ある人たちが集まっていると思っていたのだが、世の中にいる女と大差ないようだ。
「貴族だって似たようなことをしているでしょ? どこも同じだって」
「そうかもしれないが……」
貴族は賢く尊い人間だから愚民どもを支配、管理している、というのが建前。実際は違う。
幼い頃から受けている教育と、脈々と受け継がれてきた魔力に適応した血のおかげで上に立てているだけだ。一皮向けば不倫、暴力、詐欺、暗殺といった薄暗いことも平気でやってしまうので、愚かな人間なのは変わらない。
性根は平民と同じなのだ。
汚いことが嫌だから、俺は家を出て勇者の称号を手に入れたのである。
例え大切な者を失ったとしても、人は清く正しく生きなければならない。そう信じている。
「貴族や聖女候補のことはどうでもいい。他に魔王ソフィーの話はないのか?」
「デラルトは相変わらずね……まぁいいけどさ。生きていればどんな酷いケガでも回復させられるほど聖魔法の適性は高かったから、アンデッド化して反転した今、性格は攻撃的になっているだろうし、強力でエグイ魔法を使うと思うよ」
「反転か……なるほど。大人しい性格が攻撃的になる、というのは納得できる話だ。そこが付け入れる隙になるか?」
獲物の情報を整理して考え込んでいるデラルトに、ナージャがさらに話しかける。
「性格を把握するよりも執着している存在を調べた方が早いかも」
「どういうことだ?」
「アンデッドは生前に好きだったものへ歪んだ強い執着を見せるの。例えば対象が恋人だったら、愛しい存在を食べて一体化したいといった欲求がでてくるんだよ」
「それは最悪だな」
険しい顔をしたデラルトが吐き捨てるように言った。俺も同じ気持ちである。好きだったから一緒になりたいという気持ちが歪められ、食べてしまうなんて悪夢でしかない。
周囲を警戒しながら静かに話を聞いているフェールは涼しい顔をしているので、あの男はそういった変質を知っていたのだろう。教会内では有名な話なのかもしれない。
「ただソフィーはお金、地位、権力、美貌……思いつく限りのことすべてに無頓着だったんだよね。何に執着しているのかさっぱりわからない」
「それなら執着のないアンデッドってことで終わりじゃないのか?」
「ありえないよ。必ず何かに執着している。じゃなければアンデッド化できない。バロルドは貴族なのにそんなことすら知らないの? ちょっと勉強不足だよ」
軽く言ってみたら思っていたよりも強い突っ込みをもらってしまった。
聖女なんだから、もう少し優しい言葉を使ってくれよ。
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