美醜の底

Scene.071

 美醜の底


 嵐の次の日。開店して間もなく、彼は現れた。期待を両手いっぱいに抱えたような顔で。厭な予感がした。

「来週の土曜日。あいてるかな?」

「どうしたの?」

「デートに行こう。ブラックプールに」

「どうして?」

 魚介類が食べたいんだ。フォションのアールグレイにレモンを絞りながら、彼はそう答えた。何でも、昨日、暗い海の底へと沈没した客船には、たくさんの人が乗っていた。遺体の回収さえもままならない場所だ。あの海域で獲れる魚介類を扱う店を知っている。ブラックプールにあるのさ。

「ねえ、それ、私も食べるの?」

「君も興味があるだろう? 人間の死体を啄ばんだ蟹の爪が、白い皿の上で色鮮やかな野菜に彩られる。その味は、どうなのだろう」

 銀色のスプーンをくるくると回しながら、彼は笑った。


 これにて、了。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る