ファントム
大小様々な劇場の建ち並ぶ、行き交う人も疎らな雨上がりのウエストエンド。演劇の街の、小さな劇場の、その前の通り、濡れたアスファルトの上。ブリティッシュ・グリーンのオースティン・セブン・スワローが水溜まりを跳ねて走り抜ける。白い煙を上げる排気が、十月の冷たい風に褪せていった。通りに面した白亜の劇場には“スリー・ペニー・オペラ”の大きなタペストリーが架けられている。
オースティン・セブンのエンジン音を窓越しに聞きながら、頬を赤く染めた若い使用人はかじかむ指先に息を吹きかけた。そうして、劇場の三階へと続く、石積みの壁に挟まれた階段を彼女は昇ってゆく。手すりのない狭い階段に靴音を響かせながら。黒いお仕着せの墨色のスカートの裾が茶色い床を擦った。
窮屈な階段を上がった突き当たり。彼女は部屋のドアをノックする。
「失礼致します。奥様、平和運動の署名を求める方が見えられていますが……」
彼女の問いかけに、白亜のドアの向こうから苛立った声色が返って来る。
「もうすぐ開演なのよ、追い返して。それから奥様はやめて頂戴。これ、何度目かしら?」
「申し訳ありません、ミランダ様。ですが……」
「エミリー。ここは私の劇場よ。くだらない政治の脚本なんて持ち込まないでと、さっさと伝えて」
「ですが、ミランダ様も……」
「それが何? 早く行きなさいな、愚図」
「すみません! 畏まりました」
慌ただしく階段を駆け下りてゆく使用人の足音を聞きながら、ミランダと呼ばれた女は、何十年も人を恨み続けてきた魔女の様な顔で溜め息をつく。今の世の中は五月蝿くて適わないわ、と……。長い黒髪をまとめていた鼈甲の髪留めを外して、日本土産の赤い櫛へと伸ばした白い指先が、香水の青い小瓶を爪弾く――
第一次世界大戦はイギリスを含めた連合諸国の勝利に幕を閉じたものの、イギリスは百万人近くの将兵を失い、膨れ上がった戦費の回収もままならず、結果的に大きな痛手を負っていた。いち早く産業革命を成し遂げ、世界の中心であった華々しい大英帝国も、これを境に落日の帝国へと落ちぶれてゆく。ヴェルサイユ条約が締結されてから五年、イギリス経済は破産寸前まで追い込まれていた。企業は次々と倒産し、失業率は跳ね上がり、失業者は百万人にまで膨れ上がる。最終的にイギリス国内の労働者の五人に一人が職を失う事態となった。
中でも石炭産業への打撃は凄まじいものだった。しかし、国家は経済に積極的な介入をすべきではないという当時の経済の原則により、イギリス政府は何ひとつとしてこの状況に手を打とうとしなかった。
「石炭産業に生じた事態に何ひとつ責任を持てないのは、メキシコ湾流の流れに責任を持てないのと同じである」
イギリス経済悪化の責任を問われた当時の大蔵大臣ウィンストン・チャーチルは開き直ったかの様に言い放つ。チャーチルのこの発言に対して、マクロ経済学の父ジョン・メイナード・ケインズは激怒し、こう切り捨てた。
「このような言い草は低能の部類に属するものである」
責任の所在をめぐり紛糾する世論の中で市民の生活は困窮する。彼らは僅か四ペニーを握りしめて買い出しに行き、安い羊の肉を買い、その肉を使った水っぽいシチューで三日間を凌いでいた。
低迷する経済状況の打開策としてチャーチルが行った金本位制への復帰も、かつての栄光が消え失せたイギリスにとっては効果があると言えなかった。人々が足元を見て明日への希望を探している間に、株価の大暴落から始まった大恐慌の巨大な波がウォール街から大西洋を超えてこの小さな島国にも押し寄せ、瞬く間に呑み込んで仕舞う。
いつしか工業生産ではアメリカに抜き去られ、イギリスは大恐慌から脱出することができずにいた。貧困と絶望が渦巻いていた先の見えない灰色の時代。その真っ只中だからこそ、人々は娯楽という“ひととき”の鎮痛剤を求めて、劇場へと足を運んだ。かのケインズも演劇を愛した、と謂われる。
先の大戦で夫を亡くし、未亡人となった彼女は、夫の“形見”としてこの小さな劇場を手に入れた。子宝に恵まれなかった夫婦の間には、この劇場しか残らなかった。あの日から――彼女の夫の戦死通知が、神妙な面持ちの役人と共にやって来てから――、二十年が経った。
激動の時代を経て、世界は大きく、そして、残酷に変わった。
チャーチルがその自伝に記したように。
“戦争から煌めきと魔術的な美が遂に奪い去られてしまった。アレキサンダーやシーザー、ナポレオンが兵士たちと共に危険を分かち合い、馬で戦場を駆け抜け、帝国の運命を決する。そんなことは、もう起こり得ない。”
