第二十話 あたいの肉球は癒しの手だった⁈
季節は夏の終わり。陸くんと妹の結衣ちゃんの夏休みもあとわずか。陸くんと幼馴染の陽菜は計画的に夏休みの課題を終えているのだが、結衣ちゃんは泣きながら必死で宿題をやっている。
今は溜まりまくった朝顔の観察日記をつけているようだ。でも最近は宿題で忙しくて構ってくれないから、あたいとしては不満だよ。
そんなある日、結衣ちゃんが右手首を怪我してしまったのだ。
お母さんの話では、歩道を自転車で猛スピードで走ってきた若者から、歩いていたおばあちゃんをかばったはずみで転倒し、右手首を骨折したらしい。今はギプスで固定して保存的療法をしているが、お医者さんの話では長期間のリハビリが必要になるみたい。
「てへへ……骨折しちゃうなんて私もドジだよね。ももも気をつけるんだよ」
結衣ちゃんは持ち前の明るさで、あたいをなでなでしながらそう言った。
でもその日の深夜、自室で結衣ちゃんが声を出さずに泣いているのをあたいの
「うーっ、まだ宿題終わっていない。これからどうしよう……ヒック……グスッ」
これはいよいよあたいの出番かな。人助けをした結衣ちゃんが報われないなんてありえない。明日神様から頂いた怪我治癒(小)スキルを試してみよう。
◆◆◆
翌日、朝から結衣ちゃんはリビングのソファーでボーッとしていた。傷の痛みで昨夜はあまり寝られていないようだ。
お母さんと陸くんも今日は結衣ちゃんに「「勉強しなさい(しろ)!」」って言わずに黙っているから、いつもの明るい新田家がどんより暗くなっている。
あたいはまずソファーに飛び乗ると、結衣ちゃんの右手側へじわじわと接近。そして結衣ちゃんの右手にあたいの右前足の肉球をそっと添えてみた。
「痛っ……」
結衣ちゃんは少し触るだけでも痛いようだ。
あたいは怪我治癒(小)スキルを発動させる。いきなりのぶっつけ本番なので、調整が必要になるかもしれない。
怪我治癒は今回のように突発で起こった怪我を治すスキルに違いない。また(小)はおそらく効果の程度のはず。
まず肉球で結衣ちゃんの患部をなでていく。あたいの脳裏に結衣ちゃんの傷の状況が鮮明に投影された。骨は……確かにポッキリ折れちゃっているみたい。手首にも腫れがあるので、痛みも相当強いはず。これでは手に力も入らないだろう。
最初は骨の接合からかな……。あたいが肉球をプニプニしながら試行錯誤していると、少しずつ、少しずつ骨がくっついていく感触があり、最終的には見た目では分からないぐらいになった。
うん、成功かな。
次にあたいは手首の腫れを抑えるべく、今度は肉球でさわさわする。すると手首の腫れも治まったみたい。
これで怪我の治癒は終了っと。
あたいは「結衣ちゃん、遊ぼーっ」と最後に体全体で思いっきり結衣ちゃんの右手にダイブした。
「もも、痛っ! ……あれれ、痛くないや……?」
結衣ちゃんは突然右手首の痛みが治まったので不思議そうにつぶやく。
「もも、遊んじゃダメでしょ! 結衣、大丈夫?」
お母さんが怪我をした結衣ちゃんを心配し、あたいを叱る。
「それが……右手首が全然痛くないの……普通に手を動かせるんだよ」
「そんなまさか……だって昨日はレントゲン写真でも確かに骨折していたよね」
「うん、確かにそうなんだけど……」
結衣ちゃんとお母さんはなぜかあたいの方に疑わし気な視線を向けてきた。
「アォーン(あたいじゃありませんよ!)」
違います、違いますよ! あたいは何にもしていませんよ! 勝手に結衣ちゃんの骨がくっついたんです。えぇ、間違いありません‼
少しやりすぎたと自覚したあたいは首を振って思いっきり否定。
「もも……、結衣の怪我が治ってよかったな。お前の肉球は
そんな時、陸くんがあたいを抱っこして頭を優しくなでなでしてくれた。どうやら陸くんだけはあたいの主張を分かってくれたみたい。
◆◆◆
結局、結衣ちゃんの怪我は治ったものの、残りの宿題の後片づけに追われ、あたいと遊ぶ時間は増えなかった。うーん、残念だわ。
その晩あたいが寝始めると、ピコーンという音とメッセージが頭の中に響いた。
「おめでとうございます! あなたの善行レベルが一つ上がりました」
善行レベルが上がったのは嬉しいが、家族以外にこのスキルを使用するのは十分注意しよう……。あたいの今日の反省だった。
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