VOL.14 奇妙な氾濫
ふと異変に気づいた。それは1つのリトル・ドミネーターからだった。
「どうしました?」
「いや、ジャンクと言ったか? あいつらが戻ってくるようだ。随分騒がしいらしく声が聞き取りにくいから何が起きたかは分からないが、どうやら危険な状態らしいな」
「彼らは上位の冒険者ですが、それでも対応しきれない事態が起きたのでしょうか?」
「どうだろうな。だが準備はしといた方が良い。きっと5人だけじゃない筈だ」
俺の言葉から数十秒も経たずに地響きを感じ、それが音としても聞こえてきた。これは多くの生き物の足音が地響きとなっているのだとすぐに分かった。
「何かの大群に追われているのでしょうか?」
「ああ、多分な。だからジャンク達もその数に対処しきれずに、そいつらを引き連れて戻ってきているのだろう」
「傍迷惑(はためいわく)ですね。どうせなら違う所へ行ってくれればいいのに」
「まぁ一本道か俺達を当てにしてるのかも知れんな。まぁ迷惑極まりないが」
互いに嫌味が口を付いて出るが仕方ないだろう。しかし何が起きたのか。それをきちんと把握しなければこちらも危なくなる。きっと大群が来るだろうからジャンク達5人がこの空間に入ってきたら入り口となる場所を閉じてしまおう。
「エリー。ジャンク達がこの空間に入ってきたら入り口を閉じろ。閉じ方は何でもいい」
「了解しました」
そう言って入り口を閉じさせる事にした。どうやって閉じるかはエリーに任せ、俺は何が起きているのか把握する為にジャンクにつけたリトル・ドミネーターに意識を向ける。
「おい! なんだこいつら!? 数が一向に減らねぇ! それどころか増えてやがる!」
「もう魔力がないわよ! どうするの? このまま戻っても誰も居なかったらどうしようもないわよ!?」
「みんな諦めるな! きっと戻れば何とかなる! 今は諦めずに逃げる事に専念するんだ!」
「も……もう、魔力がないです。疲労も限界です」
会話らしい会話はジャンクら四人(・・)の冒険者の声だけでその周りや後ろからはギャーギャーキーキーといった声らしからぬ音、そして無数の足音しか聞こえない。
やはり魔物の大群に追われてるのだろう。ならきっとこの無数の魔物の大群を引き連れてこの空間に入ってくるだろう。やはり戦闘の準備をしておかなければならないだろうな。
「エリー。もうすぐでジャンク達が来る。どうやら無数の魔物の大群に追われてるようだな」
「迷宮でそんなに大群が出ますかね? まさか氾濫が起きたのでしょうか? ……それにしてもこんな深い階層で氾濫が起こるなんてありえませんね」
「なんだ? 氾濫というのは?」
「氾濫というのは……」
どうやら一般的には大氾濫と呼ばれ、迷宮で数十年に1度起こるかどうかの災害らしい。理由はよく分かっていないようだが、魔力が溜まりすぎた為に魔物が一気に増えてしまい迷宮の外へ出てくる事を言うようだ。
しかし過去の記録を見ても氾濫というのは浅い階層、つまり弱い魔物が溢れる事がほとんどで、深い階層、強い敵が増えるにはあり得ないほどの魔力が溜まらないと増えない為に深い階層で氾濫が起こる事はまずないというのがこの世界の常識だそうだ。
ではこの無数の数はそのあり得ない事が起こったと言う事か? などと考えを巡らせているとエリーが魔力を溜め始めた。
「ハリス。そろそろ来ますよ。ジャンク達が入ってきたら入り口を閉じます」
