第665話おいおい、イチャつくならよそでやってくれよ

翌日の朝。一階で固いパンを食べていると、手をつないだソフィーとヘルミーネがやってきた。


「おはよう」


俺が挨拶すると二人がこちらを見る。


「おはようございます」

「おはようー!」


元気いっぱいに挨拶したのがヘルミーネだ。少しだけ、俺に対してもフレンドリーになった気がする。ヤンから離れていた間に、彼女の中で何か変化があったのかもしれない。もしくは――。


「ラルスさん! ソフィーさんから話を聞きましたよ!」


やはり、ソフィーに何かを吹き込まれたか。

ヘルミーネは笑顔で近づいてきた。俺にとっては歓迎できない話題な気がする。


少し警戒しながら、ジョッキに入った薄い果実酒を口に含んだ。


「同じ布団で寝たことがあるんですね! いつ結婚するんですか!?」

「……!!」


口に入っていた果実酒を吹き出しそうになってしまった。

思わずソフィーを睨みつけてしまう。


「なんで話したんだ?」

「安心して下さい。一緒に生活していたことだけを言っただけです」


フィネが管理していた島で生活していた、とまでは言っていないようだが、俺が言いたいのはそういうことじゃない。


短い間でも元聖女でもあるソフィーと同じベッドで寝て同棲してたなんて知られたら、教会の敬虔な信者どもが怒り狂うじゃないか。アルマなんて無言でメイスを振り下ろしてくるぞ。


「いや、そうじゃなくてな……」


俺たちの仲は隠せと言うつもりだったのだが、にっこりと笑っているソフィーから謎の圧を感じて、途中で止めてしまった。


「もう教会の脅威はありません。貴族の介入も抑えられています。隠す必要はないですよね?」


ソフィーはゆっくりと歩きながら俺の前に立つと、端麗な顔が目の前に来る。


目が鋭く、そして暗いように感じる。


なんだ、何が起こった!?


今まで見たことのない姿を見て戸惑ってしまい、返事ができない。


「ですよね?」


顔がさらに近づいた。

先ほど感じた圧が強くなった。


「え、でもさ、エレノア様とか、あるじゃないか?」


心の中で何があるんだ! と突っ込んでしまった。

それほど今の俺は混乱している。


「エレノア様も喜んで下さると思いますよ」


これ以上の言葉は出なかった。

なんでエレノアが喜ぶんだ?

もうわけがわからないし、考えたくない。何もできずに立っているだけでいると、聞き慣れた声が部屋中に響き渡る。


「おいおい、イチャつくならよそでやってくれよ」


仕込みを終えたオヤジがカウンターに戻ってきたようだ。


ソフィーの顔が離れていく。


まさかオヤジに助けられる日が来るとは思わなかった。


先ほどの出来事は俺が幻覚を見ていただけだったようで、ソフィーはヘルミーネと楽しそうに話している。


「た、助かった」

「なんだ、ラルスはソフィーちゃんに刺されそうだったのか?」

「何もしてないのに刺されるわけないだろ!」


やっぱりオヤジはオヤジだった。女心がわかってない。


浮気をしたら刺されても仕方がないが、他の女性に手を出してないのに刺されるはずがないだろ。


「お前……本当に何もわかってないんだな」


おいおい! そんな哀れんだ目で見るなよ!


「言いたいことがあればハッキリ言えよ」

「手を出さないからこそ、襲われる可能性もあるってことだよ。後は自分で考えろ」


オヤジは俺の肩を叩いて外に出てしまった。


ソフィーは俺のことをチラッと見るだけで、話の続きはしないようである。


自由気ままに暮らせるようになったはずなんだが、なんだか息苦しい感じがするのは気のせいではないだろう。

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