VOL.15 氾濫の原因、それは……

 広い空間、その広い入り口を塞いでいる巨大な氷塊。これはエリーが魔法で作ったものだ。それをエリーに壊してもらう事にした。

 どうやって砕くのかと興味深く見てみると、ただの小さなボウリング程度の石を作り出しそのまま氷塊の真ん中へ向けて射出した。

 するとどうだろう。そのまま突き抜けていき、ぽっかりとボウリング大の穴が綺麗に開き向こう側が見えるではないか。

 ピキピキとその穴から氷塊全体にヒビが入っていき綺麗で透き通っていた氷塊が真っ白く染まる。もうヒビの入るところがないだろうと思われた次の瞬間……


 あの巨大だった氷塊が一瞬にして砕け散った。大きな氷片は1つもなく、すべてが小さく粉々になっており、その氷片が上から爛々(らんらん)と降ってくる。その光景はまるで幻想の世界へ一瞬にして入り込んだかのような景色となっていた。

 だがそんな幻想はすぐに終わる。入り口の向こうからは薄汚い声をあげ、醜い足音を鳴らしながらこちらへ一直線で掛けてくる者達が居た。

 そう、ゴブリンとオークの集団である。


「人がせっかく綺麗な光景を見ていたというのに無粋な奴らだな」

「ええ。せっかく綺麗に演出しようとして美しくなりましたのに、情緒というのが分かっていませんね」


 俺もエリーも美しかった景色をぶち壊され、一片の慈悲もなく目の前の敵を消す事を選んだ。

 それは痛めて苦しませるだとか無駄な事はしない。自分がいつ死んだのか、この世に存在したのかさえも分からないほど一瞬で消し去る事にした。


 部屋の真ん中にいた俺達だが、すでに向こうの入り口を抜けてこの広い空間に入ってきている魔物は数十を超え数百匹は優にいるだろう。だが無粋な声や足音に情緒を壊されてからすぐに魔力を溜めていた。

 そして一足先にエリーがその魔力を解放する。


「行きなさい。《フレイム・サーペント》」


 エリーのそのたった一言の呟きで、この空間全体を飲み込んでしまうかと思われるほどの巨大な炎の蛇が現れ、この空間に入っていた魔物を根こそぎ燃やし尽くすだけでなく、その入り口の向こうまでも焼き尽くしに消えていった。

 一瞬でそれを成す様は、まるで1匹の巨大な炎の竜のように見えるほどだ。

 残されたのは俺達二人に消し炭になった数百という魔物だった塵だけ。他には何もなくなってしまった。


「そんなに魔力を使って大丈夫か?」

「ええ、かまいません。今のはかなり魔力を込めましたので、きっと相当深くまで敵を焼いてくれると思います。それにアレがありますので」

「そうか。あまりアテにするなよ。ではさっさと行こうではないか。ここに居ても焦げ臭いだけだしな」

「はい。ではまいりましょう」


 地面に散乱する黒い塵を踏みつけ潰しながら、ゴブリン共が入ってきた出入り口の向こう側へ行く事にする。

 広い空間の出入り口を抜け先を歩いていくが、物の見事に綺麗に焼き払われて生きている者など1匹も見当たらない状態になっていた。随分と魔力を込めたようだ。

 だがその使った魔力も今は見る見るうちに回復しているようだ。エリーも人外に染まってきている様で何よりだな。俺だけが化け物の道を行っているわけじゃないと思うと自然と笑みがこぼれだす。


「ここからは俺が先頭を切って行こう。エリーは魔力を使いすぎる」

「ではお任せいたします」


 これからの戦闘を素直に俺に譲るエリー。俺が何をするのか見たいのだろうが、大したことはしない。これから先どの程度、魔物共がいるのか分からないので極少量の魔力で最大の戦火を上げるだけだ。

