第十七話 あたいの秘密を知られました

 今は世間一般で言う、ゴールデンウィークの真っ只中。


 学校もお休みとなり、陸くんと結衣ちゃんも毎日家にいるのだが、我が新田家はお父さんのお仕事の都合で遠出が出来ないらしい。そんなわけで、あたいと陸くん、それに妹の結衣ちゃんは家でごろごろまったり。


 ちなみに幼馴染の陽菜は大和田ママの商品買い付けも兼ねてヨーロッパ旅行中。まぁ、我が新田家にはあたいがいるから、ちょっと海外は無理かもね。あたい、さびしがり屋だし……。


 そんな訳であたいは今、妹の結衣ちゃんとプープーボールを引っ張り合い中。あたいは興奮するとウーウーうなり声を上げるため、最初はみんなびっくりするけど、慣れると気にせず遊んでくれるのだ。

 

 このまま何事もなくゴールデンウィークは過ぎていくと思われたが……。嵐は急にやって来た。


◆◆◆


 あたいの住む緑の丘にその疫病神やくびょうがみがやって来たのはゴールデンウィーク後半のある日の夕方だった。


 あたいと陸くんがいつものように散歩でヒメ神社を通りかかると、突然後ろから声をかけられた。


「こんにちは! ねぇ、あなたの柴犬、ももちゃんって言うのかな?」


 黒いスーツを着た髪の長い女で、インテリ眼鏡をしている。その女性がニコニコと笑いながらあたいたちに近づいてくる。

 

「――どなたですか?」

 陸くんは近づいてくる女を警戒しているみたい。うん、あたいのもこの女は怪しいと警報を発しているよ!


「うふふ、怪しい者じゃないわ。はい、これ」

 女は陸くんに名刺を差し出した。

 

Shiba-Inuシバイヌ編集部の高野美咲みさきさん⋯⋯」

 陸くんが名刺に書かれた内容を読み上げる。


「初めまして。実は緑の丘にすごい柴犬がいるって噂を聞いてね、取材に来たんだ。ここで待っていればきっと現れると思って……」

 高野美咲がそう説明する。


「『Shiba-Inuシバイヌ』はうちでも読んでます。確かにうちの犬は”もも”って言いますけど、そんなにすごい柴犬じゃないですよ。いつも家の中を走り回って遊んだり、普通にドッグフードを食べ、お腹を出してスヤスヤ寝てるだけだし⋯⋯」


 うん、陸くん。それ以上あたいの恥ずかしい姿を説明しないで!


「そうなんだ! でもせっかくだからももちゃんにも挨拶させてもらっていい?」


 高野美咲が陸くんに許可を求めてきた。陸くんも拒絶は出来ないと思ったのか、仕方なくあたいを面会させる。 


「ももちゃん、こんにちは。私は『Shiba-Inuシバイヌ』編集部の高野だよ。ももちゃんの武勇伝は色々聞いているわ」


 この女、あたいのことをあらかた調べてきたみたいだ。まずい、まずい。下手にあたいが人間の言葉を理解できるなんてファンタジーな秘密が暴露ばくろされたら、絶対動物実験にまわされる。


 そうしたらせっかくの今世を楽しめなくなるし、陸くんと陽菜の恋の後押しも出来なくなっちゃう。


 あたいはこの女に正体が知られぬよう、また万が一秘密がバレた際には隠蔽いんぺいすることを決意した。


 そう、新たに取得したスキル。あたいがためした結果では、直近数日以内ではあるが相手の記憶を改変(消去・上書き)することが可能だ。


 あたいが結衣ちゃんのスリッパをお口でボロボロにしちゃった際、このスキルを初めて隠蔽工作いんぺいこうさくに利用した。結衣ちゃん、ごめんなさい。


 結衣ちゃんは「あれぇ、スリッパがいつの間にかボロボロだよ。そんなに履き古してたかなぁ?」と不思議がっていたが、あたいの犯行とはつゆほども疑わず、怒らなかった。


 このように便利(?)なスキルではあるのだが、直近数日以上前の記憶を改変することは出来ないし、またヒメ神様の神通力”復縁”の影響下にある、陸くんと陽菜の二人の記憶を操作することは当然出来ない。


 二人をラブラブにしちゃうチャンスだったのに……ちょっと残念。


 閑話休題かんわきゅうだい。今は目先の女に対応しよう。


「ワォン」

「あら、挨拶してくれるの。ももちゃん、ありがとね」

 高野美咲はあたいの頭をなでなでしながらそう話しかけた。


「ももちゃんの取材のため、数日間は緑の丘にあるホテルに滞在する予定なの」

 そう言って、翌日の取材のアポを陸くんに申し入れた。


 これは明日が勝負ね。あたいはこの女、高野美咲との対決を予感した。


◆◆◆


 翌日の午後、改めて高野美咲が新田家にやって来た。お母さんがお茶を出し、リビングのソファーへ座るよう促した。


「ありがとうございます。じゃあさっそく取材させてください」

 礼儀正しく新田家のみんなに挨拶し、取材開始。


 最初は軽いネタ出しから始まったが、徐々にあたいが世間にバレては困る内容へとせまってきた。


「泥棒をつかまえたのはたまたま巡回中の管理人さんがももの鳴き声を聞いて駆けつけたからですし、ヒメ神社でのお参りについても俺たちがお参りしているのをももが真似まねただけですよ」


