第三十五話 ユリノキつつじ祭り その二

 陸くんがフリーマーケットで購入したアンティークな首輪を装着された瞬間、あたいは一瞬ぞくっとした得体の知れない何かを感じた。


 間違いない、あたいの知らない未知の力だ。


 お祭りに浮かれて危険察知が疎かになっていたのかもしれない。この首輪は普通の首輪じゃない。なぜならばあたいの意思にかかわらず、服従を求めてくるからだ。


 このままではやばい。今の時点であたいにこの首輪に対抗できるスキルはない……。とっさにあたいはジタバタして陸くんの腕から逃れ、透明化スキルを発動した。


「あれっ、ももがいなくなっちゃった」

 あたいの姿が突然消えたため、陸くんと陽菜が周りをキョロキョロし始める。


 陸くん、ごめんなさい。今はこの場を逃げ出すのが精一杯なの。あたいはヨロヨロと歩き出した。


◆◆◆


 あたいは何とかフリーマーケット会場から離れた路地へと逃れてきた。だが抵抗すればするほど、首輪が服従を求めてくる。


 く、苦しい……。どうやら首輪の強制力に抵抗すると首が締まる仕掛けのようだ。このままではあたいの命がなくなってしまう……。あたいはゴロリと横たわった。


『どうした、もも。苦しそうじゃの?』


 そんな時、あたいの背後で声が聞こえた。ハァハァと苦しい息で振り返ると、陸くんの妹の結衣ちゃんがたこ焼きのお皿を持って立っていた。透明化しているあたいが普通の人間に見える訳はないのだけれど……。


「ゆ、結衣ちゃん……?」

『あぁ、今はわらわが身体を借りている』

「えっ……もしかしてヒメ神様ですか?」

『そうじゃ。この美味しいたこ焼きがどうしても食べたくなってな』


 どうやら食いしん坊のヒメ神様がまたまた結衣ちゃんに神懸りされていたようだ。


「ヒメ神様。実はあたいの首に装着されているこの首輪が……」


 ヒメ神様はそれだけであたいの言いたいことを十分理解されたようだ。結衣ちゃん(ヒメ神様)が倒れているあたいの脇にしゃがみ、首輪へ触れる。


『これは……珍しい魔道具だな。こんなところでお目にかかるとは』

「魔道具……ですか?」

『そう。わらわの神通力を”和”の力とすると、これは”洋”の力、つまり魔法なのだ』

「魔法?」

『魔法とは西洋の魔女が使う力のことだ』


 そう言ってヒメ神様は魔道具を解析する。 

『ふむ、これは首輪を装着した対象を自分に隷従させるための拘束魔法じゃな』


 次の瞬間、あたいの首に装着されていた首輪が音もなく弾け飛ぶ。神様であるヒメ神様には西洋の拘束魔法の無効化など朝飯前のようだった。


「ごほごほっ。ヒメ神様、ありがとうございました」

『礼などよい。それよりももよ、お主誰かに狙われているようじゃが心当たりはあるか?』

「それが全く心当たりがないんです……」

『そうか。今回はわらわがいたから何とかなったが、次は分からんぞ』

「はい、あたいも十分気を付けることにします」


 あたいはヒメ神様にお礼を言う。ヒメ神様は美味しそうにたこ焼きを食べ終えると結衣ちゃんから離脱された。


「うーん。あれっ、私何してたんだっけ?」

 結衣ちゃんが意識を取り戻した。あたいもそのタイミングで透明化を解除する。


「ワフン(結衣ちゃん)」

「あっ、もも。首輪とリードしていないじゃない。おにいとはぐれちゃったの?」

「ワン(そうなの)」

「そっかそっか。じゃあ一緒におにい達のところに戻ろうか」


 あたいは結衣ちゃんに抱っこされて移動し、無事に陸くんたちと合流できた。


「もも、どこに行っていたんだよ! 心配したんだぞ」

「結衣ちゃん、ももを見つけてくれてありがとう!」


 二人ともいきなりあたいがいなくなったので、とても心配してくれたみたい。陸くん、陽菜、心配をかけてごめんなさい……。


☆☆☆


 それにしてもさっきのお店は何だったのだろう?  あたい達が合流した時点で先ほど首輪を購入したお店は既に撤収しており、おじさんの姿も見当たらなかった。


 今回はたまたまヒメ神様に助けていただいたが、次はどうなるか分からない。西洋の魔女か……あたいは見えない敵(?)に対して今後警戒すべきだと誓った。


****************

【side高野美咲 隷従させるための拘束首輪 後編】


 拘束首輪を装着された瞬間、ももは一瞬ぞくっと震えて驚いた顔になった。


 うふふ、大成功だわ! 

 この時の私は自分の成功を信じて疑わなかったのだが……。


 ももがジタバタして飼い主である新田陸の腕から逃れた瞬間、突然ももの姿が消えてしまった。それは本当に一瞬のことだったが、まるで煙のように消えたのだ。


「あれっ、ももがいなくなっちゃった」

 ももの姿が突然消えたため、新田陸と幼馴染の大和田陽菜の二人が周りをキョロキョロし始める。


 私は急いで首輪にかかっている拘束魔法の残滓ざんしを追ったが、このフリーマーケット会場には既にいないようだった。


 私はこの時点では事態を楽観視していた。なぜならば首輪を装着した対象を自分に隷従させる拘束魔法のため、無理に逃げようとしたり、首輪を外そうとするなど、首輪の強制力に抵抗すると首が締まる仕掛けなのだ。残滓を追えば必ず捕まえることが出来るだろう。


 さて、そろそろももを探しに行こうかな……。ターゲットであるももの追跡を開始しようとしたその時だった。


 突然、私は自身の魔力で何か得体の知れない霊的存在を感知した。飲食の模擬店が集まっている方向からだが、あまりにも霊力が高すぎて測定できない。


 そして数十秒後、私の魔道具である首輪からの魔力が一瞬で途絶えた。どうやら先ほどの霊的存在に私の拘束魔法を解除されてしまったようだ。柴犬ももとの関係性は不明だが、魔女見習いの私の実力で対峙するには正直厳しい相手になるだろう。


 私は即座に現場からの撤収を開始。お店の商品を魔法で仕舞い込むと、一目散に逃げ出した。出店申し込み時の登録は全て偽装しているので、そこから足がつく恐れはないだろう。


「悔しいけど、また出直すことにするわ。バイバイ、も・も・ちゃん♪」


◆◆◆


 緑の丘を離れた後、私は変身を解き、元の高野美咲の姿に戻る。そして先ほど起こった異常事象の数々を振り返ってみた。


 ももが突然姿を消してしまった理由、高位の霊的存在が急に現れた理由、そして私の自慢の拘束魔法があっけなく解除されてしまった理由……。


 あの存在はもしかして……神⁉ 全否定したい自分がいるが、そうでもないと説明がつかないことが多すぎる。今日起こった事象はどれもこれも普通には絶対起こり得ないことなのだから。


 私は柴犬ももの実力(人間の言葉を理解する)を相応に評価していたつもりだったが、どうやら私の分析が足りなかったのかもしれない。


 ももは神のお遣いなの⁇ いずれにしろあなどれない存在だとは思う。

 だが、柴犬ももを使い魔にしたいという私の決意はより強まったのだった。

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