――ホールに響くように、ひとつ、手を叩く。舞台袖の視線が彼女に集まった。
「今日で最終日よ。みんな、しっかりやって頂戴」
「あの、ミランダさん」
彼女に声を掛けたのは、ひとりの青年だった。
「何?」
「次の舞台は僕にセリフをくれませんか? どんなに短いセリフでもいいんです! お願いします」
そう懇願する彼を、ミランダは青い瞳で睨みつける。
「相変わらず下手ね。その品の無いダブリン訛りは何とかならないのかしら」
彼女が黒いドレスの裾を翻して、「このままだとスカート履いてバグパイプを吹くことになるわよ」
「お言葉ですが、それはスコットランドの……」
「それがどうしたと言うの? アイルランドかスコットランドか、そんな違いはどうでもいいわ。ここはロンドンよ」
階段にかけた足を止めて。
「生意気なナショナリズムは捨てなさいな。そんなことを言っているから、いつまで経っても品性の無いお喋りしかできないのよ」
彼女の言葉に、彼は暗い顔で俯くことしかできなかった。そんな彼に背を向け、クスクスと笑い声の響く舞台袖を彼女は降りてゆく。その後ろ姿を黒いお仕着せ姿の使用人のエミリーが追った。
彼女たちの姿が視界から消えたと同時に 大道具を担当する髭面の大男が彼の肩を叩く。
「あんまり気にするなよ、ノル。ミランダだって解ってるさ。もう暫くこっちで生活すれば訛りもとれる」
「ありがとう、ダグ。だけど……」
「まったく、アイルランド人ってやつは、みんなお前みたいに女々しいのか?」
「そんなこと……」
「だろ?」
彼は壁に立てかけられた看板を引っ張りながら、「だったら、そっちを持ってくれ」
「あ、ああ……」
「そうだ。今日は最終日だ。舞台が終わったら飲みにいかないか?」
「まだ飲める歳じゃないよ」
「気にするなよ。こっちじゃスコッチの瓶がおしゃぶりの代わりさ」
「スコットランド人はみんなそうなのか?」
「何なら今度バグパイプの吹き方を教えてやろうか?」
「遠慮するよ」
苦々しく青年は笑った。
変化したものは、経済や政治、戦争の姿だけではない。二十世紀に入ってから芸術や文化も大きく変わる。
十九世紀初頭、芸術の都パリからその端を発した、それまでの慣習的なスタイルや、因襲や、伝統的なパフォーマンスからの乖離を掲げたロマン主義という変革は、瞬く間にパリを席巻し、世界各地の芸術家へと拡大してゆく。その疫病はやがて大流行し、新たな芸術への欲求を掻き立てられた人々は次々に感染した。十九世紀末、セザンヌの“リンゴひとつでパリを驚かせてやる”という言葉から始まった新たな表現への、新たな視点からの、新たな挑戦は、パブロ・ピカソという天才を生み出し、後に全世界を揺るがすロックンロールという一大ジャンルの確立へと繋がる。戦後のロストジェネレーション――失われた時代――の中、サルバドール・ダリや、アーネスト・ヘミングウェイなどの若き才能たちが先導した芸術の分野のみにおいて、そこは魔術的な魅力と、斬新な発想と、危うい均衡が入り混じるレ・ザネ・フォル――狂乱の時代――だったのだ。
鬱屈した戦争のことを忘れるかの様に、人々はラジオから流れるジャズに耳を傾け、演劇を楽しみに劇場の絨毯を歩き、映画館の銀幕に胸踊らせ、トーマス・マンの小説に眉間の皺を寄せた。
しかし、その華々しい時代も大恐慌の荒波に押し流されて仕舞うのだが……。
一方で、世界情勢は緊迫していた。第一次世界大戦の戦後処理を話し合うために開かれたパリ講和会議に於ける、ドイツの支払能力を逸脱した巨額の賠償金、或いはケインズの警告を無視した戦勝国側のエゴに塗れた搾取は、結果としてナチス・ドイツという怪物を生み出して仕舞う。古代ローマの復興を夢見るイタリアの国粋主義者たちから始まったファシズムは、数々の暴虐に彩られた英雄的なテロリズムの末にナチズムを提唱するアドルフ・ヒトラーという独裁者へと帰結した。
スペインではフランコ将軍の率いる右派の反政府軍が、現行政府に対して内戦を始める。この内戦の最中、ある若き報道写真家の撮影した一枚の写真が、世界中でセンセーションを巻き起こした。人民戦線の兵士が頭を撃たれ倒れる瞬間を前方から捉えた、ロバート・キャパの『崩れ落ちる兵士』である。
すべての戦争を終わらせるための戦争。そう呼ばれた第一次世界大戦の終結から僅か二十年。再びヨーロッパに不気味な戦争の足音が響き始めていた。
世界情勢はケインズが著書『平和の経済的帰結』の冒頭で記した通りとなる。
