第十五話 チューリップ畑の中心で愛を叫びました


 陸くんの入学式から一週間後、あたいは新田家の皆と一緒に、緑の丘の近隣で開催されているチューリップフェスタを訪れている。


 これはこの地域では最大規模のお花イベント。大きな沼のほとりにある広場の中心にはランドマークの水み用風車があり、およそ百種七十二万本のチューリップが植えられている。明るく輝くチューリップがとても感動的だ。香りのよい品種が多いため、あたいも鼻をひくひくさせてしまうよ。


 今回あたいが虎視眈々こしたんたんと狙っていること、そう、それはでチューリップの花言葉である愛を叫ぶという、罰ゲームもののイベントだ。これはヒメ神様があたいに教えてくれたのだが、やっている本人たちが愧死きししそうになるほど、恥ずかしいイベントなのだ。


 ちなみにチューリップの花言葉は色によって異なる。チューリップ自体の花言葉は”思いやり””博愛”だが、色によって花言葉が違う。


は愛の告白「あなたが好きです!」

は誠実な愛「いつもあなたを思ってます!」

は報われぬ恋「私の気持ちに気がついて!」

は失われた愛「新しい恋を探そう!」

は不滅の愛「ずっとずっと一緒だよ!」


 あたいは奥手な陸くんが(この場にはいない)陽菜に向けて、赤色のチューリップの花言葉を贈って欲しいと願っている。ムフフフ……、どうせイムスタでばれるしね。


◆◆◆


 イムスタポイントで陸くんが愛を叫ぶ順番だ。あたいは陸くんのリードを引っ張って向きを変えさせ、お花畑の赤色のチューリップが多く目に入るようにした。


 どうせ陸くんは恥ずかしがって黄色のチューリップの花言葉、「私の気持ちに気がついて!」あたりを叫ぼうとするだろうが、そうは問屋が卸さない。


「陽菜ぁー! 俺はお前のことがす……」

 覚悟を決めた陸くんが陽菜への愛を叫ぼうとした瞬間、突然あたいのが警報を発した。


 と同時に、近くにいたおじさんがうなり声を上げながら胸をかきむしり、バタッと前のめりに倒れた。一緒にいた小さな女の子(お嬢さんかな?)が泣き出してしまう。


 周囲にいた人が驚いて集まり始める前に、あたいは真っ先に状況を観察する。あたいの見立てでは、おじさんの顔は蒼白で、意識がまったく無い。また脈もなく息もしていない……。まさに絶体絶命のピンチ‼


 あたいはこういった緊急事態の際の救命方法は四角い箱(てれびと言うらしい)の情報番組で観て知っているが、あたいではそもそも心臓マッサージも人工呼吸も出来ない。


 その時、あたいは頭の中でひらめいた。たしか管理棟にがあったはず! あたいは陸くんに抱っこされて通り過ぎた管理棟に、があるのを目ざとく確認していた。


 あたいはリードを持つ陸くんを振り切るため、いきなり全力疾走で走り出す。


「あっ、もも!」

 突然走り出したあたいにびっくりし、陸くんがリードを手放してしまう。


 人混みをうようにあたいは管理棟に向かって一目散。そしてを見つけると、そのまま口にくわえ、元来た道をひた走る。ちょっとくわえるには重いけど、あたい(火事場の犬力で)頑張るよ! 


「はぁはぁ、もも……いきなりどうしたんだ……よ?」

 追いかけてきた陸くんは、あたいが持ってきたものを見て固まった。


 そう、あたいがくわえてきたAED(自動体外式除細動器)は、突然心停止状態に陥った人に用いる救命装置で、心電図を自動計測し、必要な場合には電気ショックを与えるものだ。詳しい原理はあたいにもよく分からないが、てれびではこれを使って助かった人が大勢いると言っていた。


 あたいは倒れたおじさんの隣に、口にくわえたAEDをそっと置く。元看護師だったお母さんは心臓マッサージを続けながら、人工呼吸を行っていたお父さんに指示を出し、すぐに救命準備へと取り掛かった。ちなみにさっきの女の子は妹の結衣ちゃんが元気づけているところだ。


「もも、あなた偉いわね! お父さんっ、すぐにAEDを準備して!」

「おぅ!」


 お母さんは額に汗をかきながら、おじさんの心臓マッサージを続ける。お父さんはおじさんの上半身の衣服を緩めて胸元を開き、皮膚に直接電極パッドを貼ってAEDの電源を入れる。


『ピー! 体から離れてください。心電図を解析中です』

 お母さんが体から離れ、少しだけ時間が経過。


『ショックが必要です! 体から離れてください! 点滅しているオレンジのボタンを押してください』


 やはり電気ショックが必要なようだ。お父さんがすぐに体から離れてボタンを押す。


 そしておじさんの体がビクンと跳ねた。


『ショックが完了しました。一一九番に電話して、救急車を呼んだところを確認してください。体に触れても大丈夫です』


 一度目で何とかなったみたい。おじさんもすぐに息を吹き返したので、一安心ね。


◆◆◆


 その後、おじさんは到着した救急車でお嬢さんと一緒に運ばれ、そのまま病院へ。後でお母さんから聞いた話では、無事助かったらしい。陸くんの告白イベントはあの騒ぎでうやむやになってしまったが、致し方ない。でもあの女の子(お嬢さん)のためにも本当に助かって良かったと思う。


 その晩、寝床に入るといつものピコーン音が。


「おめでとうございます! あなたの善行レベルが一つ上がりました。さらにスキルにが追加されます」


 久しぶりに善行レベルが上がった! でも今度は記憶操作スキル……? これって何かの役に立つのかしら。


 あたいはどうやってこれを試してみようかと思いつつ、スヤスヤ眠りについた。

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