「ああ、まかせた。何が起こったかはジャンク達に聞けばいいだろう。まずは大群をここに入れないようにしないとな」
別にジャンク達を助けたい訳ではない。単純に何が起きたのか知りたいのと、この空間に入ってくるなら大群をどうにかしなければこちらにも被害が降りかかってくる為にやるのだ。
まったく……上位の冒険者と言っても大した事がないんだなと呆れてしまうが今はやるべき事をやろう。
「来ました。入り口を閉じます」
エリーがそう告げるとジャンク達が死に物狂いでこの部屋に雪崩れ込んできた。もちろん後ろには大群の魔物を引き連れて。
「お~い! 逃げろ!! 魔物の大群が発生した! 対処しきれねぇ程だ!」
「お願い! 逃げて! 地上に行って助けを呼んできて!!」
ジャンク達は俺達に逃げて、地上から助けを呼んで欲しいらしい。だがおまえらのすぐ後ろに魔物の大群がいるのにどうやって逃げて地上に行けというのだろう? 矛盾した言葉に少し思考が奪われるがエリーは構わず魔法を唱えた。
「閉じなさい 《ブロック・オブ・アイス》」
ジャンク達がこの部屋に入った瞬間に1つの巨大な氷塊が一瞬にして出現し、密閉したように隙間なく入り口を閉じてしまった。
ジャンクの後ろには数匹の魔物がくっ付いて来たが、それ以外の魔物は氷塊の中に氷漬けにされたり氷の壁に阻まれて部屋に入れないでいる様子が見て取れる。何故見れるかというと、あり得ないほどの透明度を誇る氷だからだ。なので氷の向こう側がはっきりと見ることが出来る。その光景は魔物が魔物を踏み潰し上に上りそれを繰り返す。そして次第にその山は高くなり天井にぶつかるほど高く積み上げられた。だがそれでも後ろからの大群の雪崩は止まる事がないのだろう。次第に前に居た魔物が潰れて血が溢れ、透明で透き通っていた氷が真っ赤に染まり、あちら側で何が起きているのかが見えなくなってしまった。
その様子を見ているとジャンク達も部屋に入ってきた数匹の魔物を倒し、一緒になって氷塊の向こう側の様子を呆然と荒い息を吐きながら見ていた。
「な……なんだこれは?」
「こ、こんな巨大な氷を一瞬で??」
ん? 魔物が潰れる様子ではなく高さ20mはあろう入り口を一気に氷で閉ざした事に驚いて見ていたのか?
「少し魔物が入ってしまいましたか。まだまだですね」
エリーはエリーで魔物が入ってきてしまった事に少し反省しているようだ。なんだか各々思う事がバラバラだなと感じながらジャンク達に話しかけていく。
「またすぐに会ったなジャンク。何が起きたんだ?」
「お、おい! なんだこの氷は!?」
走ってきたからかアドレナリンMAXの状態から少しも覚めずにこちらに食って掛かってくる。ほんと喧しい事この上ないな。
「いいから落ち着け。この氷はエリーの魔法だ。それで? 何が起きた?」
「魔法っつったってこんなばかでけー氷を一瞬でだと!? しかも無詠唱でこれだけの氷を作り出し――へぶら!!」
一人でベラベラと捲くし立てて煩いのでアッパーカットをかまし黙らせた。20m近くあろう天井にぶつかりそうになりながら落ちてくるジャンクを無視し他の奴らに話を聞くことにした。
「で? 何が起きた?」
「………… えっ? えぇと…… はっ!? ジャンクが飛んだ!!」
ちょっと前にジャンクを杖で殴っていた女も話にならなそうなのでまともそうな男へ話を振ってみた。
「えぇと、とりあえず助けて貰ってありがとう。いやほんと危なかったよ」