“かくも無自覚でおられるのは、恐らくイギリスにおいてのみである。ヨーロッパ大陸では、今まさに大地が揺れ動いているのであり、何人もその地鳴りに気づかぬ道理はない。”
スリー・ペニー・オペラの最終日は盛況の内に幕を閉じた。その夜、ガス灯の光が淡く漏れる、薄暗いパブの中。カウンターの隅っこで、大道具のダグがビターのグラスを舐めながら隣の若造にぼやく。
「スペインの内戦が飛び火しなきゃいいけどな」
「でも、こっちじゃ平和運動が続いてるだろ」
ノックスはオレンジジュースの瓶の王冠を人差し指で転がしながら。「この前、僕も署名したよ。チェンバレンだって国民の声は無視できないさ」
「そりゃ、イギリス政府はな。だけどお前、イギリス人がどう思ってようがファシストには関係ないさ。ロンドンがゲルニカみたいにならないことを祈ろう」
「ダグは戦争が始まったらどうするのさ?」
「西部戦線の時は……。若い奴はみんな志願して戦争に行ってしまった。あの頃は、みんな戦争に憧れていたのさ。戦争を何か……例えば、ハイキングのようなものだと思っていた。だから、ミランダの旦那も志願した。自分が死ぬなんて、想像してなかっただろう」
――いつか必ず、人は死を迎える。それが定めだからだ。たとえ、それが多くの命を浪費する戦争の中の多くの死のたった一つに過ぎなかった、運命だと思うしかない。しかし、あの戦争で使われた機関銃という代物は、なんと多くの運命を、引き金を絞るその一瞬で吐き出したことだろうか――
彼は、空のグラスを見つめながら訊いた。
「……ノル。お前はどうする。やっぱり志願するのか?」
「もし、そうなったら、するよ」
「お前はアイルランド人だ。行かなくていい戦争もある」
「いいんだ。今、僕はロンドンにいるんだから」
でも……、と昏い声で彼は続けた。「戦争が起きないならそれが一番いいと思う」
「そうだな」
恐らく、これがロンドン市民、否、イギリス国民の総意だったことだろう。この時、イギリス国内で大々的に行われていた平和運動は一千万を超える署名を集めていたのだ。だが、その期待がイギリス海峡を渡ることはなかった。
海の向こうでは暴力的とも言える強硬な右翼思想を掲げたアドルフ・ヒトラー率いる国家社会主義ドイツ労働者党が政権を握り、ドイツは急速な軍備の拡充を推し進めていた。ヒトラーはその見せ掛けの軍事力を盾に、そして、戦争を切り札にして、失った地図を埋めようとした。先ず、ヒトラーはドイツ有数の工業地帯であったラインラントを取り戻す。こうして巨大な工場を取り戻したドイツ経済は、軍備拡充とアウトバーン建設などの公共投資により息を吹き返した。
ドイツの再軍備は、明らかにヴェルサイユ条約に違反していたが、第一次世界大戦以来、軍備の縮小と反戦主義が謳われ、軍事力と戦意を失っていたイギリスは傍観することしかできなかった。しかし、ドイツ軍のラインラント進駐以降、イギリス政府はヒトラーに対して宥和政策を執り続けながらも、徐々にイギリスの再軍備を進めてゆくこととなる。
それは結果として、ケインズの書いた資本主義経済の処方箋の有効性を証明した。自らの集大成として世界に問いかけた著書『雇用・利子及び貨幣の一般理論』である。この本の上梓以降、それまでの自由競争と自由貿易が市場の原則であるという放任型の資本主義が、必ずしも希望的な未来を約束するものとは言えなくなったのだ。資本主義は不完全であるが、適切にコントロールすれば効率的なものにできるはずだ。そう言い続けてきたケインズの主張はここで注目される。
そう、再軍備を通して、労働者の需要が生まれたイギリス経済は回復していった。
“軍備などという無駄な目的で失業問題を解決することが可能ならば、我々は平和という建設的な目標でもこれを解決することが可能なはずだ”
ラジオ演説でケインズはそう語った。
「ミランダ様、紅茶をお持ちしました」
レコードに針を落としていたミランダの背中に、エミリーが声をかけた。彼女はトレイをテーブルに置きながら、「どうぞ、熱いうちに召し上がってください」
「ありがとう。折角だから、一緒にどう?」
「そんな、お邪魔ではないですか?」
「私がいいと言っているのだから、素直に従ったら?」
「は、はい。それでは甘えさせていただきます」
エミリーがティーカップを持って、リビングに戻ると、蓄音機から流れるジャズのリズムに耳を傾けながら、ミランダは葉巻の端を切って吸い口を作っていた。
「次の演目は何にしようかしらね」
「ミランダ様のお好きなものを上演されればいいと思います」
「そうね。でも、次の公演で最後かもしれないもの。どうせなら、最高のものにしたいわ」
