第741話止めるのは当たり前でしょ
「これほどの力があるとは。やっかいだな」
攻撃を避けながら、リカルダは苦々しい表情をして言った。
ダンジョンマスターとして長い年月を生き、強化してきた彼女が苦戦している。ソフィーを何とかしない限り、人類が生き残る希望はなさそうだ。
「あんた。どうするの?」
観戦している俺に声をかけたのはローザだ。腕を組んで睨んでいる。後ろにはアルマやエレノアがいるのだが、文句は言わずに黙っていた。
ソフィーをアンデッドにするだなんて! 役立たず!
なんて罵声が飛んでくると思っていたので、予想外の反応だ。少しだけ戸惑う。
「この戦いは止める」
「バカ。そうじゃないわよ! 止めるのは当たり前でしょ」
「だったら何なんだよ?」
答えを求めたら、小さくため息を吐かれてしまった。いつものように悪い弟みたいな扱いをされた気分になるが、人生最大の失敗をした今、文句を言える立場ではない。素直に受け入れる。
「リカルダが生きているうちに、ソフィーとどうやって生きていくのか、方針だけでも考えなさい」
一年、二年の話ではないだろう。もっと長期的な視点で考えろと言っているはずだ。
ローザに言われるまでもない。アンデッドとなってソフィーと暮らすか、それとも人類の敵として処理するか、もしくは別の方法にするか。実は答えは決まっている。
「ソフィーと共に生きるよ。人間としてな」
「ふーん」
答えに満足したのか、それとも不満なのか分かりにくい反応だな。
「ラルスさんが行くのであれば、わたくしもついていきますわ」
聖女の立場を失い魔物側に寝返ると、エレノアが宣言をした。失うものなんて何もない俺とは違って、いろんなものを抱えているのに。この件について、話し合う余地はない。
「ダメだ。これは俺とソフィーの問題だ」
「違いますわ。私の問題でもありますの」
ソフィーとエレノアが同時にいなくなれば、教会はさらに力を落とす。絶対に付いてこさせてはいけない。
「それでもダメだ。エレノアは、人間側に残れ」
「ですが! 私だって――」
「ふざけるなぁぁぁあああ」
エレノアが話している途中で、リカルダが叫び、ブレスを吐いた。ソフィーは『魔力障壁』によって守っているが、すぐに突破されてしまい、吹き飛んでしまう。体が凍り付いてい動きにくいのか、立ち上がるのに時間がかかっている。
「力は素晴らしい。素質もある。だがそれだけじゃ、私には勝てないぞ」
歯をむき出しにしながらリカルダがソフィーに近づき、無言で首をつかむと持ち上げる。投げ捨てた。壁に当たり、足が砕ける。凍結効果によって脆くなっていたようだ。
動けなくなったので、ソフィーは魔法を使おうと体内の魔力を高める。
「慌てるな。私の話を聞け」
リカルダは会話できるぐらいには、冷静だったようだ。
何を言うかは気になりつつもソフィーの隣に移動して、いつでも守れるようにする。アンデッドになってしまったが、リカルダに殺させるつもりはない。
「なんでしょう?」
冷め切った手で俺の腕を握り、ソフィーは落ち着いた声で返事をした。
よし落ち着いている。俺が近くにいて安心しているのか、アンデッドの負の側面は出ていないようだ。
「ダンジョンマスター協定を守るなら、この場は見逃してやろう。どうする?」
フィネを殺しにきたリカルダだったが、ダンジョンマスターが変わったので猶予をくれたようである。約束を守れば撤退してくれるのであれば、俺にとってはありがたい話だ。
正直なところ、今すぐにでも泣き出したいぐらい感情がぐちゃぐちゃである。ダンジョンマスターと戦えるコンディションではないから、提案を受け入れて休戦したい。
「どうしましょうか。誰かの言いなりになるって、もう嫌なんですよね」
ピクリとリカルダの指が動いた。
マズイ! これ以上の挑発は我慢の限界を超えるぞ! 介入するならこのタイミングが最後だ。
ソフィーの頬を触って俺を見てもらう。
「それは、俺のお願いでもダメなのか?」
拒否されてしまえばリカルダと戦うしかなくなる。勝てるか分からないが、ソフィーのために俺も参戦しよう。死ぬときは一緒だ。
「何を言っているんですか? ラルスさんのお願いなら何でも聞きますよ」
安心した。言い方は今までのソフィーと全く違うが、アンデッドになっても、俺のことを想う気持ちは変わっていないようだ。それが執着というものに変わってしまっても、今だけはありがたいと思うことにする。
「だったら、ダンジョンマスター協定を守って一緒に生活しないか?」
「良いですよ。その代わりずっと一緒です」
「もちろんだ。ソフィーが管理するダンジョンで、田舎暮らしでもしよう」
形は大きく変わってしまったが、俺たちが求めていた暮らしはできる。
誰にも邪魔されずにな。
「はい! それは素敵ですね!」
「だろ。だから、他の人たちには帰ってもらおう」
「エレノアさんたちもですか?」
「そうだ。しばらくは二人で暮らさないか?」
「暮らしたいです! お願いしますね」
これでエレノアたちは無事に戻れる。ゼルマたちと対策を練る時間は作れるだろう。
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