「お礼はいいからなにが起きたか知りたい」
「そうだね。ただ僕達も何が起きたかは把握し切れてないんだ」
パーティーリーダーをしているというジェイドという男の息が整うのを待ち、話をするまでゆっくりと待った。
話をする頃にはジャンク以外の2人の女達も落ち着きを取り戻し、話をジェイドと共にしてくれるようだ。
ちなみにジャンクは瀕死の重傷を負っているようでヒクヒクしながら地面に横たわっている――が、誰一人として助けようとしないのはなんというか、自分でぶっ飛ばしといてなんだが、可哀想な奴だ。
「僕達が始めに遭遇したのは1匹のゴブリンだったんだ」
最初にゴブリンらしき物を見たときは見間違いだと思ったらしい。なぜかというとこんな深い階層にゴブリンという雑魚モンスターがいるわけがないと思ったからだ。しかし現実に目の前にいる。そこで思ったのは、ゴブリンや雑魚モンスターに化けた強敵やゴブリンを召喚する魔物かと思ったらしい。
だがそういったこともなく、単純にゴブリンが1匹いただけのようで、さくっと倒したようだ。ところが先に進んでいくと1匹、また1匹とゴブリンが出てきた。そして強敵に混ざって雑魚敵が出るのは珍しく、何か変だなと感じていると今度はオークが出てきた。その数も最初は1匹2匹と少数だったのだが、次第に増えていき、倒していると気づいた頃には止め処なく湧いてきて、後続が途切れる事無くこちらに大群となって押し寄せて来ていたという。
そしてその危機を悟ったジェイドは逃げようと指示したのだが、脳筋のジャンクが逃げるのは男じゃねぇとかなんとか言ってその場に留まり倒し続けていた。仕方なく他の4人も留まって魔物を倒していたがゴブリンやオークを数十匹、数百匹倒してもまだまだ溢れてくる光景を目の当たりにし、ジャンクもようやく自分じゃ対処できないと感じて逃げる事にしたようだ。
そしてその際、男3人女2人の5人パーティーだったのだが、シーフをしていた男が飛んできた槍を足に食らい、ジェイドが助ける間もなくゴブリン共の大群の中の飲み込まれ何も出来ずにここまで逃げてきたらしい。
話しているうちに熱くなってきたのか、床にぶっ倒れているジャンクを3人が睨みつけていた。介抱してやることもなく床に放置しているのもそういう感情があったからか。だがもう遅い話だ。
結局1人の馬鹿によってパーティー全体に危害が及ぶ典型のような話だな。それでいて力が強いってんだからほんといい迷惑だ。
「なるほどな。しかしなぜゴブリンやオークといった雑魚共がそんなに湧いたのかわからないのか」
「ああ。大氾濫には1度出合った事はあるが、ゴブリンやオークだけでなく様々な魔物が増殖していた。だが今回はゴブリンとオークだけが特に多い。しかもこんな深い階層でだ。何かが起きているかもしれない」
「様々な魔物が増えるのが氾濫ね。だが今回はゴブリンやオークといった醜い魔物だけと。しかもその何かが分かっていないか」
肝心の部分が分からないが、事の顛末は大体分かった。 だが1つ分からない事がある。
「何が起きたかは大体分かったが1つだけ。こっちに戻ってきて俺達にかち合っただろ? 俺達に地上に行けというのはどうやって地上に届けるつもりだったんだ?」
「それはこのアイテムで地上に行ってもらうつもりだった」
そういって見せてきたのは小さいが綺麗な両翼をモチーフにしたペンダントらしき物だ。初めて見たな。これはどんなものだ?
