第687話遅かったな。待ちくたびれたぞ

無事に依頼を終えてヤンに戻ると日常が戻った……と言いたかったんだが、そんな未来は訪れなかった。


マルガレーテの報告で、フィネとシェムハザが融合したダンジョンマスターの存在を知ったゼルマが、俺を呼びつけたのだ。


今までだったら彼女がヤンに乗り込んで来ただろうが、当主になってしまったので身動きが取れないらしい。偉くなるというのも大変なんだな。


ヤンに戻ってすぐにソフィーと一緒に出発し、今はゼルマの屋敷に来ていた。


当主からの手紙を見せて敷地内に入ると、執事に案内されるがままゼルマ専用の執務室の前に立つ。ドアを開けてもらうと、ワインを飲みながらチーズをつまんでいる新ご当主様の姿が見えた。


後ろにはメイドと思われる女性が一人立っていて、俺の見定めるような目で見ている。不合格にして俺を追い出しても良いんだからな。遠慮はするなよ。


「遅かったな。待ちくたびれたぞ」

「乗合馬車で移動したので時間がかかりました」


お前が移動用の馬車を用意しなかったから時間がかかったんだぞ、と嫌みを言った。公の場ではないし、俺とゼルマの関係であれば許される範囲だと思ったのだが、メイドは気にいらなかったようだな。


表情に変化はないが、少しだけ怒気が漏れていたように感じた。


どうやら、身内には慕われているようである。


早く、コイツ追い出しましょうなんて言ってくれないかな……。


「気がつかなくて悪かった。次回から手紙と一緒に移動用の馬車も送ろう」

「次回は別の方に依頼してもらっても良いんですよ?」

「ラルスとソフィー以外に頼るつもりはない。必ず依頼してやる」


俺がヤンに関連する依頼は断れないと知っていて、言っているのだから趣味が悪い。


ちょっとしたじゃれ合いが終わったので、ソフィーと一緒に部屋の中に入る。


「そこに座ってくれ」


縦に並んだソファーが二つあったので、左側を選んで腰を下ろす。ソフィーも続く。


ゼルマはグラスに残っていたワインを一口で飲むと、後ろに控えているメイドに渡した。


「今回の件は、よくぞ解決してくれた。二人の力が無ければ何も分からずに終わっていただろう」


ダンジョンマスターが相手なら、騎士を派遣しても返り討ちにあっていだろうからな。ミスリルの冒険者だって無理だろう。聖剣と聖女、この組み合わせを使ってなんとか撃退できただけなので、ゼルマが言っていることは間違いない。


「そんな優秀な冒険者に追加の依頼がある」

「ダンジョンマスターの抹殺ですか?」


フィネを殺してダンジョンの全てを手に入れれば、不安要素はなくなるので安心してダンジョン運営ができる。そんなことを考えているんだろうと思っていたのだが、どうやら少し違うようだ。ゼルマは首を横に振って否定した。


「フィネと話したい。何を企んでいるのか聞きだしたいのだ。可能か?」


便宜上フィネと言っているが、シェムハザが入り交じった存在だ。


そんな不安定な魔物と話し合いなんてできるはずないだろ!

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