第742話さすが私のラルスさん!
「話はまとまったようだな。協定を守るのであれば、私は関知しない。後はお前たちの問題だ」
寂しげな顔をしたリカルダは、壁を殴りつけて穴を開けると部屋から出て行ってしまった。ダンジョンマスターらしい豪快な移動方法だな……。
ソフィーは俺の腕をつかみながらニコニコと笑っていて、この場の緊張感は一気になくなった。だからだろうか。映像として浮かんでいる各国のお偉いさんが騒ぎ出す。
「ダンジョンをフル稼働させて、魔石の販売量をもっと増やせないか?」
「ロンダルト王国はダンジョンを使って何をするつもりだ!?」
「危険だから、今のうちにこいつらを排除するべきではないかッ!」
どうやら、フリード王が集中的に攻められているようだ。矛先が俺に向かないのは、カーリンの実演した脅しが効いているからだろう。
下手に触れれば国が滅ぶ。
いくつものダンジョンを手に入れ、拡大してきたフィネやカーリン、そして全てを手にいれたソフィーへの評価だ。俺たちは顔を知られてしまったが、同時に手を付けられないヤバいヤツという印象も与えた。
今すぐ殺しに来るような覚悟を持っている人間はいないだろう。
しばらくは平和が維持されるはず。
「うるさいですね。黙らないと皆殺しです」
「「「………………」」」
息を合わせたように、全員が黙った。
ぷっと、笑いを押し殺すような声が、ローザの口から漏れる。
馬鹿にしたような目でお偉方を見ていて、こいつも大分歪んでいるなと思わずにはいられない。過去を考えれば気持ちは分かるがな。
「あなたたちに興味はありません。私とラルスさんの邪魔をしなければ、大人しくしています。賢明な判断を期待していますよ」
ソフィーは最後に脅すようなことを言って、空中に浮かんでいたいくつもの映像を消した。
「残ったのは三人だけですね」
続いてアルマ、エレノア、ローザを見る。
緊張感が走った。
「分かっているよな?」
間違ってもアンデッド化されたら困るので、ソフィーの肩に手を置いてまで警告した。俺の気持ちが伝わっていれば良いのだが。
「もちろんです。二人の生活が寂しくなったら三人を迎えに行くんですよね」
何も伝わっていない。少しくじけそうだ。
「いや。そうじゃなく……ッ!」
訂正させようとしたら、ものすごい殺気を感じて口が動かなくなった。発生源はソフィーである。下手に触れると爆発しそうだ。
今は生還させることを目標にして、今後のことは別途話し合うことにするべきだな。
「すまん。俺が間違っていた。ソフィーの言うとおりだ」
「ですよね! さすが私のラルスさん!」
きっとソフィーの中では、アンデッド化させることは確定なのだろう。
殺気が霧散すると、転移魔方陣が三人の足下に浮かぶ。
「ヤンに帰してあげますね。また会いましょう」
アルマが話そうとして口を開きかけたが、姿は消えてしまった。
これで残ったのは俺とソフィーのみ。
誰にも邪魔されず生活できる。
あれだけ望んでいたことなのに、まったく嬉しくなかった。
◇ ◇ ◇
ソフィーがアンデッドになってから、一ヶ月が経過した。
俺たちはフィネが管理していた孤島に戻ってる。なんとマリーたちは生き残っていたようで、暮らしに必要な環境は整っていた。
今は、前に使っていた家に住まわせてもらっている。
「ラルスさん、今日も畑仕事しますか?」
ベッドで目覚めると、横にいるソフィーが聞いてきた。
アンデッドとなって睡眠が不要となった彼女は、夜の間は俺の寝顔をずっと見ているらしい。前に「飽きないのか?」と聞いたこともあったが、何故かキスされて黙らされてしまった。
そんなこと聞かないでください。
当たり前じゃないですか。
なんて言われた気分になったな。
「もちろんだ。ソフィーはどうする?」
「そうですねぇ。午前中はダンジョンの状況を確認する時間にします」
俺のお願いを聞いてくれたソフィーは、ヤンやその他のダンジョンを今まで通り運用している。表面上は何も変わっていないのだ。
お偉方は今回の件を下々に伝えるつもりはないみたいで、何も知らない冒険者たちは相変わらずダンジョンで魔物と戦い、魔石を持ち帰り、金を稼いでいる。平常運用が続いているので、ゼルマも安心していることだろう。
「わかった。何をするかは任せるけど、協定だけは破るなよ?」
「もちろんです。ラルスさんとの約束ですから」
ダンジョンマスターの協定は、リカルダからいくつか教わっている。
他のダンジョンに手を出してはいけない、ダンジョンマスターの存在は隠さなければならない、ダンジョンに侵入してきた人間は殺しすぎてはいけない、などだ。
「お昼は一緒に食べたいので、ご飯を持っていきますね」
ベッドから離れたソフィーは台所に向かった。これから肉を焼いて朝食を作ってくれることだろう。
食事が不要な体なのに、俺のために料理をしてくれる。愛情がある行為なのか、それとも生前の習慣が続いているだけなのか……俺は前者だと受け止めている。
寝巻きから作業着に着替えると、椅子に座って料理しているソフィーを眺める。
肌や髪の色は変わったままだ。性格や思考のゆがみ具合はあるていどは把握できた、ような気がしている。
大きな変化は気持ちを抑えなくなったことだろう。俺への愛情だけでなく、甘えたいという態度をするようになった。それだけなら良かったで終わるんだが、気に入らないことが起こったときも、我慢せずに暴れてしまうから困る。
お昼に畑で一緒に御飯を食べていたとき、俺の弁当をつまみ食いしようとした鳥を、魔法で落下させてから踏みつけ、さらには斬り刻もうとしたこともあったな。
今まで聖女らしく振る舞っていた反動が大きいのか、残虐性という部分も見えてきたのである。
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