 それから数分も歩いて行き、ようやく魔物共が見えてきた。

 エリーよ……どれだけの威力を放ったんだ。随分退屈だったぞ。


「ようやく敵が出てきたな。どれ、俺が手本を見せてやろう」

「ええ。魔力を込めすぎました。これでは暇で仕方ないですね。これからはもう少し考えます」


 迷宮の地下深くでの会話としては何かおかしい会話になっているが、まぁいい。敵が出てきたことでようやく歩く以外の行動が出来る。少ない魔力で敵を抹殺していこう。


「先が分からないんだ。魔力の節約を最優先するにはこれが打って付けだな」


 《アース・ショットガン》


 この魔法を使っただけで数十匹はいたゴブリン共が一斉に体中に穴を開け、絶命していった。その間、音が鳴り終わる前に目の前の敵すべてが死んでいるといった状況だ。


 ――アース・ショットガン―― 魔力を極少量使うだけで甚大な戦火を上げる事が出来る魔法。

 これはボウリングの玉ほどの大きさの土の塊をダイヤモンド並に硬くし、それをコルク状にする。そして所々に穴の隙間をあけた弾丸だ。

 そしてその弾丸の後ろを火魔法や風魔法を使って一気に破裂させれば、その弾丸は見事に弾け飛びショットガンのようにいくつもの小さな玉になって飛んでいくといった魔法になっている。

 そしてその小さな玉はちょっとやそっとの事では止まる事無く魔物を貫いて行き、最後には迷宮の壁にめり込み見えなくなるまで進んでから止まる事だろう。

 これの最大の特徴は、とても少量の魔力で済み、なおかつ威力が甚大な物になっているため、こういった雑魚敵の大群や洞窟のように入り組んだ作りには連射も可能のため、重宝できる魔法なのだ。


「道が長く直線であれば他の魔法もいいが、入り組んでいるならこの魔法を連射したほうが魔力効率がいいだろう」

「そうですね。これならいくら雑魚敵が来た所で魔力回復の方が消費より早いかもしれません」


 そう。特別難しい事をする魔法でもない為にいくら連射しようが、自然に魔力を回復する速度の方が早いのだ。これなら3日3晩打ち続けても魔力が減る事はない。

 これを使い敵がいい感じに溜まってきたら一掃し、また溜まってきたら一掃する、といった行動を数十分ほど繰り返した。だが敵は途切れる事無く延々と溢れてきていた。


「いい加減飽きてきたな。なぜこれほどのゴブリンとオークが溢れかえっているんだ?」

「おそらくですが、何者かが少ない魔力で生み出せるゴブリンやオークを作っているのか、それとも召喚しているのか……そこら辺が妥当ではないでしょうか?」

「この階層も入り組んでいるからな。直線が長ければ簡単に殲滅出来るが、こうも曲がりくねっているとフレイム・サーペントのような意思のある強力な魔法でしか一気に片付けられないのは面倒でもあるな」

「そうですね。こうもダラダラと敵が湧き出すのは想定してませんでした。ハリスの魔力消費を抑えた戦法をしていなければ、どこかでジャンク達のように魔力を空にしていたかもしれませんね」


 きっとジャンク達もエリーと同じように少しの群れだと思っていたのだろう。なので魔力をあまり節約する事無く使っていた。だがいつまで経っても終わる事のない魔物の出現で、最後には撤退するしかなくなったという所だ。

 そういう点ではエリーの魔力回復がいくら早かろうがフレイム・サーペントのような莫大な魔力を使う魔法を乱発していたら、いくら大量に倒すからと言っても魔力回復が追いつかずどこかで休む羽目になっていた事だろう。その時にもし、運悪く強敵が来たら目も当てられない。

 先分からないならいくら不完全燃焼でストレスが溜まろうが、きっちりと安全策を練っていった方がいいだろう。今回は俺の考えが当たっていたという事だ。

 だが……


「さすがにストレスが溜まって不愉快だな」

「ええ、そうですね。私もただ付いて歩くだけというのはとても暇になってきました」

「だがここで魔力を多大に消費して、俺達が弱った所で強敵が来たら後悔で死んでしまいそうになる。終わりまで魔力節約で行くぞ」

「はい。それは心得ています」


 そう離している間にも敵は止め処なく溢れてくる。もはや数千匹は倒しているのではないだろうか? それほどの数を入り組んだ迷宮の1本道の通路で倒すというのもある意味貴重な経験なのだが、この世界に来て一番のストレスを感じているのもまた事実。いい加減終わりがどこにあるのか知りたいものだ。