 陸くんはあたしが特別な犬じゃないことを強調したいみたい。


「じゃあAED(自動体外式除細動器)を持ってきたのは?」

「ボール遊びが大好きなももがたまたま遊んでもらおうと思ったんじゃないですか」

「ふーん、そうなんだぁ……」


 えぇ、そうです、そうなんです。あたいは普通の柴犬ですよ、決して人間の言葉が分かる変な犬じゃないんです!


「じゃあ次はヒメ神社で、ももちゃんのお参りポーズを見せてもらえるかな?」

 一通り質問が終わったタイミングで、彼女はそう提案した。


◆◆◆


 あたいたちはヒメ神社へと移動。


 境内の拝殿はいでんの前に来ると、あたいはいつも通りお座り姿勢になり、まずは二回頭を下げ、それから両方の前足を上げ、出来るだけ揃えるポーズを取りながら二回足元の石畳に向けて両足をゆっくり振り下ろし、肉球でポンポンと叩く。最後にもう一度頭を下げてお参り終了。


 これは既にちーき新聞で取材されているので、まぁ仕方ない。これで取材終了かなとあたいが少し警戒心を緩めたタイミングで、高野美咲が仕掛けてきた。


「あれれ、ももちゃん。今日は犬ダンスしないの?」

 彼女は陸くんたちに聞こえないよう小さな声であたいにささやく。


 陽菜に披露ひろうした犬ダンスか……。もぉ、仕方ないなぁ。


「アフゥ(犬ダンス開始!)」


 彼女の目の前であたいは後ろ足だけで立ち、そのままよちよち歩きでフラフラ右に左に歩き始めた。


「ふふふ……あはははは、ようやく引っかかったわね! 私はさっきの取材の中で犬ダンスのことは一切しゃべらなかったわよ。どうしていきなり犬ダンスを始めたのかな、も・も・ちゃん♪」

 突然、高野美咲はあたいの両前足をつかまえながら、そう宣言した。


「ねぇ、ももちゃん。あなた、私の言葉が分かるよね。だって私のしゃべった内容が分かるから、そんなお芝居をするんでしょ!」


 まずい……あたいは彼女の奸計かんけいに引っかかったことを理解した。この女はやっぱり危険だった。


 あたいは意を決して新たなスキルであるを発動し、高野美咲の今日一日の記憶を改変。


 あたいが人間の言葉を理解する特殊な犬だという認識を消し去り、ただの物真似好ものまねずきな柴犬だという上書きを行ったのだ。


 その結果……


◆◆◆


「あれ? そういえば私は何をしていたのかしら」

 ヒメ神社の境内であたいに記憶を上書きされた高野さんが独り言。


「あなたはうちのももを取材中でしたよね?」

 突然おかしなことを言いだした彼女に対し、陸くんがそう説明する。付き添いのお母さんと結衣ちゃんもこのやり取りに怪訝けげんな表情だ。


「そう、そうだったわ。今回はももちゃんを取材させてもらってありがとうございました。ももちゃんは人間の物真似ものまねが得意なただの柴犬なんだね」

 そう言って彼女はみんなに頭を下げるのだった。


 彼女はあたいが直近の記憶を改変したせいか、あたいの隠された秘密をすっかり忘れてしまったみたい。ふーっ、やれやれ。これであたいも一安心だよ。


☆☆☆


 私は柴犬ももと別れた翌日、編集長への報告書をまとめ終え、緑の丘を離れた。帰りの道中で、ふと上着のポケットから取材用のボイスレコーダーを取り出す。

 

 昨日はただの物真似好ものまねずきな柴犬だと言ったが、実は違う。私は隠しりしたボイスレコーダーの録音内容を聞き、ももの隠された秘密を全て思い出していたのだ。


 結論、ももは絶対に普通の柴犬などではない。これは間違いようのない事実。問題はということだ。


 私は柴犬ももに関する全ての真実を完全に秘匿ひとくすることにした。編集長には「やはりただの噂だった。ももは人間の物真似ものまねが好きな、ただの柴犬だった」と、ももにまれた記憶通りに報告しよう。


 だって逆立ちしながらカップラーメンを食べるのはやっぱり無理筋だし……。


「それに……こんな面白いこと、誰にも教えられないよ」


 私はニヤッと笑いながらつぶやく。


「ふふっ、また遊びましょう。・ちゃん♪」


 そう、私は柴犬ももを必ず自分の使い魔にすると決意したのだ。

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