「最後って……、どういうことですか?」
「あなた、新聞に目を通してないの? 戦争になれば、役者もいなくなるわ。何人が帰って来られるかも分からない」
「ですが、今日見えられた方々のように、反戦を訴えている方もいらっしゃいますし……」
「ああ、あれね」、とミランダは興味なさそうに窓の外に視線を移す。黒い鏡に映ったのは、絶望とも、達観とも言えない冷たい顔をした魔女だった。
「エミリー。平和運動なんてくだらないわ。イギリス人が何を言おうがドイツ人には聞こえないのよ。ファシストが、戦争をしない道理がないの」
紫煙を吐きながら彼女は続けた。「ニュース映画で見たけれど、ヒトラーの演説は聞くに耐えなかった。粗野で品性の欠片も無い。あれじゃブラックプールの桟橋の上で朝っぱらから踊ってるろくでもない方々の方が随分マシじゃなくて?」
「す、すみません……」
「それに悪人面のチャーチルも気に入らないけれど、バカ面のチェンバレンよりはまともなことを言ってるとは思わない?」
チャーチルは早期からヒトラーの凶暴性を指摘し、ヨーロッパの危機を主張していた。
「わ、私は戦争が起こらなければそれがいいな、と。ただ……」
「そうね。でも、起こるべくして、それは起きるのよ。あの時みたいにね。男たちは、まやかしの冒険譚にそそのかされて、英雄なんてものを夢見て、国のために戦って、死んでゆく。そして、残された者は、“あなたの夫は、息子たちは、兄弟はイギリスの為に死んだ”と慰められる」
白熱電球の光に溶けてゆく葉巻の白い煙を見つめながら、そっとミランダはティーカップに口づけした。
「夫は戦争に行った。私は夫を亡くした。どれほど悲しんだかなんて想像もせずに、人は口だけのお悔みを言った。けれども、今ではその人たちが私に後ろ指を指す。人間なんて、その程度なのよ」
「だから、エミリー。今の内にいい相手を見つけなさいな」
「え?」
「そうすれば、私みたいに遺産が手に入るわよ。私とこんな話をしなくてもいい。好きな音楽を聞いて、好きなものを食べて、自分は使用人にあれこれ命令していればいい」
にこやかにミランダは笑った。
多額の遺産を相続し、未亡人として悠々自適な生活を送っている彼女が、そのことについて皮肉を言われた時の、お得意の返し文句だ。
「私はミランダ様が、そんな方だとは思っていません。本当は……」
彼女は使用人の言葉を遮る。
「ありがとう、エミリー。でもね、人生では時に嫌われ役を演じることも必要なのよ。それが悲しみを癒やしてくれる夜もあるわ。惨めだけれどね」
「承知しています。私はそんなミランダ様をお慕いしております。ですから、私の前ではどうか本音を仰っていただけませんか? 嫌われ役でも時には愚痴を言っても良いし、弱音を吐いたって良いと思います」
「あら。生意気な使用人ね」
「申し訳ありません。ですが、そうでなくてはウエストエンドの魔女ミランダ・トートのメイドは務まりませんので」
魔女の様に、ミランダは高笑いした。
空虚な夜の闇を背にした儚い笑い声は、ジャズの激しい旋律の中へ染み込んでゆく。
“臨時政府を支持するな。すべての権力をソビエトへ!”
後に、神として崇められる一人の革命家が発表した『四月テーゼ』によって始まった十月革命は、世界初の社会主義国の建国へと至る。第一次世界大戦の只中、二月革命によって皇帝ニコライ二世が退位し、臨時政府が発足したばかりのロシアは未だ混迷していた。国民の誰もが戦争の継続を望んでいなかったが、臨時政府はロシアの国際的地位の確保が必要だとし、ドイツとの戦争――東部戦線――を継続したのだ。その失望は民衆だけでなく、兵士たちの反抗までも呼び起こす。彼らを先導したのがロシア革命指導者ウラジーミル・レーニンだった。この年二度目の革命を機に、ロシアはソビエト社会主義共和国連邦と呼ばれる国に生まれ変わる。そして、そこでは壮大な社会実験が行われようとしていた。
社会主義。
安定しない景気と多くの矛盾を抱え、その歪みが限界に達していた資本主義の中からは、国内の経済を政府が全て掌握し管理するというシステムを、ひとつの理想だとする声もあった。事実、多くの知識人がそこに貧困と戦争のないユートピアを空想したのだ。
しかし、その目映いばかりの光は、同時に巨大な影を秘めていた。ロシア人の妻を持ち、レーニンの始めた社会主義の実像を垣間見たケインズはこう述べている。
「まるで信仰する神を変えるかのように、全ての価値観を一変させない限り、ここに自分の理想を見出すことは困難であろう」
