第五十話 バレンタインデーは乙女の戦場でした

 今日はバレンタインデー前日。ヒメ神様曰く、なんでも日本には昔からバレンタインデーに恋する乙女が意中の男性にチョコを贈り、愛を告白するという不思議な習慣があるのだそうだ。ちなみに本命チョコ以外にも義理チョコ、友チョコなどがあり、モテない男性が「リア充爆発しろ!」と歯ぎしりする日でもあるらしい。


 昨年のバレンタインは地元の商業施設の屋上でダイヤモンド富士を見るイベントに陸くんと陽菜が参加。あたいもキャリーバッグに入れてもらい、恋人握りをした二人と一緒に富士山の真上に沈む夕日を眺めたけれど、山頂にピタッと接触した夕日は赤く輝くダイヤのようでとてもロマンチックだった。そして陽菜はその絶好のタイミングで陸くんに初めての手作りチョコを渡していたね。


 今日あたいと結衣ちゃんはあたいの散歩を口実に陽菜の家の台所にお邪魔している。今年は陽菜が陸くんの好きな半生ガトーショコラを作ると聞きつけたため、結衣ちゃんも友達に配れるよう、将来の義姉(?)に作り方を教わっているのだ。


 ちなみに半生ガトーショコラの材料には、チョコレート・生クリーム・無塩バター・卵黄・グラニュー糖・薄力粉・ココアパウダー・卵白を使用する。


 陽菜がお菓子教室で学んだ作り方はざっとこの通り。


 ①卵黄とグラニュー糖を泡立てる

 「結衣ちゃん、卵黄とグラニュー糖を白っぽくなるまで泡立ててね」

 「はい、お姉ちゃん♡」

 ②チョコと無塩バターを湯煎する

 「結衣ちゃん、次はチョコとバターを湯煎してね」

 「はい、お姉ちゃん♡」

 ③卵白とグラニュー糖を泡立てる(メレンゲ)

 「結衣ちゃん、卵白とグラニュー糖を混ぜるのは緩めでね」

 「うーん、手首が痛くなってきたかも……」

 ④チョコ・バター・生クリームを乳化させる

 「チョコとバターと生クリームの温度を近づけるのでレンジで温めてね」

 「はい、お姉ちゃん♡」

 ⑤卵黄とチョコ生地を合わせる

 「結衣ちゃん、卵黄はもう一度泡立て直してから合わせてね」

 「はい、お姉ちゃん♡」

 ⑥メレンゲを合わせる

 「メレンゲとチョコを合わせる際は混ぜ過ぎに注意してね」

 「はい、お姉ちゃん♡」

 ⑦生地を焼き上げる

 「結衣ちゃん、お疲れ様。それじゃあ型に流し込むわよ」

 「はい、お姉ちゃん♡ いよいよだね(ワクワク)」

 ⑧完全に冷ましたら、しっとりガトーショコラの完成!


「「出来たぁ! 完成‼」」

 陽菜と結衣ちゃんが作ったしっとりガトーショコラが完成したみたい。チョコが食べられないあたいから見ても美味しそうなケーキだった。


「アォン!(結衣ちゃん、お疲れ様)」

 あたいは右前足の癒しの肉球(怪我治癒スキル小)で結衣ちゃんの右腕をプニプニ撫でる。


「うんっ⁈ ももが撫でたら酷使した右腕の痛みが軽くなったかも……」

「ホント⁉ じゃあももの肉球は癒しの手なのかな?」

「うーーん、たぶん気のせいじゃないかな。でも、ありがとね、もも!」

 

 違いますよ! あたいは何もしていませんよ!

 いつものようにあたいは首を振って思いっきり否定したけど、結衣ちゃんと陽菜があたいを見る目が鋭かった気がする。


◇◇◇


 そしていよいよバレンタインデー当日。


 夕食を囲む新田家のダイニングテーブルにはなぜか陽菜の姿が。うん、もうすっかり家族の一員としてなじんでいるね。

 陸くんも今日はなぜかソワソワしながら、陽菜の方をチラ見している。昔から陸くんが何かを期待して待っている時によく見せる表情だ。


 夕食後、陽菜がいそいそと冷蔵庫から半生ガトーショコラを出してくる。


「陸、お待たせ。今年はあたしの手作りチョコケーキだよ♡」

 あたいも”マテ”が長いとよだれがダラダラ出ちゃうけど、陸くんも同じだね。本命チョコを貰って本当に嬉しそうだ。


「ありがとう、陽菜。じゃあ頂きまーす」

 他の女子からの義理チョコを全て断ったため、陸くんは今日初めてのチョコだったらしい。もちろん陽菜も義理チョコを配らなかったので、陽菜のチョコが貰えなかったクラスの男子たちの不満が陸くんに集中して大変だったらしい。


「うんっ、美味しい! しっとりした中に濃厚なチョコの味わいがあるな」

「うんうん、もっと褒めて褒めて!」

 美味しそうにガトーショコラをほおばる陸くんを幸せそうな表情で見つめる陽菜。


「「はいはい、ご馳走様でーす」」

 結衣ちゃんとお母さんが笑いながら二人をひやかす。


 こうして新田家のバレンタインデーは例年よりも盛り上がりを見せ、幼馴染二人の愛の絆も深まったようだ。うん、めでたしめでたし。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る