第二十一話 【side結衣】感謝の言葉は伝えられず……

 私は新田結衣。小学五年生の女の子だ。ここ緑の丘で、お父さん・お母さん・おにい(陸)と一緒に住んでいる。


 昨年夏に我が家では黒毛のメスの柴犬を飼い始めた。名前は”もも”。


 私は一緒に産まれた赤毛の末っ子ちゃんを飼いたかったが、おにいがどうしてもこの犬を飼いたいと主張したので、泣く泣くあきらめた。


 でも今となっては、ももを飼ったことは我が家にとって幸運だったと思う。もちろん、私もだけどね。


 ももが来てから我が家には不思議なことが数多く起こった。


 例えば泥棒を捕まえたり、ヒメ神社でお参りポーズしたり、チューリップ畑で心臓停止した人にAEDを持ってきたり、私のスリッパがなぜか急にボロボロになったり、川で溺れている子を助けたり……etc。


 そして私の骨折した右手首にももが肉球で触ったら怪我が瞬時に治ったり……。

 

 それにしても右手首の骨折が治ったのは本当に謎だった。


 すぐに病院に行って再検査したけど、お医者さんまでビックリしていた。他の患者さんのレントゲン写真と見間違えたらしいと謝罪されたが、あれだけの痛みがあったから、きっとそんなことはないはず……。


 私は自宅に戻ってから、おにいに事情を説明したが、おにいには笑いながら「あまり気にするな。結果、治ったんだからよかっただろ」とだけ言われた。


 おにいはももに甘いから、きっと大事にしたくないんだと感じた。


 そうそう、昔から私がお姉ちゃんになって欲しかった、おにいの幼馴染である陽菜ちゃんも最近はももとよく遊んでいる。


 一時期はおにいと疎遠だったが、ももが来てからはよく散歩にも行ってくれる。このまま順調に行けば将来的に私の義姉おねえさんになってくれるかもしれない……。


 そんな訳で、やはりももは幸運を招く福犬だと思う。


 いつもはボールとじゃれて遊び、嬉しそうに尻尾を振って散歩へ行き、ご飯をお腹いっぱい食べ、スヤスヤお腹を出して寝てる、ただの普通の犬だ。


 でも……ももがいるだけで我が家の中が明るくなるし、まわりの危機には素早く反応し、時には人の命まで救ってしまうのだ。


 もしかすると、ももは人間の言葉が分かっているのかしら……? そして何か不思議な力を持っていて……。この間、おにいに冗談半分で言ったら、おにいは少し考えこんでからこう言った。


「――面白い冗談だな。でも結衣、ももの前では決してその話をするなよ。もし犬だとしたら、きっといつか俺らの前からいなくなっちゃうだろ」


 私は自分にとっても大切なももがいなくなるのは嫌だ。だからももの前ではいつも伝えたいと思っている感謝の言葉を決して伝えない。


「もも、いつも私たち家族を見守ってくれてありがとう。これからもよろしくね!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る