人間が本来持っている貨幣愛――お金が欲しいという欲求――は、そう容易く消えるものではない。この欲求を抑圧することは価値観をすべて入れ替えることであり、そのことにどこか宗教じみた不気味さを感じる者もいた。すべての者の瞳に、同じ理想を映すことは叶わないのだ。この光と影を表すかのように、西側諸国での共産主義についての評価は二つに分かれる。レーニン亡き後、後継者としてスターリンがソビエト内部で権力を握り、弾圧と粛清の横行する恐怖政治を展開するようになってからは、その対立が如実に顕れた。
この様な印象は、ナチズムが渦巻いていたドイツ、そして、イタリアについても同様だった。アドルフ・ヒトラー、ベニート・ムッソリーニ、フランシスコ・フランコ、そして、ヨシフ・スターリン。第一次世界大戦から尾を引いていた不安定な政治・経済・社会の情勢は、名だたる独裁者たちを次々と量産する。すべての戦争を終わらせる戦争とは何だったのか。あの膨大な犠牲に何の意味があったのか。人々の中で疑問は広がってゆくばかりであった。
当時、モンロー主義――孤立主義――を掲げ、ヨーロッパの情勢について中立的な立場だったアメリカでは、ナチスやソビエトに対して肯定的な見解を示す者もいた。大西洋横断飛行で名高い英雄チャールズ・リンドバーグが広告塔を務めた孤立主義団体アメリカ・ファーストがその筆頭である。こうした反戦意識が高まるアメリカとは対照的に、ナチス・ドイツによるオーストリア併合、チェコスロバキアのズデーデン地方の獲得など、ヒトラーの野心的な要求を目の当たりにして、イギリスやフランスでは戦争への懸念が募ってゆく。
そして、パリで起きたユダヤ人青年によるドイツ大使館員殺害事件を受けて、ドイツ国内では反ユダヤ主義が火を噴き、多数のユダヤ人商店やユダヤ教の大聖堂が破壊されるという激しい暴動が発生する。その後、この暴力に彩られた夜にはクリスタル・ナハト――水晶の夜――という美しすぎる名前が付けられた。
この時点でヨーロッパでの戦争は避けられないものとなっていた。スエズ運河の向こう、インドを超えた先のシルクロードの果ての極東アジアでも、日本という脅威が欧米列強の植民地へと迫っていた。こうして世界中に緊張が広がってゆく。銃を突きつけて造り出した沈黙は、決して平和とは呼べない。力のある者がエゴイスティックに暴利を貪り弱者を跪かせるという――前時代的で――帝国主義的な思想は、世界中のあらゆる場所に戦争の火種を撒き散らしていた。
彼女もそれを感じていたのだろう。年が明けて直ぐ、ミランダは劇作家のリリアンを自宅のリビングに呼び出した。
「次の公演は『アリバイ』にするわ」
これはアガサ・クリスティの傑作のひとつ『アクロイド殺し』を原作とするミステリー作品だ。原作はジェイムズ・シェパードという信頼できない語り手によって展開される叙述トリックが使われており、当時は大きな話題と、フェア・アンフェア論争を呼んだ。
「でも、アンフェアは入れない。ああいうの嫌いなのよ。それに舞台でわざわざ推理小説ごっこなんてつまらないでしょう?」
リリアンが異議を唱える。
「でも、これはミステリーですよね。しかも、原作はあのトリックがあってこそ評価されていますし……」
「ええ。そうよ。でも、これは愛憎劇なの。それもとびっきりの悲劇。そっちを主軸にしなさいな」
ソファーに埋もれる彼女は葉巻の煙を吐きながら言う。
その目に魔女の様な妖しさを灯らせて。
「魅せるのよ、観客を。ある者は賞賛し、ある者は唖然と驚き、ある者は電撃的な衝撃を受けるでしょう。その顔を想像してご覧なさい」
「は、はい……」
「これまでに見たことのない脚本を。それが今回のオーダーよ」
「出来る限りは、やってみます」
「それと、ノックスにセリフを。何でもいいわ」
「……え。いいんですか」
「ええ。役者は舞台に立ってから伸びるものよ。そろそろ良い時期だわ」
解りました、と答えたリリアンにミランダは原作本を渡す。
お礼を言って去ってゆく彼女の背中を見送りながら、ミランダは灰皿の上に葉巻を置いた。恐らく、彼女には戦争が始まる前に、彼を舞台に上げたいという思いもあったのだろう。戦地に赴いた者が必ず生きて帰って来られるという保証はないのだから。そう、彼女の亡夫のように……。
窓の外には、雨の降る前の様な、重い曇り空が広がっている。
この年の三月の空はあまりにも寒々しかった。
