第三十七話 七夕に願い事をしました その二

 結局あたいの散歩のついでに外国人の少女アイリーンへ地元の観光スポットを案内することになった。正直あたいは気が進まないが、陸くんが引き受けた以上、やむを得ないか。


 高野美咲は黙ってみんなの後を付いてくる。何かを警戒しているようだが、何だろう? お空を見ると何かが飛んでいるようだ。鳥?……じゃないよね。


◆◆◆


 いつもの散歩コースを歩き、ヒメ神社に到着。陽菜がアイリーンにこの神社の由来を説明している。


 今日はヒメ神様はいらっしゃらないのかな? 神社の社務所の前には大きな七夕飾りが設置してあった。


「アイリーン、今日は七夕の日だから願い事を短冊たんざくに書いてこの笹に結びつけると願いが叶うと言われているのよ」

「はい、私の国でも七夕は特別な日なんです」

 アイリーンもうなずく。


「じゃあみんなで短冊に願い事を書こうか」

 陸くんがみんなに短冊とペンを手渡す。


 陸くんは「陽菜と幸せになれますように」と書いていた。ちなみに陽菜と高野美咲の短冊もチラッと見えたが、「胸が大きくなりますように……」って書いてあったことは絶対秘密だ。


 そうしてみんなが短冊を七夕飾りに結びつけたところで、なぜかあたいの意識は突然途切れた……。

 

◆◆◆


「ももちゃん、起きて」

 誰かがあたいの名前を呼んでいる。目を開けると目の前に高野美咲が立っていた。


「もぉ、こんなところで寝ちゃダメでしょ! そろそろ帰るわよ」


 あれれ? たしかみんなで短冊を結びつけていたはず……あたいは首を傾げる。


 陸くんと陽菜、それにアイリーンも少しボーッとした表情だったが、あたいたちはヒメ神社を後にし、いつもの散歩へと戻った。


「今日は本当にありがとう! おかげでアイリーンも日本の文化に触れられたわ」

「いえいえ、こちらこそ。それじゃあアイリーン、日本観光を楽しんでいってね」

「えぇ、今日は緑の丘を案内してもらってありがとう。陽菜も恋人と仲良くね♡」

 アイリーンと高野美咲は二人に手を振って駅前のホテルへと戻っていった。


 うん、今回は特に何の問題も無かったみたい。あたいもホッとしたよ。


◆◆◆


 その晩、寝床であたいがうとうとしてると、いつものピコーン音が。


「おめでとうございます! あなたの善行レベルが一つ上がりました。さらにスキルに”瞬間加速”と”分身能力”が追加されました」


 えっ、善行レベルが上がったの? それにスキルも一気に二つ⁇ あたい、今日は特段何もしていないんだけど……。


 あたいはもやもやした気分のまま、眠りにつくしかなかった。


****************

【side高野美咲 身辺警護 後編】


 柴犬ももの散歩コースを歩き、ヒメ神社に到着。大和田陽菜がアイリーンにこの神社の由来を説明している。


 神社の社務所の前には大きな七夕飾りが設置してあった。


「アイリーン、今日は七夕の日だから願い事を短冊たんざくに書いてこの笹に結びつけると願いが叶うと言われているのよ」

「はい、私の国でも七夕は特別な日なんです」

 アイリーンもうなずく。


「じゃあみんなで短冊に願い事を書こうか」

 新田陸が私たちに短冊とペンを手渡す。


 私が短冊に「胸が大きくなりますように……」って書いたことは絶対秘匿情報だ。


◆◆◆


 そうしてみんなで短冊を七夕飾りに結びつけたところで、場面は急展開。怪しい黒服の男たちが舞台に登場した。全部で五人、分隊規模か……。見たところ全員外国人のようだ。やれやれ、ようやく悪役のお出ましね。


『探したぞ、アイリーン。さぁ、我々と一緒に来るんだ!』

「な、なんですか、あなたたち……」


 新田陸と大和田陽菜、それにアイリーンは相手の正体が分からず、何が何だか分からないという表情をしている。


『そんなことはどうでもいい。さぁ!』

 男の一人が無理やり彼女を連行しようとしたその時、三人がバタバタとその場で倒れこむ。うん、この先は見ない方がいいからね。


 男たちは突然彼女たちが倒れこんだことに驚いているようだ。


 ふふふっ、うまくいったわ。私は男たちの方を振り向いて啖呵たんかを切る。

「あなたたち、わが国で公然と活動して無事に帰れるとは思わないでよ!」

 

