カノン

Scene.021

 カノン


「君に好きだというのが、怖かったんだ」

 仲が良いのは、みんな知ってるから。

 そう言って、彼は謝った。狡い、と思った。断る理由なんて、なかったのに。土砂降りの雨の中で、真っ赤な傘を叩く雨音。激しく踊る雨粒。波の音も掻き消して仕舞う、雨の音。一番きれいに人の声が聞こえる空間は、雨の日の傘の中だという。余計に狡いと思った。

 けれど、踏み出せなかったのはお互い様。

 だから、私は傘を投げ捨てて。そのまま飛び込んだ。この心臓の音も、嬉し涙も、雨が誤魔化してくれると思ったから。思い出はびしょ濡れだけれど。でも、そうでもしないと踏み出す勇気なんて、いつまで経っても持てなかっただろう。

 さあ、ほら、あたたかい場所へ。

 雨粒が、落ちる。


 これにて、了。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る