恐らく、これまでの無名時代の芸術家や文豪が、カフェや下宿屋、安酒を出すバルに集って新しい表現について語り合ってきたことに倣って、このウエストエンドの広場に面したカフェも明日の成功を夢見る若く貧乏な才能たちで溢れていた。あちらこちらのテーブルで熱い議論が交わされる。ピカソもダリもヘミングウェイもこのテーブルに座ったことだろう。芸術とは、その論理とは、戦わせてこそ初めて確立できるのかもしれない。誰も傷付けないものに、何も否定できないものに、誰かの心を動かすことは叶わないのだから。
今にも火の点きそうな議論が交わされるカフェの扉を押して、灰色のコートを纏った女性が現れた。
「待った?」
「いえ、さっき来たところです」
ひとり、新聞を片手に耳を尖らせていた彼は、彼女を見て湯気の立つ二杯目のコーヒーカップを持ち上げて見せた。
「そう。早速だけど、これが次の台本」
リリアンが鞄から出した台本を彼は受け取ると、表紙を開いた。
「今度はどんな役ですか? またダグさんの手伝い?」
「人手不足だからそれもしてもらうけど。今回は冒頭で犯人を取り調べる警察官も」
「あれ、セリフがある……」
「ミランダさんが許してくれたのよ」
「本当ですか! でも、何で……。それに……」
「いいじゃない。欲しかったんでしょ」、と彼女は微笑んだ。
「しっかり練習しておいてね」
「は、はい。頑張ります!」
待ちに待った初めてのチャンスだった。
彼は台本を読むと、カフェを飛び出し、郊外の人気のない公園でセリフを読み上げた。
来る日も、来る日も何度も台本に目を通して、自分のセリフを読み上げた。街頭のラジオにも耳を傾けた。昼間はレストランで皿を洗い、夜遅くまでセリフの練習を行って、下宿へと帰宅する。そんな生活を続けていた。
寒空の下、凍えながら彼はドアを開けた。
「失礼。夜分遅くに申し訳ありません。ジェイムズ・シェパード医師はご在宅でしょうか」
「全然ダメね」
客先から大きな溜め息が聞こえた。舞台上の空気が凍りつく。苛立った顔で、ミランダが彼を睨みつけた。
「ノル。この後、少し残りなさいな」
「は、はい……。すみません」
肩を落とす彼を、仲間たちは憐れみと同情の視線で迎えた。
「もう一回」
「失礼。夜分遅くに申し訳ありません。ジェイムズ・シェパード医師はご在宅でしょうか」
「ダメね」
ノックスとミランダが同時に溜め息を吐く。その様子を見かねたエミリーが、二人に声をかけた。
「あの、ミランダ様。少し休憩されてはいかがですか? 紅茶をお持ちいたしました」
「……そうね。ノルも降りていらっしゃいな」
「は、はい。ありがとうございます。ご馳走になります」
客席に座って、ノックスは自分が立つことになる舞台を見上げた。客席から見上げる舞台は、彼にとって途轍もなく大きく、途方もなく遠い。隣の席にはミランダが座り、葉巻を蒸かしている。白い吐息が、薄暗い天井へと霞んでいった。
「ノル。あなたはどうするの?」
「志願しますよ」
「戦争の話はいいの。これからのこと。夢があってロンドンに出てきたのでしょう?」
「僕は、アメリカに行きたいんです。そこで、映画スターになるのが夢です」
「映画、ね……」
「お嫌いですか?」
「そうね。嫌いだわ。あれは不完全な芸術だもの」
「どうしてですか? ヒッチコックもチャップリンも本当におもしろいじゃないですか」
ミランダが昏い声で笑う。
「二人ともイギリス人じゃない。確かに、映画は可能性の塊だわ。フィルムひとつでどこでも劇場にできる。これからの芸術は映画が先導してゆくのでしょうね」
でも――、と彼女は続けた。その瞳に劇場の闇を映して。
「その土台にあるものを消してはいけないの。絵画、演劇、音楽、写真、小説……。どれが欠けても映画はできないのよ」
芸術に進化はない。変化があるだけだ。かのピカソもそう言った。
「何か、僕なんかが……」
「気にすることはないわ。あなたがスターになれば私も映画を観に行くもの。彼に演技の指導をしたのは私よ、私の劇場で育ったのよって、みんなに自慢できるから」
「何だ。そういうことですか」
「あなたは顔立ちも良いし背も高いわ。きっと、良い俳優になれるでしょうね。映画でも舞台でも」
「そう、ですか?」
「英語が話せたらね」
「努力します……」
「けれど、あなたは素敵よ。私がもう少し若かったら、あなたの夢に寄り添いたいくらい」
「ミランダさんは今でも綺麗ですよ。とても魅力的だと思います」
「それで失敗した女に、二度目はないの」
「どんなに恋をしても、新たな恋を前に人は誤ちを犯す」
「あなたにしてはマセた言葉ね」
楽しそうに話す二人の後ろ姿を見つめながら、エミリーは昏い声で何か呟いて、その場所から立ち去った。羽音の様なスカートの擦れる音だけが幽かに聞こえた。
