第743話一つだけお願いを聞いてもらえませんか?
日が昇ったのでクワを肩に担いで外に出た。アンデッド化したソフィーは聖魔法が使えないので、片腕のまま。バランスが取りにくい。聖剣の力を使っても、俺では四肢欠損までは回復できなかったので、一生このままの姿だろう。
俺が耕している小さな畑に着いたので、クワを振り下ろして地面を柔らかくしていく。この後、マリーからもらった種を植える予定だ。酸味のある赤い玉の野菜が育つらしいので、今から楽しみである。
一時間ほど体を動かしてから木陰で休む。
心地よい疲労感が襲ってきて、眠くなってきた。
お昼寝をしても咎める人はいないのだが、もう一仕事しなければならん。
通信のカードを取り出して魔力を通す。
数回ほど呼び鈴が鳴ってから、ゼルマの声が聞こえた。
「私だ。定刻通りだな。そっちはどうだ?」
「変わりないですね」
孤島に来てから一日一回、昼間に通話している。相手はゼルマが多く、たまにレギーナが出る場合もあった。
最近の話題はロンダルト王国の動向だ。表面上は今までと変わりないようだが、上級貴族とゼルマを集めてヤンのダンジョンについて、今後どういう扱いをするか議論を重ねているらしい。
即刻、周辺国と手を組んでダンジョンを攻略するべしと言う意見もあったようだが、フリード王が却下したこともあって、勢力としては弱い。
小国をあっさり崩壊させられたのだから、普通は今すぐソフィーを滅ぼすなんて考えられないよな。
「こっちは一つ方針が決まった」
「意外と早かったですね。どうするんですか?」
「各国が手を組んで、魔王ソフィーに対抗する真の勇者を育成する。もしくは、どこかから呼び寄せる」
ソフィーの存在によって乱世から、ダンジョンマスター討伐の時代へ移ったか。教会という縛りがなくなり争う寸前だった国々は、再び手を取り合ってソフィーを滅ぼすつもりのようだ。
ギリッと音が鳴るほど強く噛んでしまう。
「それなら、俺たちは敵同士ですね」
魔物は嫌いだが、ソフィーを見捨てるなんて出来ない。ロンダルト王国が敵に回ったとしても、俺だけは味方でいよう。孤島にきてから、そう決めたのだ。
「うむ」
「「…………」」
無言になった。
穏やかに話せるのは今日で最後になると、お互いに分かっているからだ。
「ラルスのおかげで私はエルラー当主になれた。できれば、私の近くにずっといて欲しかったのだがな」
「それは無理ですね」
「……わかっている」
短くも濃い時間を過ごしてきた。
ゼルマも感傷的になっているように思える。
「ラルス、短い間だったが、楽しかったぞ。ありがとう。当主にしてもらった恩は忘れない」
「でしたら恩を返すと思って、一つだけお願いを聞いてもらえませんか?」
「私に出来ることであれば」
内容を聞かずに承諾するなんて、らしくない。
なんて思えるほどには、付き合いが長くなってしまったな。
「ローザを奴隷の身分から解放してあげてください」
「そんなので良いのか?」
「それ以外の願いは、自分で手に入れますから」
死にそうになりながらもローザは最後まで付き合ってくれた。
過去のいざこざは水に流して、奴隷解放ぐらいはしてやっても良いだろう。
自由になったんだから、今度こそ選ぶ男は間違えるなよ。
「わかった。必ず約束は果たそう。だから――」
「それ以上は言わなくていいです」
この通話はダンジョンの機能によって、ソフィーに筒抜けである。
ゼルマが言いかけた「ダンジョン運営は任せたぞ」という願いは、あえて口に出さなくてもいいだろう。
「ソフィーと仲良く過ごしますから。真の勇者というのが現れるまでは、お互い無関心で行きましょう」
返事は聞かず、通話を強制終了した。
さらにカードを折り曲げて使えないようにする。
これで人間社会とのつながりは完全に消えたが、後悔はない。
「おしゃべりはおわりました?」
突如として後ろからソフィーの声が聞こえた。転移してきたんだろう。良くあることなので驚きはない。
「ああ。終わった。内容は聞いていたか?」
「もちろんです」
ニコニコと笑顔を浮かべているが、目だけは死んでいる。まるで人形と話しているような感覚になり、悲しみが心の底から湧いてくる。
元凶であるフィネやカーリンは消えてしまったので、感情をぶつける先はなく、溜め込まれていく一方だ。
「ソフィーはどうしたい?」
「ゼルマさんは好きなので、敵対はしたくないですねぇ……」
「なら、放置して今まで通りの生活を過ごすか」
「いいですよ」
俺の提案を断らないと知っているので、この反応は予定通りだ。こうやって人類の為に時間を稼いでいる。俺もズルい男になったな。
「でもですね。私と敵対しようという動きは、気に入りません」
これは予想外だ! まさか敵対する意思を見せただけで、怒りがあらわになるとは!
フィネが分かりやすいタイプだったのだが、アンデッドは感情の制御ができない。このままだと、今すぐにでも国を滅ぼしかねないぞ!
「落ち着けって。途中で考えが変わるかもしれないんだから、様子見でいいだろ」
「ダメです。ラルスさんに危害を加えようとした時点で、万死に値します」
魔力が暴走してソフィーの髪がふわりと浮いた。
感情が爆発しかけている。
まさか俺が危険だからというくだらない理由で、怒り出すとは思わなかった。
やっぱり女心はわからん。
立ち上がってソフィーの肩に手を置く。
「落ち着けって」
「落ち着けません」
「これでもか?」
「あっ」
抱き寄せると背中に手を回した。
逃がさないように力を込める。
「俺は、笑っているソフィーが好きなんだよ」
人類の存亡をかけた口説き文句だ。
効果があってくれと、祈りながら抱きしめ続ける。
「ズルいですね。これじゃ私は、何も出来ないじゃないですか」
「何もしなくて良い。俺と一緒に生きよう」
「そして私を独りにするんですか?」
空気がねっとりとした気がした。
強い執着を感じる。
「何言っているんだよ。俺が死んだらアンデッドにして、一緒に過ごすつもりだろ」
「よかった。私のことちゃんと、理解してくれているんですね」
俺の体を押してソフィーは少し離れた。
「死ぬぐらいで別れてしまうほど、私たちの関係は弱くありませんから」
「……そうだな。ずっと一緒だ」
「はい。一緒です」
見とれてしまうような笑顔だったが、目だけは違った。執着心によって濁っている。
魂は取り込んでないはずなのに、フィネが乗り移ってるように見えた。
その目をしている限りソフィーが暴れることはない。
世界は安全だ。
俺たちを殺せる存在が何年後に来るかは分からないが、目の前に現れたら全力を出してあらがってやる。だから、必ず勝って、人類の敵になりそうな俺とソフィーを殺してくれ。
それまでは、孤島でスローライフを楽しませてもらうよ。
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最後までお付き合いいただきありがとうございます。
色々とありましたが、ラルス君はソフィーとのスローライフを手に入れましたね!
ラブラブな生活を続けてくれるでしょう!
※じゃなかったら世界は破滅するかも!
本作はこれにて第一部完結となります。
第二部は蛇足になってしまいそうなので、続きを書くかは検討中です。
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