第685話ラルス、頑張れ

翌朝になっても部屋の状況は変わっていなかった。


壁一面に描かれた文字は消えていない。幻だったらどんなに良かったことか。


隣にいたはずのソフィーの姿は見えないが、早起きだから外にでも出ているのだろう。探そうと思って立ち上がる。


「うぅ…………ここは?」


床で寝かせていたマルガレーテが目を覚ましたようだ。


ソフィーの居場所は気になるが、フィネを撃退したので危険はないだろう。それより、昨日から意識を失っていたマルガレーテに状況を説明する方が先だな。


「ダンジョンマスターのフィネを撃退した後、解放した村に入って一晩を明かした」


俺の説明を聞きながら、部屋を観察していたマルガレーテが口を開く。


「状況は理解したが……部屋中にラルスの名前が書かれているようだ。これは何なんだ?」


そんなの俺が知りたいッ!


体を失って精神を取り込まれてなお、フィネは俺に執着している理由がな!

しかもシェムハザは愛しい旦那様の恋敵として俺を狙っているし。

どうやら、これからも狙われ続ける日々が続くのは間違いない。


幸いなことに、フィネはヤンのダンジョンマスターだ。やることが多いらしく、向こうからやってくることはない。その点だけが救いだった。


「魔物の行動原理なんて常人じゃ理解できない」

「そうだな」

「よって、この場の説明なんて不可能だ」

「…………ラルスは大変なんだな」


なぜかマルガレーテに笑われてしまった。


人の不幸を楽しみやがって。


「冒険者に逃げられたギルド長よりマシだけどな」


言い返してやると、マルガレーテは驚いた顔をしてから大声で笑った。


「あはは! 確かに! 冒険者がいないギルド長なんて、お飾りですらないからな!」


何かのツボにハマったらしく笑い続けている。

対応に困っているとソフィーが帰ってきた。


「目が覚めたんですね」

「ああ、ソフィーも生き残っていたのか」


目に浮かんだ涙を拭いながら、マルガレーテが立ち上がった。


「もちろんです。ラルスさんを置いて死にませんから」


なぜか分からんが、ソフィーは冷たく言い放った。

笑い続けていたマルガレーテも真剣な顔になる。それほどの圧があったのだ。


「そりゃぁ……なんというか……ラルス、頑張れ」


なぜ俺を哀れんだような目で見るんだよ。

文句を言おうとしたが、ソフィーの方が先に話しかけてきた。


「村を一通り調査してみましたが、何もありませんでした。魔物もいませんが、人間も姿を消しています。どうします?」


フィネが絡んでいるなら生き残りなんているわけがない。まぁ、妥当な結果だろう。

現場にまで依頼人が同行しているのだ。俺なら撤退するなと思いながら、マルガレーテの判断を待つことにした。

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