ヨモツヒラサカ

Scene.072

 ヨモツヒラサカ


 辺りは漆黒に塗られ、暗闇に浮かぶ月が白い。まるで、闇がぱっくりと口を開けているかの様な十六夜の月。其処を生温い風が吹き抜ける。ふわり、と単衣の袖を揺らす風。静寂を纏った闇の中、女は佇んでいた。

「其方が行くと申すのならば、私は一晩で千の命を殺める為に世を怨もう」

 女の怨恨に充ちた眼が睨む先は、目の前の男の背。その瞳からは涙が滴る。ポタリ、と白い頬を伝い、水滴は黒に溶けていった。月光に艶めく髪が闇に光る。頽れるシャレコウベ。

 男が後ろを振り返る事なく眺める月。その白は冷たく残忍。脇に咲く梅の花。風に花片が舞う、ひとひら、ふたひら……。

「貴女が一晩で千の命を殺めると申すなら、私は一晩で千五百の命を生む為に生きよう」

 黄泉比良の坂に交わした契り、貴女は今でも覚えていますか?


 これにて、了。

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