第四十話 緑の丘ふるさと祭りで花火を鑑賞しました

 夏もそろそろ終わりのこの時期、あたいにとって最も苦手なものがやってくる。そう、それは花火の打ち上げだ。あたいが新田家に迎えられた一昨年前も昨年も毎年開催されているが、緑の丘ふるさと祭りの一環で、昼は音学祭やよさこい演舞、盆踊りに灯ろう流しなどが行われ、夜にはメインイベントである八千発の花火が打ち上げられるのだ。田舎なのでそんなに打ち上げ数は多くないものの、過去には大物女性歌手がお忍びで来たこともあるらしい。


 花火の打ち上げ場所が新田家が住んでいるマンションのベランダ側になるため、毎年この日は大和田家を呼んで納涼気分で花火見学している。現地にも有料の桟敷さじき席や多くの屋台が出ているが、人混みが凄いし、何より女性陣はトイレの心配があるので、少し会場から離れていても自宅からのんびり花火鑑賞するのが一番いいんだって。


 というわけで、昼間である今は夜に向けた料理の仕込みが行われている。陸くんのお母さんと陽菜ママがキッチンで調理しており、それを陽菜と結衣ちゃんがサポートしている。陽菜は二人の母(?)から料理の基礎を学んでいるところ。特に陸くんのおふくろの味の習得に余念がない。旦那の胃袋をつかむのは将来の嫁として大事なことだからね。今日は花火を見ながら簡単につまめるものということで、枝豆、鶏の唐揚げ、焼き鳥、焼きそば、巻き寿司などだが、枝豆と鶏のお肉(両方過度の塩分NG)が大好物のあたいにとってはどれも美味しそうだよ。


 一方、陸くんはベランダの片づけと夜のための準備を行っている。新田家のベランダはテーブルと椅子七脚を用意しても問題ない広さだ。


 パーン、パーン、パーン。打ち上げテストのための花火の音が響いてくる。いよいよ今年もか……。あたいのお耳は大きくて耳が立っているせいか、花火の音がより大きく聞こえてしまう。あのドカーンという破裂音を聞くとビクッとしてしまうのだ。新田家が自宅から花火鑑賞しているのも、あたいが現地でビックリして迷子になったり(結構よく聞く話)、一人で留守番してさみしい思いをしないで済むように配慮してくれているのも一つの理由だ。そんな訳であたいも我慢して毎年花火の打ち上げを観ている。でも今年は少し状況が違うけどね。


◆◆◆


 そしていよいよ花火の打ち上げ開始時刻。あたい(?)はベランダのテーブルの下で大人しく伏せしている。ふふふ、これぞ分身の術! 先日スキルで取得したを使い、あたいの分身(ダミー)をベランダに待機させる。そして本体のあたいは透明化してそのままクーラーの効いた室内でのんびり寝ていよう。やれやれ、これでようやく花火の破裂音から解放されるよ。


「わあー、きれい! 陸、今年の花火はなんかスゴイね!」

「そうだな、陽菜。いつもの花火と違って今日はとっても楽しいよ!」

 うん、陽菜と陸の二人は相変わらず仲良しだね。分身を通して会話の内容が伝わってくる。もちろん花火の破裂音は中継をカットしているので、安心だ。花火自体は例年とそれほど変わっていないようなので、変わったと感じるのであればそれは二人の関係が恋人へと進んだおかげなのかな。


 ところが花火の打ち上げが始まってすぐ……あたいは自分の計画に穴があったことを悟る。


「はい、もも。お裾分けだよ」

「ワフゥ(いただきます!)」

 陸くんがくれた枝豆(塩分控えめ)をあたいの分身が美味しそうにむしゃむしゃ食べている。


「ももちゃん、こっちの鶏のお肉もどう?」

「ワフゥワフゥ(もちろんいただきます‼)」

 あたいの分身が巻き尾をフリフリさせながら陽菜から鶏のお肉(塩分控えめ)をもらっている。あたいの好物もコピーされているので、必死にお手・おかわりしているね。


「し、しまったぁ! そういえば毎年みんなからお裾分けをもらっていたっけ……」ベランダに出るための二重のガラス扉がきっちり閉じられているため、今からすぐに分身を回収して入れ替わることも出来ない。あたいは歯がゆい思いをしながら、嬉しそうに鶏のお肉をほおばっている自分の分身をにらむしかなかった。


 策士策に溺れる……あたいの今日の教訓だった。

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