「これはとても貴重な物で、迷宮の中で使うと地上の入り口に一瞬で戻れるマジックアイテムだ。これを君達に渡して地上から助けを呼んでほしかったんだ」
「ほう。そんな物があったのか。エリーは知っていたか?」
「はい。そういう物があるとは聞いた事はありますが、見たのは初めてですね」
「そうだろうね。これはほんとに貴重で滅多に市場に出回らないんだ。僕達もたまたまこの前、違う迷宮で手に入れた物だよ」
「なら自分達で使えば仲間が死なずに済んだんじゃないか?」
「それは出来ない。じゃないと君達、しいてはこの階層から上にいるすべての冒険者に危機を知らせることが出来ないからだ。これは僕達上位の冒険者の義務みたいなものでね。自分達の危機だからと逃げて他の冒険者に迷惑を掛けるとギルドから追放されることもある。だから逃げる事は出来なかったんだ」
なるほど。馬鹿な正義感だけじゃなく、ギルドでそういう風に定められているのか。強さだけじゃなく心も高貴になれと……。大したものだ。それでいて仲間を失う事になっても守るとは、俺には出来なそうな心意気だ。
「それを使って俺達を地上に戻そうという事はわかった。なら現状を確認するか」
「そうだね。とりあえず僕達4人はもう力のほとんどを使い果たした状態だ。体力も魔力ももう残り少ないよ。正直ここに来れるとも思ってなかったから……」
「なるほど。一人は死に、一人は瀕死(俺がやったとは言わない)。そしてジェイドら3人も力尽きそうだと」
なら話は早いな。ジェイドら3人は何か考えているようだが何を悩む必要があるのだろうか? エリーも俺の考えと同じだと頷いている。ならばさっさと済ませよう。エリーの魔法はただの馬鹿でかい氷を出しただけだ。いつまで持つかわからんからな。
「ならその羽のペンダントはお前達が使えばいい」
「それは出来ない。これは僕達が最初に遭遇してしまった事。出来れば君達2人に地上に戻って救援を呼んで来てほしい」
うすうす感じていたがこいつは結構正義感が強いな。ギルドの義務かと思ったがこいつ自身も相当ヒーロー気質なのだろう。だが面倒事は嫌いだ。だが決まっている事をいつまでもうだうだやっているのも大嫌いだ。
「1度しか言わない。お前らが帰れ。正直に言ってやる。俺達はこのまま進む。お前らがいつまでもここに居られると邪魔なんだ」
「な・何を言ってるんだ! 冗談を言ってる場合じゃないぞ! あの氷の向こうには魔物が数千、いや数万はいるかもしれないんだぞ!?」
「そうよ! やめさない! 私達でも無理なのよ? あなた達は2人じゃない! 死ににいくようなものよ!」
「ただのでかい氷を出しただけで驚いていた奴らがよく言う。力差はそれだけで分かろうもんだ」
「し、しかし……いや、やっぱりだめだ! ここは君達が地上に戻っ――なにをす――」
うだうだとやり取りをしているのにストレスが頂点に達し、面倒になった俺は使い方が分からないが、羽を模(かたど)ったペンダントを奪いジェイドに投げつけた。
するとペンダントは一瞬光ったかと思うとジェイドら4人を光が包み一瞬にしてこの空間から消し去った。きっと地上に一瞬で戻っていったのだろう。
「確証はなかったが少しの魔力を通して衝撃を与えると効果が発動するんだな。しかもパーティー全員にといった所か」
「そうですね。もし1人だけだったら面倒でしたけどパーティー全体に効果があるなら良かったですね。もしかすると離れてますが死んだであろうパーティーメンバーも地上に行っていたり?」
「それはそれで死んでたら悲惨だな。まぁ知ったことではないが」
どうするかはとうに決まっているのに時間を取られるのはそれこそ死にたがりだけだ。今は時間が命なのにうだうだと馬鹿みたいに正義感を振りかざすとは……呆れて物も言えんな。
とりあえず邪魔者は去った。ならばあとはすべき事をしようではないか。
「エリー。とりあえずこの氾濫の原因を突き止めるぞ。出なければ最下層へは行けないからな」
「ええ。これ以上進めないとなるとこの迷宮の攻略は出来ませんからね。さっさと原因を究明しましょう」
この会話が馬鹿の骨頂なのだろうと自覚しているが、たかがゴブリンやオーク如きに目的を奪われるわけにはいかない。さっさと突破してしまおう。
エリーに合図を送り、入り口を塞いでいる巨大な氷塊を砕いてもらう事にする。
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