“我々の前にドイツは広がる。我々と共にドイツは動く。我々の後ろに全ドイツが従う。”
独裁者はゆっくりと、しかし力強く演台への階段を上がった。彼の攻撃的な演説と、強硬な政治姿勢は月を追うごとに激しくなってゆく。ドイツ語を話す全ての者が、大ドイツ国の下で暮らすべきだ。そう唱えるヒトラーと、ハーケンクロイツを掲げた灰色の軍隊は、周辺国を次々と占領した。そして、ドイツ・ポーランド不可侵条約の破棄を一方的にヒトラーが宣言し、ナチス上層部のテーブルは一気に戦争推進へと傾く。
この時、年末には戦争が開始されるのではないか、という予想がイギリスを始めとする西側諸国では囁かれていた。しかし、その危機感はウエストエンドにはなかった。少なくともこの瞬間は。
幕が閉じ、歓声と拍手に包まれるホールの中、黒いドレスを纏った魔女が深紅の絨毯の上を歩む。その傍らにエミリーを伴って。
スポットライトが彼女を照らす。
「今この瞬間が、これまでで最高の舞台だわ」
初夏の風が吹き抜ける頃、『アリバイ』は客を集めていた。
映画関係者も観劇に来るほどの評判だった。ウエストエンドの一角の小さな劇場は連日賑わいを見せ、追加公演も決まる。そして、脚本家のリリアンには、映画の脚本を手がける機会が廻ってきた。その報せを聞いたミランダは大喜びだった。
喜びながらも戸惑うリリアンにミランダが声をかける。
「引き受けなさいな」
突然のことで困惑するリリアンに万年筆を手渡して、ミランダは彼女を母親の様に抱きしめた。
「きっと、良い映画になるわ」
「ありがとうございます。私、必ず成功します」
「ノルも、よく頑張ったわね」
「ミランダさん……」
感激に震える彼の肩を、ダグが笑いながら叩いた。
ある三月の朝。二階の窓から外の群衆を眺めて、怪訝な顔をして、エミリーが口を開く。
「また来てますよ、ミランダさん」
溜息をついて、「国が戦争を迎えようとするときに演劇とは何事かって人たち」
ミランダが高く嗤う。
「世の中には本当にどうでもいいことを大真面目に主張する稀有な方々が存在しているの。けれども、私達が彼らの主張を受け入れたら、何もできない世の中になってしまうわ」
ウエストエンドに魔女の噂が戻って来た。人々は彼女をそう讃えた。
しかし、八月、ドイツとソ連の間で独ソ不可侵条約が締結され、世界に衝撃が走る。その前年にドイツ、イタリア、イギリス、フランスの間で行われたミュンヘン会談は早くも意味を失った。この会談の際、ヒトラーとイギリス首相チェンバレンが調印した協定文書はただの紙切れと化して仕舞う。チェコスロバキアへのドイツの進駐を認める代わりに、ドイツはこれ以上の領土要求を行わない。このチェコスロバキアの犠牲も、人々の平和を願う声も、一発の砲声に掻き消された。
独ソ不可侵条約締結直後の、一九三九年九月一日午前五時三十五分、ドイツ軍がポーランドへと侵攻。当時、ポーランドにバルト海への道を開けるため、ドイツの領土は本国とダンツィヒ地方とで分割されていた。自身が“ヴェルサイユ条約の醜い落とし子”と呼んだこのダンツィヒ回廊の消滅をヒトラーは決意したのだ。ポーランド侵攻の二日後にイギリスとフランスがドイツに宣戦布告し、第二次世界大戦が幕を開けた。
しかし、イギリス・フランス両国はポーランドへ援軍を送ることはせず、この侵略を傍観していた。イギリスもフランスも“まやかしの戦争”をしただけで、ポーランドを見捨てたのだった。この動きを見て、ドイツの侵攻と同時期に、ソビエトもポーランドへと軍を進める。その結果、僅か四週間でポーランドは世界地図から消えた。このポーランド侵攻作戦の成功は、従来の――塹壕の中で寒さに震えながら――ひたすら睨み合うという戦争を過去にする。
戦車を主体とした地上部隊を敵陣深く切り込ませ、その頭上を航空機が守り、空と地上から同時に攻勢を仕掛けて、瞬く間に敵を包囲し叩き潰す。そして、敵の輸送路を遮断し、爆撃機によって軍事施設を空爆し、戦争の続行を不可能にする。第一次大戦末期に生まれ、エーリッヒ・フォン・マンシュタインによって形にされたこの新しい戦術をヒトラーは電撃戦――ブリッツクリーグ――と呼んだ。
この電撃戦を武器に、ヒトラーが次の標的に選んだのはノルウェーだった。資源の殆どを輸入に頼っていたドイツは、その多くが経由される港と航路を守らねばならなかった。ノルウェーの港が封鎖され、バルト海への入り口が閉じると、ドイツの産業は大打撃を受ける。それは連合国の目にも明らかだった。
