第十話 誰かを好きになる気持ちを初めて知りました

 季節はもう冬だけど、あたいはいつも口を開けてハァハァ言いながら散歩している。


 これがあたいの普通の散歩スタイルなのだが、夜間に後ろからハァハァ言う声が聞こえたら、おそらく誰でもビクッとすると思う。だからハァハァという声が聞こえたとしても、それはあたいの声だから安心して欲しい。


 今日もあたいは陸くんと散歩中、陽菜の家の近くでよく見かけるにゃんこに遭遇。茶トラの野良猫だが、餌をきちんともらっているのか、毛並みはツヤツヤしている。


「クーン(にゃんこさん、こんにちわん、あたいはももだよ!)」

 さっそくで、あたいはにゃんこに話しかける。


「ニャー(お前、おいらの言葉が分かるのかにゃ)」

 にゃんこは驚きつつも、あたいに言葉を返す。


「ワフン(はい、もちろん分かりますよ)」

「ミャー(そうか、お前は不思議な犬だな。おいらはフク。よろしくな)」


 フクはあたいに自己紹介してくれた。あたいはフクに動物会話スキルのことを伝える。うん、動物会話スキルのお蔭でスムーズに会話出来るね!


「よくこの辺で会うね」

「ここはおいらの縄張りにゃ。あそこの家のところまでだけど……」

 フクは片足で陽菜の家を足差す。


「陽菜ん家かぁ。あたいはあいつ苦手だけどね」

「いやいや、おいらは野良猫だけど、そんなおいらにも陽菜ちゃんはいつも餌をくれるし、本当に優しい子にゃ!」


「陽菜がねぇ……あいつそんなに優しい女なの?」

「にゃにゃ、陽菜ちゃんは本当に心根の優しい女の子にゃん。だからおいらもたまに陽菜ちゃんの相談に乗ったりするにゃ」


「んっ、相談?」

「そうにゃん、つい先日も陽菜ちゃんの相談に乗ったけど、陽菜ちゃんの四角い箱(ヒメ神様によるとスマホと言うらしい)には、そこのお兄さんが映っていたにゃ」


「えっ! 陸くんが⁉」

「そうにゃ、陽菜ちゃんはそこのお兄さんのことが気になっているようにゃん!」


 フクはその後もあたいに陽菜の優しさについて懇切丁寧こんせつていねいに説明するのであった。


 フクから話を聞いたあたいは陽菜の本当の気持ちを知るために一芝居打つことにした。


 陽菜に自分を撮影させようと可愛いポーズを連発すれば、きっと陽菜はスマホを取り出して撮影(パシャパシャ)するはず。その時にじゃれた振りをしてわざとスマホを落とし、画面を確認するのだ。


◆◆◆


 翌日、さっそくその機会が。今日は陸くんではなく、妹の結衣ちゃんと陽菜の二人と散歩中だ。ヒメ神社の境内でお参り後、結衣ちゃんが一瞬離れたタイミングでさっそくあたいは一芝居打つ。


「アフゥ(犬ダンス開始!)」


 陽菜の目の前であたいは後ろ足だけで立ち、そのままよちよち歩きでフラフラ右に左に歩き始めた。これぞ、あたいが編み出した、名付けて


「い~~ぬ、いぬいぬ、犬ダンス~~♪」


 時々ぴょんぴょん飛び跳ねたりしつつ、陽菜がスマホを取り出すのを我慢強く待つ。


 陽菜も少しびっくりしたようだが、せっかくの機会なので、自分のスマホで撮影しようと思ったらしい。その瞬間を狙い、あたいは陽菜が取り出したスマホを持つ手にじゃれつく。


「あっ!」

 しめた、陽菜のスマホが地面に落ちる。あたいがすかさず肉球でポチッと画面タッチすると、スマホの待ち受け画面にはにゃんこのフクに聞いた通り、陸くんが画面に表示された。


 やっぱり!……あたいは陽菜の顔をじーっと見つめながら、陽菜の告白をうながす。


 陽菜も落ちたスマホを拾い上げようとしたのだが、その前に画面が表示されてしまったので、スマホを回収しつつ、あたいをなでなでしながら独り言をつぶやいた。


「ほんと、ももちゃんにはかなわないなぁ……。ここだけの話だけど、あたしはずーっと前から陸が好き、初恋なの……。でも自分に勇気がないから今は好きだって言えないの……」


 陽菜は観念したのか、ため息をつきながら自分の本当の気持ちを伝えてくれた。顔は真っ赤に熟したトマトのようだ。何この気持ち悪い生物!


 でもそれを聞いたあたいは体の奥底から、ぎゅーっと心臓がつかまれるような、でも温かい気持ちがき出してくるのを感じた。


 陸くんと一緒にいたいという陽菜の気持ち、でもそれはあたいの”好き”とは根本的に違うものらしい。


 あたいの”好き”は群れ(家族)に対する愛情、でも陽菜の”好き”は幼馴染の陸くんに対する深い愛情なのだ。


 ”好き”という気持ちにこれだけ大きな違いがあることをあたいは生まれて初めて知った。でも陽菜の”好き”と違うからといって、それが悔しいということではない。


 なぜならば陽菜の想いは他人である陸くんと一緒にいたい、家族になりたいと思うこと。それは陸くんの家族であるあたいにとっては既に乗り越えたハードルなのだ。


 まぁ、陽菜がどうしても群れ(家族)に入りたいということであれば、家族内順位付けでは新入り第六位(陸くん>お母さん>あたい>結衣>お父さん>陽菜)と最低になるが、あたいは仕方なく受け入れようとは思う。


 そして陽菜の本当の気持ち、好きという想いを理解したあたいは自分のライバル(陸くんを独り占めしたいという一点なのだが)である陽菜と陸くんの双方の想いを実現するため、さっそくヒメ神様に神通力の行使をお願いすることにしたのだった。

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