第740話私が殺しました

「それでは話もまとまりましたし、ラルスさんもアンデッドになりましょうか」


一緒に酒を飲もうぜ、と誘うような軽いノリで、とんでもない話題を切り出した。自分のために、他人を変えることに躊躇がない。


すぐに拒否しようとは思ったのだが、変化に追いつけず、思考と感情がぐちゃぐちゃで、口は動かなかった。


「あ~。でも、もう少し年を取った方がいいかな? イケオジってのもありですよね」


転移魔法を使って目の前に出現したソフィーが手を伸ばし、俺の頬を触る。人としての温かみは感じない。ひんやりとした冷たさが、悲しかった。


「でも、今のラルスさんも好きなんですよね。どうしましょ。迷っちゃいます」


随分と楽しそうにしているソフィーだったが、急に表情が険しくなった。眉を釣り上げ、鼻にしわを寄せ、機嫌悪そうにしている。


何が起こったのかは、すぐにわかった。


「カーリンはどこだ?」


ソフィーに頬を触られていることもあって頭は動かせないが、声だけでリカルダの声だと分かった。足音や息づかいからして複数人いるのは分かる。恐らく、ローザやアルマ、エレノアも一緒なんだろう。


遅い! と文句を言う気力すら沸かない。何もかもが手遅れなのだ。


「私が殺しました」


奪われないようにするためなのか、ソフィーは俺を抱きしめた。


「ソフィー?」


今度はアルマの声が聞こえた。

戸惑いを感じる。二人は親密な関係だったから、変化に驚いているのだろう。


「はい。ソフィーですよ。アルマ姉さん」

「アンデッドになったのか」

「見ての通りです。私のことが憎いですか?」


アンデッドが嫌いなアルマに酷な質問をする。

予想通り即答は出来ないようで、返事はなかった。

もしかしたら到着が遅れたと、後悔しているのかもな。


「それとも、神敵として私を殺します?」

「わたくしは命の恩人を殺す恩知らずではありませんわ」


今度はエレノアが答えたようだ。聖女がアンデッドを殺さないと宣言して、映像に映ってい各国のお偉いさんは、失望したような顔をしている。対アンデッドとして、人類最高峰の切り札が戦わないと宣言したのだから、当然の結果だろう。


「ではエレノアさんもアンデッドになります? 三人で暮らしましょうか!」

「双子はどうしますの?」

「あぁ、私ったら忘れてしまってました。二人も仲間に入れてあげましょう。アルマ姉さんやローザさんもどうです?」


どうやらソフィーにとって彼女たちも、ずっと一緒にいたい人たちらしい。逆に言えば、それ以外はどうでもいい存在となる。


気に入らないことがあれば遠慮することなく虐殺していくだろう。


「ソフィー。しばらくは、俺と二人で過ごさないか?」


アンデッドにすると決めたら、即座に魔法を使ってしまうだろう。俺はそんな未来は避けたかったので、苦肉の策として提案した。


「いいですね! では、ラルスさんだけアンデッドにしましょうか?」

「それも後にしよう。俺が人間でいるときにしか、楽しめないこともあるんだ。慌てる必要はない。そうだろ?」

「はい!」


腕を絡めて抱きついてきた。

機嫌は良さそうでなんとか、この場は乗り切れそうである。


「ダンジョンマスターは、そこの女になったのか?」


くそッ。やはりリカルダは空気を読んでくれなかったか。

しかも機嫌が少し悪そうで、尻尾を床にたたきつけているし。


「いたッ」


掴まれた腕に痛みを感じた。握力によってガンドレッドが破壊され、ツメが皮膚を突き抜けている。血が流れていた。


「そうですが。何か問題でも?」


俺のケガなんて気がついてないみたいだ。もう、リカルダしか目に入っていないようで、視野が狭くなっている。


本当に俺のことを愛しているのか? もしかしたらフィネと同じように、執着しているだけなのか?


嫌な妄想が広がり……考えることを止めた。


ソフィーは俺の言葉だけ、素直に聞いてくれる。それだけで良いじゃないか。


「どうするつもりだ?」

「そうですねぇ。あのカーリンやフィネみたいに、暴れるのも面白そうですよね」

「私を敵に回すと宣言した。そう受け取るぞ」


冷気を発したリカルダが、拳を前に出して構えた。

すぐにでも飛び出して攻撃しそうである。


「ちょっと待っててくださいね」


スキップしながら俺から離れたソフィーはリカルダの前に立つ。人間だった頃は接近戦は苦手だったはず。不利な戦いになるはずなんだが、気にしていないようだ。


「では、行きます」


思いっきり腕を引いて前に出す。技術なんてなく、リカルダなら避けることも、受け流すことも楽に出来るだろうが、力の差を見せつけるために正面からぶつかることにしたようだ。


二人の拳が衝突した。

ぐしゃりと不快な音とともにリカルダの手が壊れる。


自慢の鱗は飛び散り、五本の指はバラバラな方向に折れ曲がり、肘からは骨が出ている。一方のソフィーの手は綺麗なまま。威力と防御力はソフィーの方が上回っているようだ。


「まだまだ! これからですよ!」


ソフィーは楽しそうだな。連続で殴り続けている。リカルダは後ろに下がりながら回避を続けるが、アンデッドとなって無尽蔵の体力をもつ敵には、時間稼ぎ以上の意味はない。


どこかで反撃しなければ負けてしまう未来だってあり得る。人間に協力的なダンジョンマスターを失うわけにはいかないので、何かあったら俺が仲裁するしかないだろうな。

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