十一月の寒空の下。静かに、この戦争は始まる。
そして、多くの若者が戦争へと駆り立てられた。
二十五年前、第一次世界大戦に出征する夫を見送った同じ駅にミランダは立った。あの時のように、ライフルに花を飾って戦地へと赴く兵士の姿はなかった。あの時の大歓声もない。今の彼らの手には、花も、銃さえも握られていない。再会を願って。彼らは家族や恋人と静かに別れの挨拶を交わしていた。
「わざわざ見送りなんて、ありがとうございます。ミランダさん」
背広姿で、車窓から身を乗り出すノックスに、エミリーが封筒と便箋を渡す。
「あの、これは……」
「切手は自分で買いなさい」
ミランダは彼に横顔だけを見せて。「手紙くらい、書く時間はあるでしょう?」
「はい。忘れないようにします」
「ノル。キスを」
「え?」
「最後かもしれないから」
ノックスがミランダの華奢な肩を抱き寄せた。ミランダが踵を上げる。
背後で汽笛が鳴った。白い煙は、青空に溶けてゆく。段々と小さくなって仕舞う列車を、魔女はずっと見つめていた。
「エミリー、ノルから手紙は来てなかった?」
いつの間にか、それがミランダの毎日の口癖になっていた。
「いえ。ありません」
「まったく……」
重い溜め息を吐いて。「アイルランド人っていうのは、みんなこうなのかしら?」
「まあまあ、お忙しいんだと思います」
エミリーは苦笑した。
これだから待つのは嫌いなの、と再び溜め息をついて、ミランダは紅茶のカップにキスをする。彼ならきっと大丈夫です、と笑ってエミリーは箒を手にリビングへと向かった。そして、誰も居ないことを確認して暖炉の前に立つと、一通の手紙を火の中に投げ入れた。手紙を灰へと変える焔は、エミリーの昏い瞳の中で赤く燃えていた。薪の爆ぜる音が、石造りの壁に反響する。
一際大きく、薪が爆ぜた。
ロッテルダムが燃えていた。
一九四〇年五月十日、ナチス・ドイツがベルギーとオランダに侵攻。これを受けて、連合軍はベルギーに増援を送る。しかし、同時にドイツ軍はアルデンヌの森を超えてフランスに侵攻していた。ベルギーの救援に向かった連合軍は包囲され、ドイツ軍の展開する電撃戦の前に敗走する。そして、遂に、ヒトラーはエッフェル塔を手に入れた。ヴェルサイユ条約でドイツが味わった屈辱を、ヒトラーが存分に晴らしていた時、絶望と恐怖がロンドンを覆っていた。ワルシャワとロッテルダムを焼き払ったヒトラーが次に手を伸ばすのは、ヨーロッパで唯一ヒトラーに抵抗するイギリスだった。
暗鬱とした不安を移したような曇り空がロンドンの空を覆う。そんなある日、戦地から送られてきた一通の手紙がポストに舞い込む。
しかし、その手紙が開封されることはなかった。
甲高い音を立てて、銀色のスプーンが床の上に転がる。
「ずっと、お慕いしておりました」
テーブルの上のスープが湯気を立てていた。椅子から崩れ落ちたウエストエンドの魔女をエミリーが見つめる。その眠れる様な白い顔を見つめていた彼女の白い頬を涙が伝った。
「許されないことだと、何度も自分に言い聞かせました」
――けれど、私はこの苦しみに勝てませんでした。いつの間にか、魔女に恋をしていたのでしょう。孤独で、美しく、冷たい、魔女の肖像に。
「でも、貴女は変わってしまいました。私のように、孤独ではなくなってしまいました。そう、あの人が帰って来たら、私のいる理由がなくなってしまいます。そんなの耐えられないから……。だから、こうするより他になかったのです」
エミリーはミランダの化粧箱を開けて、魔女の唇に真っ赤なルージュを施す。眉を描いて、青いアイシャドーをのせた。
「どうか、我儘な私をお許しください」
エミリーは自らの唇にも口紅を刺すと、青い小瓶を赤い口元に運び、そっと口づけする。魔女の匂いがした。そして、白い薬包紙を開き、飲み下した。ゆっくりと、冷たい床の上に頽れた彼女が、最後に伸ばした指先はミランダの細い指を掴んだ。
昏い瞳が、ゆっくりと閉じられた。遠くに、鳥の囀りが聞こえた――
鮮やかな欲望が入り混じるこの世界は、時代という名の怪人に呆気なく、華麗に翻弄される。いつの時代も、その本来の姿は幻影に包まれているのだろう。ロンドンを覆う白い霧の様な、或いは、裏側を見せることのない劇場の様な、横顔だけの幻影に。
その幻想は、憎しみに心を奪われた怪人でさえも魅せられて仕舞うくらい、美しい。
Phantom
――ウエストエンドの魔女
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