第五話 みんなで泥棒をつかまえました

 夏も終わり、季節は秋。今は陸くんと結衣ちゃんの兄妹は学校へ行き、昼間は専業主婦であるお母さんとあたいが家族の留守を守っている。


 今日もお母さんの足元でゴロゴロしながら、昼の情報番組を観ていた。言葉を喋る箱は前世にもあったが、今世ではあたいが人間の言葉を理解するのに非常に役立っている。


 生後三か月経過したあたいは、前世のようにはまだ両方のお耳がピンと立っていない。お口も長くなく、麻呂眉と口からあごにかけての部分が白&茶毛っぽく、残りは全て黒毛となっている。


 四つのお足も白&茶毛が混じったソックス仕様で、お腹の毛が生え揃っていないから、おへそが丸見え……。ほんと、恥ずかしいよ。


「ももちゃん、ご飯ですよ」


 台所からカリカリご飯のお皿を持ってお母さんがあたいを呼ぶ。


「ワフゥ(いただきます~~♪)」


 あたいはカリカリご飯を即完食。どうやら弟犬たちと一緒にいた頃、ご飯は早い者勝ちだったので、その癖が残ってしまっているみたい。


 その後はいつも通りお昼寝タイム。子犬は一日だいたい十二時間以上は寝るものらしい。つまり一日の半分は寝ているのだ。


◆◆◆


 夕方に起きたらお母さんはいつものように出かけているようだった。


 もうひと眠りするか……と思い、丸まっていると、突然あたいのが警告音を発した。


 すると玄関からガチャガチャという物音がした。いつものような鍵でドアを開ける音ではなく、無理やりドアの鍵穴をこじ開けるような音だ。これはお昼の情報番組で観た”泥棒”かもしれない。あたいはすぐに玄関へ急行した。


 あたい一人で大丈夫かしら……。でも今はこの家にはあたいしかいない。だったらあたいがこの家を守らないと‼ あたいは覚悟して玄関前でそのまま待機する。


 しばらくすると、ドアが静かに開き、見たことがない作業服のマスク男が顔を覗かせた。どうやら住人が在宅かどうかを確認しているようだ。


「ウーッ! ワンワンワンワン、ワンワンワンワン‼」

 その瞬間、あたいは猛烈に男へ吠えかかる。でも乳歯なので、悪い人でも噛みつくことは出来ない。


 作業服の男は突然足元から犬に吠えられ、いったんはビックリしたようだったが、吠えているのがチビ犬だと分かると安心したのか、あたいを無視して家の中に侵入しようとする。


「ウーッ! ワンワンワンワン、ワンワンワンワン‼」

 あたいは絶対この先には進ませないという覚悟で、さらに吠えかかる。


 すると男は面倒になったのか、あたいを先に捕まえて黙らせようと思ったらしい。いきなりあたいの首根っこを捕まえてブラブラとぶら下げ、ドアを閉めようとした。


 (まずい、このままでは殺されてしまうかも……)

 あたいは今世に生まれてから初めて死を覚悟した。


「あのぉー、どうかしましたか?」


 その時、玄関先から別の男の声がした。この声は管理人さんだ。巡回中にたまたまあたいの吠え声を聞き、何事かと駆けつけたらしい。


「私はこのマンションの管理人です。ところであなたは誰ですか?」

 子犬をぶら下げる、見るからに怪しそうな男に対し、管理人が質問した。


「いやー、この部屋の住人からエアコンの工事を請け負った業者ですよ。この犬が玄関から逃げ出さないように保護しようと思って……」

 とぼけたような声で、作業服の男が答える。


「ワウッ(嘘つけー‼)」

 あたいはそう吠えるが、当然ながら管理人には伝わらない。


「そうですか……では身分を証明するものを提示してください」

 管理人は不審者に対し、いつも通りの対応。


「え、ええっと、あれ、あっ、車の中に置き忘れたかな。ち、ちょっと取ってきますんで……」

 男はあたいを床に降ろすと、そそくさとその場を立ち去ろうとした。


「あの……、うちに何かご用でしょうか?」


 その時、廊下からお母さんの声が聞こえた。玄関の隙間から覗くと両手に大きな買い物袋を持って、えっちらおっちら近づいてくるのが見えた。


 自宅のドアがなぜか開いていて、管理人と知らない男が自宅前に立っていたので驚いているようだった。


「新田さん、こんにちは。実はこの男があなたの家のエアコン工事を請け負っていると言っているんだけど、本当かな?」


 管理人がお母さんへ話しかける。既に怪しい不審者と思っているが、念のため確認するのだろう。


「エアコン工事⁇ いえ、うちはそんなの依頼してませんけど……」

「やっぱりそうですか。ということはあんた、嘘を言ってるね。一体何者なんだ」


 作業服の男は嘘を見破られてついに観念したのか、その場に崩れ落ちた。すぐに管理人が四角い箱を操作し、何やら話し始める。


 ふーっ、やれやれ。あたいも自宅警備犬としての役目を果たせてホッとしたよ。


 その後、犯人は駆けつけた警察官(前世でもこの格好を見たことがある)によって逮捕された。


 帰宅したお父さんへお母さんが話した内容に聞き耳を立てると、どうやら近所でも同様な手口での被害が多発していたので、今回の犯人逮捕で近所のみんなが一安心しているそうだ。


 今日は陸くんをはじめ、家族全員があたいをなでなでしてくれ、あたいの今日の活躍をめたたえてくれた。えへへ、みんなにめられて嬉しいなぁ。


◆◆◆


 その晩あたいが寝始めると、ピコーンという音とメッセージが頭の中に響いた。


「おめでとうございます! あなたのが一つ上がりました」


 どうやら今日の活躍で初めて善行を積むことができたらしい。


 この調子で頑張らないと。あたいはそう決意し、スヤスヤ眠りについた。

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