『くそっ、罠だったか! おい、あいつを何とかしろ!』

 隊長らしき男の指示で別の男たちがそれぞれ武器を取り出す。軍用の銃とナイフか……。当然一般人が所持しないものばかりだ。


 うち数人が私に向けて発砲。だが銃弾は当たらない。


「ふふふっ、無理無理。それは私の実体じゃないもの……」


『くそっ、あいつは魔女だぞ!』

 連中は何度も私に向けて発砲するが、やはり銃弾は当たらない。


「今更遅いわ。もちろん上空を飛んでいたドローンも私の魔法で撃墜したけどね」

 私は風の魔法を操り、倒れている三人を防御するための障壁を作り上げる。


「さっそくだけど、ももちゃん、あなたには私と仮契約してもらうわよ」

 そう言って私は柴犬ももの大きなお耳に魔法の言葉をささやきかける。使い魔の仮契約はその場のみだけど、ももの隠れた能力を測るには申し分ない舞台だ。


「さぁ、もも。あなたの真の力を今こそ見せなさい。そしてあの男たちをやっつけるのよ!」

「ワォーン」

 私が命令した次の瞬間、ももの姿が突然消え去る。これは以前ユリノキつつじ祭りの会場で見たのと同じね。


『アイタタタタタ……』

 突然男の一人が悲鳴を上げる。目には見えないが、どうやらももが男の足に思いっきり噛みついたようだ。


『姿は見えないが、何かいるぞ!』

 他の男たちが見えない敵に対して警戒し始めるが、ももは気にすることなく、次のターゲットに牙をむく。


『ギャアアアア……』

 また一人、別の男が悲鳴を上げた。今度は銃を持つ右手に噛みついたようだ。


「もも、その調子よ。そのまま敵をかく乱しなさい!」

 ゴォーッ。私も敵を鎮圧するための攻撃用魔法を発動。私の周囲半径十メートル以内にいる敵をかまいたちで切り裂いていく。


 数分後、現場にいた男たちは全員無力化された。そしてももが透明化を解く。これで一件落着ね。




「高野特尉、お疲れ様でした。あとは我々が対処します」

 警護チームのメンバーが後片付け(男たちの拘束)を開始する。人払いと音遮断の魔法を使用したので、一般人には気づかれていないだろう。後は彼らに任せればいいか。


「ももちゃん、ご苦労様!」

 私は足元に座って舌を出しながら、ハァハァ言っているももをなでなでする。


「あなたが人語を理解できること、それに記憶を操作できることは前から知ってるわ。あなたは私の記憶を消したと安心していたと思うんだけど……」


 その上で(今は仮契約中の使い魔である)柴犬ももに対し、私の想いを告げた。

 

「私ね、この国を守る対外諜報機関に属する魔女見習いなの。そしてあなたを私の使い魔にスカウトしたいと思っている。でも今日のところはこのぐらいにしておきましょうか」


 ももとの仮契約を解除した私は先に眠らせた三人とももの記憶を操作し、七夕飾りに短冊を結びつけた後の全ての記憶を消去したのだった。


◆◆◆


「ももちゃん、起きて。もぉ、こんなところで寝ちゃダメでしょ! そろそろ帰るわよ」


 私の呼びかけにももが首を傾げる。まぁ記憶を消去したから当然の反応ね。新田陸と大和田陽菜、それにアイリーンも少しボーッとした表情だが、私の声がけに従い、ヒメ神社を後にした。


「今日は本当にありがとう! おかげでアイリーンも日本の文化に触れられたわ」

 私は新田陸と大和田陽菜の二人にお礼を言う。


「いえいえ、こちらこそ。それじゃあアイリーン、日本観光を楽しんでいってね」

「えぇ、今日は緑の丘を案内してもらってありがとう。陽菜も恋人と仲良くね♡」


 アイリーンと私は二人に手を振ってホテルへと戻った。今回はこれにて任務完了!


◇◇◇


 アイリーンの父親の亡命は無事成功した。今彼らは某所で秘密裏に保護されている。


 後日談となるが、仮想敵国Cとの外交交渉の結果、問題のスマホアプリを提供していた企業は日本から完全撤退。代わりにわが国は世界中への事実公表を見送ることになった。あの時拘束したメンバーも記憶消去の上、先方へ強制送還された。


 アイリーン、あなたも幸せになってね⋯⋯。妹のように感じていたからか、私も少し感傷的になっているようだ。

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