第三十四話 ユリノキつつじ祭り その一

 季節は春。あたいが今世に生まれてから迎えた二度目の春だ。


 世間では今日から”ごーるでんうぃーく”というものに入るらしいが、あたいは陸くんや結衣ちゃんが家にいて遊ぶ機会が増えるので、大歓迎なのだ。


 そうそう、この春、陸くんと陽菜は中学二年生になった。そして二人は恋人としても少しずつ成長を続けている。


 今年のバレンタインでは地元の商業施設の屋上でダイヤモンド富士を見るイベントに参加。ちょうどこの時期、緑の丘では富士山の真上に沈む夕日が見れるのだ。あたいもキャリーバッグに入れてもらい、恋人握りをした二人と一緒に眺めたけれど、山頂にピタッと接触した夕日は赤いダイヤのようでとてもロマンチックだった。


 陽菜はそのタイミングで陸くんに自分の手作りチョコを渡していた。陸くんはその場で嬉しそうにチョコをほおばっていたけど、最近陽菜ママに教わって料理の腕も磨いているようだから、たぶん味も美味しかったのだろう。(残念ながらあたいは犬なのでチョコは食べられない)


 お昼の情報番組で観た『男をつかむなら、まず胃袋をつかめ!』を実践しているようで、陽菜の本気度が伝わってきたよ。頑張れ、陽菜!


◆◆◆


 ところで、ごーるでんうぃーくの初日、緑の丘ではユリノキつつじ祭りが開催される。これはユリノキ通りの沿道に約二キロにわたって植えてあるつつじの花を楽しみながら、多くの住民が交流する場だ。


 あたいは、陸くんと陽菜、それに妹の結衣ちゃんと一緒に祭り会場を訪れている。道路には飲食できる模擬店がたくさん並んでいるね。


「今年も凄い人出だねぇ」

「うん、どれも美味しそうだよ。おにい、あれ買って!」

「ほんとに結衣は食いしん坊だな……」


 陸くんがあきれたように言う。それでも可愛い妹のためにお財布を出してしまうところが兄としての弱さか。


「えへへ……。おにい、ありがと。焼きそばとっても美味しいよ!」

「陸、あたしもクレープが食べたい」

「はいはい、お嬢様」


 陽菜も結衣ちゃんに対抗して陸くんに甘える。あたいも何か甘えたいな……。


「クゥーン(あたいにも何か頂戴)」

 陸くんに甘えた声で呼びかける。


「ももにはおやつのささみジャーキーだな」

 陸くんはあたいの大好物の一つを取り出してくれた。


 うん、やっぱり陸くんは最高の飼い主だよ。


◆◆◆


 通りではちょうど和太鼓が披露されていた。あたいのお耳は敏感なので、高い音が苦手。両耳をレーダーのようにクルクルさせてしまう。


「ももが和太鼓の音が苦手なようだから、向こうに行ってみよう」

 それを見た陸くんの提案であたいたちは少し離れたフリーマーケット会場へ移動。


 色々なお店が出ているが、今回陽菜ママは出店していない。カントリー雑貨に興味がある陽菜はその手のお店を中心にチェックしているようだ。

 

