第二十八話 陽菜が遭難しました その一
季節は晩秋。いよいよ緑の丘周辺にも紅葉シーズンがやって来た。
今日は緑の丘からちょっと離れた場所にある”かんな山”へ、陸くんと陽菜と一緒に紅葉散策だ。
海沿いの海浜公園で陽菜のご機嫌伺いをした結果、かんな山へ遊びに行くことを陸くんは約束させられたのだ。
そのため今日のあたいはキャリーバッグに入れられて電車で移動中⋯⋯。電車の中で二人はボックス席に並んで座り、楽しそうに話している。あたいは陸くんの膝の上だ。
現地に着いたら思いっきり遊ぶので、今は狭い空間だけど我慢我慢……。
電車を降りて駅の改札をくぐると、あたいはようやく解放された。まずはのびーーっと。
そして徒歩すぐの場所にある犬連れOKのカフェへと立ち寄る。陽菜が事前に調べたらしい。
名前は江戸もん豆。築二百三十年以上の合掌造りの古民家で、世界最高品質の珈琲”ぶるーまうんてん”とかんな山バームクーヘンが有名みたい。
二人は少し背伸びして、おとなの珈琲を頂いている。ちょっとにがそうな表情だけど、うん、二人ともそういう年頃だもんね。
◆◆◆
標高三百三十メートルのかんな山は海から非常に近い場所にあり、大きな石がかんなをかけた後のように鋭く垂直にせり立っている。
行きは港近くのロープウェイ乗り場から山頂駅までロープウェイで楽々移動。あたいはキャリーバッグに入っているので景色は見えないが、陸くんと陽菜は絶景の紅葉を堪能しているみたい。
◆◆◆
山頂からは日本一のお山が海の向こうに見えた。海にも大きなお船がいっぱい浮かんでいるね!
山頂でしばらく休憩した後、あたいたちはいよいよ下山開始。帰りは紅葉を楽しみながら、麓へ下りる予定だ。
登山道はところどころ足場が悪いところもあったが、あたいは小さいから大丈夫。
しばらく歩いていると陸くんの歩きが遅くなってきた。下りの方が足腰には負担がかかるからね。昨晩は陽菜とのデート(?)が嬉しくてよく寝られなかったみたいだから、ちょっと疲れたのかな。
対照的に陽菜はまだまだ元気みたい。
「もー、陸は鍛え方が足りないのよ。少し先に行って待ってるね!」
途中でペースが乱れるのを懸念した陽菜は呆れて先に行ってしまった。
「ハァハァ、俺もそこそこ体力には自信があるけど、やっぱり陽菜の方が
あたいは陸くんが少しでも楽になるよう、リードを引っ張ってあげた。こういう時、四駆(の犬力)は強いね!
◆◆◆
その後、陸くんとあたいはゴールの駅前まで戻って来たが、陽菜の姿がなぜか見つからない。
途中で待ってるって言ってたけど、陽菜はどこにいるのかしら?
キョロキョロあたりを見回すあたい。
「あれぇ、おかしいな? 途中で追い抜いた可能性は⋯⋯ない⋯⋯よな」
陸くんも不思議そうだ。
結局駅前でだいぶ待ったが、陽菜は未だに到着していない。陸くんが陽菜のスマホに何度電話しても応答がなく、留守番電話に切り替わるみたいだ。
やっぱり陽菜に何かあったんだ⁈ あたいはリードをぐいぐい引っ張り、元来た道を戻るよう、陸くんを促す。
陸くんも不安な表情になる。既にお日様は西に沈みつつある夕方。陽菜を探すとしたら一刻の猶予もない。
陸くんは行きに立ち寄ったカフェの店員さんに事情を話し、もし二人が夜までに戻らなかったら警察に通報して欲しいと頼んでいた。
店員さんは登山道の途中に昔石切で使っていた古い作業道があり、看板を見落として迷う登山客がたまにいると教えてくれた。過去には道に迷って崖から転落し、亡くなられた方もいるそうだ。
そう言えば、登山道の途中で迷いそうな場所があった。たしか古くて腐った木の看板が外れて落ちていたっけ⋯⋯。
あたいは危険察知スキルで自然と正しい道を選択していたけれど、もし陽菜一人ならばあそこで道に迷った可能性があるかもしれない。
あの時、無理にでも陽菜を引き止めるべきだった⋯⋯あたいは自分の判断の甘さを呪った。
「日没まではもうあまり時間が無い。二重遭難にならないよう、無理せず気をつけて行くんだよ」
店員さんは念のためと懐中電灯を貸してくれた。
「色々とありがとうございます」
陸くんはお礼を言い、あたいを連れて急ぎ足で陽菜を探しにかんな山へと戻って行った。
☆☆☆
『待ってて、陽菜。あたいと陸くんが必ず助けに行くからね‼︎』
あたいは陽菜が無事でいるよう、ヒメ神様へ必死に祈りを捧げるのだった。
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