 アース・ショットガンの弾丸を最初は1つ1つ作っていたが、今では自分の周りに30発は作っておいて5発を切るとまた一気に30発ほど作りるといった事をしていた。

 そうして俺が飽きてエリーが代わりにやろうかとなった時にようやく道が長い直線になった。


「風が来ましたね。この先が1階層下へ行ける階段になりそうです」

「ようやくか。だがこの魔物共はまさか階段の下から来ているというわけではないだろうな?」

「考えられそうですが、おそらくここら辺に原因がありそうですね。ハリス、少し弾丸を下さい」


 エリーの要望に素直にアース・ショットガンの弾丸をすべて渡してやる。するとエリーは弾丸を一直線にくっ付けて並べ始めた。

 俺は興味深く見ていると、その一番後ろの弾丸に空気を圧縮した塊を近づけ、一気にその圧縮を解き放った。


「弾けなさい 《エア・プレッシャーミリオン》」


 エリーの魔法が俺のアース・ショットガンの弾丸に触れた瞬間にすべての空気が吹き飛ばされたかのような突風が通路全体を襲う。

 その強烈な突風により弾け飛んだ弾丸は一直線に通路の前方に居る魔物全てを遅い、それだけでなく弾丸に襲われ突風にも襲われ、通路の端の壁に皆一様に叩きつけられていき、魔物のタワーが出来上がっていった。

 それを自分に風の防御膜を張りながら見届けた。後には風が穏やかに吹いているのみで俺達以外に動いている者は全く居ない状態だ。


「随分と過激なことをする」

「はい。ですがハリスの言うように魔力は微々たるものしか使ってませんよ」

「確かにな」


 俺は、フッと笑うとエリーもどこか楽しそうに微笑む。どうやらエリーのストレスも少しは発散されたようで何よりだ。


「さて、では原因を探ってみるか。これが1階層下から来ている事は勘弁願いたいな」

「そうですね。そうなったら違う迷宮に行きましょう」


 随分切り替えの早いエリー。だが俺はここを攻略したくなってきたので、どうかここに原因がある事を願いたい。

 そうして魔物が一番端の壁に張り付きタワーになっているので何かする手間を必要なく原因究明を楽に進められる事にエリーに心の中で感謝しつつ、辺りを捜索してみた。

 すると小さな、本当に小さな魔力乱れが見えた。


「あそこに何かありそうだな」

「あそこに? ……ええ、魔力の流れがおかしいですね」


 常人では気づかないようなほんの僅かな魔力乱れ。それを突き止めた俺はゆっくりと警戒しながら一番端にある階段付近の壁の中を調べる事にした。

 すると壁を掘るとその壁の土はあとから付け足された物だと分かり、周囲の土と違う部分を掘り進めると、そこには小さな魔方陣が形成されていた。


「なんだこれは?」

「…………。 これは魔物生成の魔方陣ですね。それもとても高度に出来ています。今の文明にこれほど高度な魔方陣はないはずです」


 どうやら先ほどのエリーの憶測が当たっていたようだ。やはり何者かが弱い魔物を作り出していたという事か。それに現在には存在しないほど高度な魔方陣。一体誰が作ったのか。しかしなぜゴブリン等という雑魚を大量に作ったんだ? こんな弱い魔物を作ったところで、少し強い冒険者なら簡単に殲滅出来るだろうに……と、脳内の警鐘に従い俺は一気に後ろに飛び退った。

 その瞬間、体に激痛が走り肩と共に右腕が切り飛ばされていた。俺は瞬時に状況を把握する為に痛覚を遮断し、視覚と聴覚をフルに稼動する。

 すると……


「おいおい。なにやってくれちゃってんの~? そろそろゴブリン共で満杯になってると思って見に来たのによ~」


 さっきまで俺がいた場所に一人の人間らしき物がいた。その姿は浅黒い素肌に全身に真っ黒な紋様が入っており、魔力のオーラのような物が全身から隈無くあふれ出ているように感じられる。


「あれは……まさか魔人が関わっているとは思いませんでした」

「知っているのかエリー?」


 俺は右肩から先を体内の液体金属を操作して再生させており、普段どおりの姿に戻っていた。


「おいおいおい。まさか人間じゃねぇとはな。再生にしても奇妙すぎるだろ。それにそっちの女、おまえ俺のこと魔人だって良く分かったな? 俺達は数千年は姿を隠していたはずだけどなぁ。人間というのは伝承がうまいな」


 人間じゃねぇって言葉を否定しようとするのを飲み込み、あいつがいう魔人とやらの説明をエリーに促す。


 ――魔人、それは数千年前に全世界を破壊し破滅させようとしていた者達の事です――

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