「ねぇ、陸。この首輪ってももちゃんに似合わないかな?」

 フリーマーケットの模擬店で気になるペット用首輪を陽菜が見つけた。


「へぇ、どれどれ……」

 一見少し古めの首輪なのだが、吸い込まれるように陸くんも一緒に座り込む。どうやら値札は貼られていないようだ。


「おいくらですか?」

 フリーマーケットでは価格交渉が重要。まずは陽菜が切り込んだ。


「うーん、これは千円だな」

 お店のおじさんが少し高めの金額を言ってくる。


「えーっ、もう少し何とかなりませんか?」

 陸くんが食い下がる。


「そう言われてもこれはアンティークな品物だからなぁ。七百五十円でどうだ」

「「もう一声!」」

「分かった分かった、特別におまけして五百円でいいよ」

 おじさんは必死に食い下がる二人にとうとう根負けしたようだ。


「「ありがとう、おじさん。じゃあ、これください!」」

 二人は良い買い物が出来たとホクホク顔だ。


「よしっ、もも。首輪を取り換えるから動くなよ」


 念のため陸くんがあたいの首にフィットするかどうかを試してみるようだ。あたいは陸くんに抱っこされながら大人しくしている。


 だが購入したアンティークな首輪を装着された瞬間、あたいは一瞬ぞくっとした得体の知れない何かを感じた。


 えっ、これって……。


****************

【side高野美咲 隷従させるための拘束首輪 前編】


 緑の丘を訪れてから一年。私はターゲットである柴犬ももを使い魔にするための手段を念入りに考え、着々と準備を進めてきた。


 相変わらず対象(柴犬もも)はキャンプ場での人命救助などで活躍しているようだが、私は調査対象を飼い主である新田陸と幼馴染である大和田陽菜の二人に絞った。その結果、昨年末に二人が恋人同士になっていることが判明していた。今後二人は一緒に行動する機会が増えるだろう。


 さらに二人が地元で開催されるユリノキつつじ祭りを毎年訪れているという情報を入手した私はすぐに行動を開始。まずはゴールデンウイーク初日の会場で開催されるフリーマーケットに出店登録し、幼馴染の陽菜が好きなカントリー雑貨を並べることで、二人をお店に誘導することにした。


 そこで重要となるのが私の得意な魔法の一つである、能力。これは男女、年齢、背格好問わず、変身することが出来るのだ。やろうと思えばテレビの魔女っ子になることも可能だが、今では恥ずかしくて出来ない。


 そして……肝心のターゲットを私の使い魔にするための道具。一見アンティークなただの首輪に見えるのだが、実は違う。これを装着した動物は私の命令に従わざるを得なくなる……つまりターゲットを隷従させるための拘束魔法がかかった首輪だ。そのため一度装着してしまうと私の魔法の鍵がない限り、外すことは不可能だ。


 ふふふ、待ってなさい、もも。必ずあなたを私の使い魔にしてみせるわ!


◆◆◆


 そしてゴールデンウイーク初日の緑の丘。

 私の思惑通り、ターゲットと新田陸と大和田陽菜の二人+新田結衣(陸の妹)はユリノキつつじ祭りの会場を訪れていた。


 私は以前飼い主に『Shiba-Inu』編集部員としての自分の正体を知られているため、今日は中年のおじさん姿に変身している。これならまず見破れないだろう。


 ターゲットたちは最初飲食の模擬店をはしごしていたようだが、和太鼓の演奏が始まったあたりでようやくフリーマーケット会場へと近づいてきた。カントリー雑貨に興味がある大和田陽菜はその手の商品を中心にチェックしているようだ。

 そしていよいよ私のお店の前に……。

 

「ねぇ、陸。この首輪ってももちゃんに似合わないかな?」


 店頭に置いてあるアンティークなペット用首輪を彼女が見つけた。この首輪には念には念を入れての魔法も仕込んであるので、当然彼女はこの首輪に魅了されたようだ。


「へぇ、どれどれ……」

 吸い込まれるように新田陸も一緒に座り込む。

 

「おいくらですか?」

 大和田陽菜が聞いてくる。


 元々他の人間に売る気が無いので値札は出していない。何人か魅了の魔法の影響でこの首輪を欲しがる者もいたが、法外な値段を伝えて、諦めてもらった。


「うーん、これは千円だな」

 お店のおじさん(に変身した私)が金額を伝える。

 二人は少し考えている。中学二年生にとっては少し高めだったか?


「えーっ、もう少し何とかなりませんか?」

 新田陸が食い下がる。


「そう言われてもこれはアンティークな品物だからなぁ。七百五十円でどうだ」

「「もう一声!」」

「分かった分かった、特別におまけして五百円でいいよ」

 おじさん(に変身した私)は必死に食い下がる二人に根負けしたように演技する。


「「ありがとう、おじさん。じゃあ、これください!」」

 二人は良い買い物が出来たとホクホク顔だ。


 いえいえ、こちらこそどうもありがとう。私も目的が果たせて嬉しいわ。


「よしっ、もも。首輪を取り換えるから動くなよ」


 さっそく新田陸が柴犬ももの首にフィットするかどうかを試すようだ。ももは抱っこされて大人しくしている。しかし拘束首輪を装着された瞬間、ももは一瞬ぞくっと震えて驚いた顔になる。


 うふふ、大成功だわ! 

 この時の私は自分の成功を信じて疑わなかった。

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