第722話救いがないな

部屋の温度が一気に下がった。俺たちの吐く息まで白くなり、じっとしていたら凍え死にしそうだ。


「カーリン、お前を協定違反の罪で殺す」

「貴方にできるかしら?」

「愚問だな」


カーリンが腕を組んで胸を強調させながら挑発し、リカルダが殴りかかろうとする。


「フィネ!」


名を呼んだだけで、錯乱状態になっていたフィネから感情が抜ける。首を動かしてリカルダを見ると、両方の先端が矛になっている槍を召喚、走り出した。


原理は分からないがカーリンに操られているようで、俺の存在なんて頭から抜けてしまったようだ。槍を振り回し、リカルダと激しい戦闘を繰り広げている。


魂を吸収して強化された相手と互角に戦えているのだから、ダンジョンマスターの力を受け継いだフィネの強さは、俺が倒したときとは比べものにならないだろう。


恐ろしい速度で成長している。

島で戦ったときと同じ条件では、絶対に勝てない。それほどの差を感じていた。


「執着していた存在すら忘れて、私の人形になったの。素敵だと思わない?」


同族……といって良いのか分からんが、魔物に対してもこの仕打ちか。もと上司に対する扱いが酷いな。絶対に仲間にしたくない存在である。


「救いがないな」


本音が漏れてしまった。


フィネも最初は普通のアンデッドであった可能性が高く、俺への執着は死んでも忘れないほどの強い想いがこもっていたはずだ。


それなのに、大切な想いを消され、道具にされてしまったのだ。

まさに悪魔と言える所業である。


だからこそ、俺ぐらいは憐れんでも良いだろうなんて、ガラにもなく思ってしまった。


「私を殺せば元に戻るかもしれないわよ」


期待を持たせるような言い方をしているから分かる。悪魔の誘惑だ。絶対に元に戻らないはずだ。


答える代わりに体内の魔力を活性化させて、魔眼に対抗しつつ身体能力を強化する。


肩に誰かの手が乗った。


「落ち着け。あれは、俺が相手する」


横を見るとリカルダの側近であるワインドが立っていた。次は本体と戦いたいという意思を感じる。


数歩進んで俺の前に立った。


「我が主の名により、お命頂戴する」

「あなたは呼んでないんだけど?」

「確かに招待はされていないが、帰るつもりはない」


予定が狂ったと言わんばかりに、カーリンが小さくため息をはいた。


「仕方がないわね。また遊んであげる。ラルスちゃんはアレで、暇つぶししてね」


カーリンが見た先には、血の涙を流し続けるエヴァがいた。種族進化をして彼女にも黒い羽が生えている。両手には刀身が湾曲したサーベルがあり、接近戦を挑んで来るであろうことが予想できた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る