第二部 魔王ソフィー

第744話 寝心地はどうですか?

 聖女とまで呼ばれていたソフィーが『クリエイトアンデッド』の魔法を使い、アンデッドクイーンとなってから一年が経過した。


 フィネがエサとして人間を飼っていた孤島に移り住み、自由な生活を満喫している。


 その間も片方の腕を失ったまま生活していたのだが、不憫だと思ったのかソフィーが死体から腕を剥ぎ取り、魔法によって融合してくれた。一生失ったままだと思っていたので、こんな解決方法があるのかと凄く驚いた。今でも鮮明に思い出せる。


 俺の体は片腕だけアンデッド化している状態だが、今のところ大きな影響はない。ギフト能力も変わらず使える。


 朝起きれば少ない島民と一緒に畑仕事をして夜は宴をして寝る、という日々だ。島には動物も多数生息しているので、狩猟もしていて肉や魚には困っていない。しかし俺たちには加工する技術はなかった。特に酒は製造できなかったので、ダンジョンマスターになったソフィーの転移能力を使って、俺は定期的に買い出しへ行っている。


 あえて縁もゆかりのない場所で必要品を購入しているので仲の良い人間は誰もないが、勝手に友人を作ってしまえばソフィーが嫉妬して暴れてしまうだろう。


 そうなったら何が起こるか俺にはわからない。


 ヤンの墓地ダンジョンを使ってアンデッドの兵を地上に放つ可能性だって十分ある上に、本人が直接乗り込んで殺しに来るかもしれない。


 もしそんなことをしたら悲劇しか生まれない。


 ソフィーの暴走を止める装置として常に側にいなければいけないので、人間関係には慎重になっていて今は島民ぐらいしか話す相手はいなかった。


 * * * * * *


 木陰でノンビリと寝転びながら休息をとっていると、草を踏む足音が聞こえた。


 視線を横に向けると浅黒い肌と白髪が目を引く、優しげな顔つきをした女性――ソフィーがいる。服装は相変わらず教会から支給された黒い法衣服を着ていて、生前の名残を感じてしまい、少し寂しく感じた。


「こんな所にいたんですね?」

「昼飯を食べ過ぎて休んでいたんだ」


 体を起こして座ると地面を軽く叩いて、隣に座っていいぞと合図を出した。


「お邪魔しますね」


 服が土で汚れることなんて気にせず、ソフィーは隣に座った。


 手を取って握ってくるが、アンデッド化しているため、ひんやりとしている。今はもう慣れてしまったが、最初は生者ではないことを思い知らされてしまい、一人でショックを受けていたな。


「俺を探していたみたいだが、何かあったのか?」

「愛しい人の側にいたかっただけです」

「そっか」


 話すことがなくなったので会話が止まった。


 お互いに多弁ではないので最近はこういったことが多い。


 別に気まずいわけじゃなく、静かな時間を楽しんでいるだけだ。


 心地よい風が吹いて眠くなってきたと思ったら、ソフィーが俺の体に触れると倒されてしまう。彼女の太ももに頭が乗った。


「寝心地はどうですか?」

「最高だ」


 期待されていたとおりの返事ができたみたいだ。機嫌が良くなったようで、ソフィーは髪を優しく撫でてくれる。


 こういった何気ない日常を手に入れたくて、貴族や魔物に翻弄されながらも戦ってきたのだ。


 理想とは少し変わってしまったが、俺は今の生活に満足していた。


「またヤンのダンジョンに例の強そうなパーティが入ってきたようです。ただの冒険者じゃありませんね」


 ソフィーの視線は何もない空中に向かっている。ダンジョンマスターだけが見られるウィンドウがあるはずなので、ダンジョン内の映像でも確認しているのだろう。


「勇者たちか。懲りないな」


 ダンジョンマスターの力を吸収してアンデッドクイーンとなったソフィーを人類は魔王と認定し、討伐するための勇者を育成して何人も作り出している。


 冒険者ギルドではなく国が認める新しい制度だ。


 各地で暴れてる魔物を討伐して一定の実績ができると勇者として認められ、ヤンのダンジョンに侵入して襲ってくるのがいつものやり方だ。


 過去に三度ほど撃退しているのだが、諦めが悪く今回も派遣したらしい。


 他のダンジョンでも似たような状況で、ダンジョンマスター側も手を組んで対策を練っているらしい。俺たちは新参者なのと、人類側が動きだすきっかけになってしまったこともあって、そういった会合には参加する権利はなく、独自で動いているためどんな話をしているのかまではわからなかった。


「私とラルスさんが育てているダンジョンに入ってくるのはいいのですが……勇者は嫌いです。少し気に入りませんね」


 ソフィーの体から魔力が漏れ出して空気がピリピリとしている。


 静かな怒りを露わにしていても、慌ててはいけない。


 制御装置としての役目を果たさなければ。


「どうしたい?」

「殺しましょう。死体は勇者を支持している貴族に送りつけるんです……あ、それよりもアンデッド化させて襲わせた方が楽しそうですね」


 暗い笑みを浮かべながら物騒なことを言っていた。


 今の話を実行してしまえば名実ともに魔王となってしまう。


 もう僅かしか残ってない人間性を大切にしてほしい。


「面白いとは思うが、そんなことをしたら国がダンジョンを滅ぼそうとして本気で動くだけだ。いつもどおり、アンデッドどもに命令して撃退するだけにしないか?」

「ふふふ、ラルスさんは相変わらず甘いですね。ついつい従いたくなりますが……今回はダメです。三回も手下に任せて変わらなかったんだから、私たちが出ましょう」


 魔力は収まってきたが殺気は放ったままだ。


 説得は失敗である。俺の言葉でも止められそうにない。


「ですがラルスさんの意見を尊重して殺すのは止めましょう。半殺しにして追い返します」

 

 生かして帰せるのであれば大きな問題には発展しないだろう。


 落とし所としては悪くない。


「わかった。それでいい」


 これで勢い余ってソフィーが勇者どもを虐殺する可能性は下がった……と思いたい。


 致命的な問題を起こす前に追い返したいので、すぐに動こう。


 立ち上がると服を叩いて土を落とす。


 我が家に入った。


 俺は黒い金属鎧、ソフィーは穴が空いた真っ黒なローブを身につけると、魔法でヤンのダンジョンへ転移する。


 勇者ども。大人しくしててくれよ。


========

第二部魔王ソフィー編……スタートです!



電子書籍版1~9巻については下記から詳細をご確認下さい。

https://kakuyomu.jp/users/blink/news/16817330660717777316

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