第三十話 陽菜が遭難しました その三

 陽菜が履いていたピンクのトレッキングシューズが片方だけ落ちていた……


「ひ、陽菜……」

 陸くんはショックでその場にうずくまってしまった。


 そんな……こんな結末ってないよ……。あたいは陽菜をうしなった事実に絶望した。


◆◆◆


『もも……ももよ……』


 絶望中のあたいの耳に誰かの声が聞こえてきた。でも今はそれどころじゃないんです……。


『ももよ、お主、わらわの声が聞こえてるじゃろ』


 あ、たしかに聞こえています。これはヒメ神様⁉


 ヒメ神様があたいの前に顕現けんげんされた。


『今回は本当に危機一髪だった。わらわが陽菜に神懸りするのがあと一歩遅れていたらこの崖から落ちていたであろう』


 ヒメ神様は全ての事情をご存知のようだ。


「ヒメ神様……本当に、本当にありがとうございました。でもなぜこちらに……?」


『それはの、先ほどお主がわらわに真剣に祈ったからじゃ!』


 そういえば、登山口から登る際に陽菜が無事でいるようにヒメ神様へ必死で祈ったっけ。


『わらわの神通力”復縁”で結びつけた二人じゃ。陽菜がどこにいるのかは手に取るように分かる。まぁ、わらわにとって空間を飛び越えることなど朝飯(夕飯)前じゃからの』


 ヒメ神様が到着した際、陽菜は崖から足を踏み外すところだった。すぐに神懸りで陽菜の身体に乗り移ってコントロールしたが、はずみで靴が片方脱げてしまったらしい。


「ヒメ神様、ところで陽菜はどこへ?」

『ほれ、あそこで眠っておるぞ』

 ヒメ神様が指し示す少し離れた場所で意識を失った陽菜が倒れていた。周囲が暗かったので全然気づかなかったわ。


『崖から落ちそうになったショックで精神的に不安定だったから、わらわの力で少し眠らせている』


 そしてあたいに向けてヒメ神様が語る。


『今回は事情があるとは言え、かんな山の土地神の領域を侵犯してしまった。借りを返すためにも年初のヒメ神社の初詣にはお主の力を貸してもらうぞ』

「もちろんです! あたいで出来ることなら何でもしますよ」

『そうかそうか。ではももよ、後は頼んだぞ』


 陽菜の身体から離れ、霊体となったヒメ神様は一足先に緑の丘へと帰っていった。


「ヒメ神様、ありがとうございました」

 あたいは心から感謝し、飛び去ったヒメ神様へ深くお辞儀した。


◆◆◆


 さて、後始末をしないとね……。


「クーン(陸くん……)」

 あたいは陽菜が滑落したと思い込んでいる陸くんの服の袖を引っ張る。


「もも……俺は陽菜を喪ってもう何もする気力がないよ……」

 

 弱気な陸くんは本当に珍しいが、取り急ぎ陽菜の無事を伝えないといけない。あたいはぐいぐいと陸くんを引っ張り、陽菜が倒れている場所へと誘導した。


「ひ、陽菜ぁ!」


 懐中電灯の光が倒れている陽菜を捉えた。見たところ外傷は見当たらないが、あたいの怪我治癒スキルで念のため……。あたいは肉球でぷにぷにと陽菜の身体全体をさすった。


「う、うーん……」

 ヒメ神様の力が解除されたのか、陽菜の意識が覚醒かくせいしたようだ。


「陽菜、陽菜――っ‼」

 突然感情が爆発して泣き出した陸くんは陽菜の身体をギュッと抱きしめる。


「ごめん。すぐに助けに来られなくてごめんな……」

「ええ――っ。ち、ちょっと……」


 陸くんに抱きしめられた陽菜はまだ状況が分かっていないようだ。急に陸くんに抱きしめられたからか、顔全体が赤くなっている。


「陸……」

 陽菜は自分の胸に顔をうずめてわんわん泣いている陸の頭をなでなでした。しばらく二人は無言で抱き合う。


◆◆◆


「おーい、無事かぁ――」


 その時、登山道の方から声が聞こえてきた。同時に懐中電灯の光が錯綜する。


 どうやら陸くんのお母さんか、江戸もん豆の店員さんが通報してくれたのか、警察の捜索隊が到着したようだ。以前にも同様な遭難が発生していたのか、警察も遭難場所をある程度把握することが出来たみたい。


 こうして陽菜は無事生還した。


 もちろん二人が大目玉をらったのはこの後の話……。

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