スピードの神に恋した男

Scene.023

 スピードの神に恋した男


 病院のベッドの上でその老人は語りかける。

「ユタ州のボンネビルって片田舎に、ただっ広い干上がった塩湖がある」

 別名をボンネビル・ソルトフラッツ。一切の凹凸が無い真っ白な地面が何マイルも続くそこは、世界最高の路面だった。愛車は一九二〇年製のインディアン・スカウト。

 スロットルを解き放ち、白亜の大地を滑走する。排気熱で左脚が焦げそうだったが、その時は最高の気分だった。

「だが、挑戦することに意義があったのだとしたら、語られるべきは成功でなく、その過程だ」

 トップスピードに到達するためには加速が必要だからさ。

 今日は旅のことを話そう。何せ地球を半周もしたんだからな。

 白い天井を見上げて、彼は笑った。

 人の一生なんて——


 これにて、了。

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