第十六話 【side??】柴犬ももに訪れる小さな危機⁈

 四月下旬、ここ『Shiba-Inu(シバイヌ)』編集部に一通の変わった投書が届いた。


 この編集部は日本犬、主に柴犬に関する楽しい特集や飼い主宅への訪問記事、それに日本犬の健康管理方法などが紹介されたペット雑誌を隔月で出版しており、柴犬大好きな方に人気をはくしている。


 私自身も元々柴犬が大好きで、会社からこちらの編集部への異動いどう打診だしんされた際には、一も二もなく飛びついた。以来、毎日楽しく仕事をさせてもらっている。


 今回の差出人は緑の丘に住む六歳の女の子。その投書は到底私には信じがたい内容だった。


「はじめておたよりします。あたしはみどりのおかにすむ、ろくさいのおんなのこです。せんじつうちのパパがびょーきでたおれたとき、きんじょのももちゃんにたすけられました。ももちゃんはくろいろのしばいぬですが、ひめじんじゃにおまいりもできるすごいワンコなんです。ぜひしゅざいにきてください」


 私は頭を抱えた。確かに今まで何百頭という柴犬を取材してきた。が、そんなかしこい柴犬には出会ったことがない⋯⋯というか、いる訳がない。


 きっとこの子もパパが倒れたことで精神的にまいってしまい、幻覚でも見たのだろう⋯⋯。私はそう結論づけた。


 だが我が『Shiba-Inu(シバイヌ)』編集部には常識の通じない上司(女性編集長)が一人いるのを忘れていた。


 編集長は緑の丘周辺の柴犬ももに関する情報収集を部員たちに指示。さっそく真偽しんぎはともかく、色々な情報が編集部に集まってきた。


 いわく、近所を荒らしまわっていた泥棒逮捕に協力した、いわく地元のヒメ神社でのお参りポーズと犬ダンスで神社を復興させた、そして今回AED (自動体外式除細動器)を取ってきて人命救助したなど⋯⋯etc。


 本当に色々あるわね。もしこれが全部本当のことならば、私は逆立ちしてカップラーメン食べてやるわよ!


「ふむふむ、凄いな。もしこれが全て本当のことならば、我が編集部始まって以来の大スクープだな」


 あ、編集長は大いにやる気みたいだ。


「おい、高野。お前ちょうど今日からスケジュールが空いていたよな? さっそく取材に⋯⋯」


 えー、私にお鉢が回ってきたみたい。仕方がない、何か理由をつけて断ろうか⋯⋯。


「え、ええっと⋯⋯ちょうどこれから、そ、そうっ! 母方の祖父の法事とぶつかりまして⋯⋯」

「言い訳は聞かんぞ、高野。お前は何人親族を殺すつもりだ。ほら、さっさと行ってこい!」


 こうして私、高野美咲みさきは編集長にお尻をたたかれ、取材先である緑の丘へと向かうことになるのであった。


☆☆☆


 私は通常黒いスーツを着て、インテリ眼鏡をしている。髪の毛も長く、自分で言うのもなんだが、まぁ美人の部類に入ると思う。そんな私には誰も知らない秘密がある。それは……。


 その時、編集部に一人の中年男性が入ってくる。

 

「高野さーん、この間の取材の写真、お届けしましたよぉ~」


 彼はいつもと同じく普通に封筒を手渡してくる。封筒の端には、ある印が付いていた。仕事か……。


 私は大学時代にその筋からスカウトされ、今は対外諜報機関の特別エージェントとして働いている。

 私の主な任務は国家の危機に関する情報収集と仮想敵国や敵性国家のスパイ摘発だ。ちなみに仮想敵国とは将来わが国と軍事的な衝突が発生する可能性がある国で、一方敵性国家は今まさにわが国に対して敵対的な行動をとっていると認定された国のことだ。


 なぜ私がウラの顔を持っているのかって? それは私の家系が代々魔女の血を受け継いでいるからだ。


 曾祖母は英国人で、英国大使として赴任していた曾祖父と恋愛結婚。親に反対され、殆ど駆け落ち同然で日本へと来日したらしい。以来、祖母・母・私と女性だけにその能力が受け継がれてきた。


 祖母・母とも戦後日本を敵性国家から守るため、裏から懸命に支えたらしい。私も尊敬する二人のように活躍したいのだが、まだ魔女見習いのままだ。


 座学では人一倍優秀な私だが、残念ながら任務遂行に必要なスキルが足りない。


「優秀な使い魔を使役できれば、もっとお国の役に立てるのに……」

 至らない自分に歯ぎしりする夜が何度あっただろうか。


 早く魔女見習いを卒業したい……。私はいつもそう願っているのだ。

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