第727話ローザ?

カーリンとの戦は、俺たちの勝利で終わった。


エレノアとソフィーは吹き飛ばされたアルマを助けに行ったので、時間のできた俺とローザは倒れているエヴァの前に立つ。


自己回復できずに体の末端から灰になって消えて行っている。

あと数分でこの世からいなくなるだろう。


「最後に残す言葉はあるかしら?」


ローザの言葉に反応はなかった。体は小刻みに震え、天井を見つめる目の焦点はあっていない。もしかしたら生きているだけで、すでに意識はないのかもな。


「ねぇ。これが最後のチャンスよ?」


しゃがもうとしたので、ローザの肩に手を置いて止める。


「近寄るな。攻撃されるかもしれないぞ」

「……分かっているわよ」


見た目はエヴァだが中身が変質しているので、かつての仲間としては扱えない。俺たちがどれほど彼女のことを想っても、何も覚えていないのだから。悲しいがこれが世界の――。


「ローザ?」


驚くべきことにエヴァが名前を呼んだ。俺の手を振り払うとローザが膝をつき、エヴァの上半身を抱きしめる。


「そうよ。よく覚えていたわね」

「当たり前じゃない。仲間なんだから」


儚く微笑んだエヴァは目を閉じた。


「私はもう死ぬんですね」

「聖魔法で回復はできないの?」

「うん。この体じゃ、無理」


ヴァンパイアにとって、『ヒール』といった回復系の魔法は毒と同じ。自己回復が阻害されている今、助かる手段はない。たとえ血を吸ったとしても効果はないだろう。


「私はね、ずっとローザに嫌われていると思ってました」


死ぬまでのわずかな時間を惜しんでいるのか、エヴァはローザの返事なんて待たずに口を開く。


「だって私は、何かにすがっていないと生きていけない子供だったから。だからかな。リヒトの前でも凜々しい姿を見せるローザは、かっこよかったよ」

「エヴァ……」


もう腹あたりまで灰になってしまった。もうすぐ消える。


「ずっと頭に霞がかかったような、自分が自分じゃないような……でもね。魔物になっても私は……」


もう頭だけ声も出せないのか口だけが動く。


「――――」


最後の言葉は『ずっと、そこにいた』だったと思う。表面上は魔物に支配されているように見えても、人間だった頃の精神、自我は残っていたと。そんなことを伝えたかったのかもしれない。


エヴァは灰になって消えてしまったので、答えは永遠に分からない。


すっとローザが立ち上がると俺を見る。


「ラルスは無視されっぱなしだったわね。エヴァにとっては、仲間じゃなかったってことよ」


強がりやがって。

肩を軽く叩いてその場を去ると、背後から息を殺しながら泣いている声が聞こえた。




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