VOL.13 迷宮と上位冒険者との小さな邂逅

 早速、宿を取り、荷物などはアイテムボックスかマジックポーチに入れているので、そのまま迷宮を目指して歩いていく。

 すると冒険者らしき人影が多くなってきた。そろそろ迷宮に着きそうだ。


「まず迷宮に入ったら様子見するか」

「様子見ですか?」

「ああ。敵の強さもそうだが、他の冒険者がどの程度か見てみないとな」


 ちゃんと強いやつがいるかどうか確認しなければならない。そしてここでの冒険者の平均的な強さも確認したい。


「とりあえず行ってみるか。そろそろ着くだろう」

「はい。ハリスは加減が下手ですから私が攻撃を担当します」


 言ってくれるなと思いながら事実なので無言で頷くしかない。どうも加減が苦手でどうしても力が入ってしまう。


 ――原因はわかっている…… そう、怖いのだ。 死ぬのが ――


 意識をしてはいない。だが無意識のうちにあの暗闇の牢獄に戻るのを忌避しているのだろう。なのでどんな相手でもどれだけ雑魚でも1撃で、瞬時に反撃も許さず確実に仕留めなければ気がすまないのだ。

 こういった理由もあり手加減をすると万が一仕留めきれなくて反撃を食らい死んでしまったら……きっと後悔で1万年は何もできない事だろう。そうならない為にももっともっと強くなりたい。強くならなければいけないと思い込んでいるのだろう。

 だがそれでもいいと思っている。油断するよりはマシだ。だが周りが見えなくなるのも問題なのでそこまで思いつめないように適度な緊張感でいたいものだな。


「通行証を見せてくれ」


 男の声にハッと我に返る。どうやらもう迷宮の入り口に来ていたようだ。さっそく思いつめていたようなので気持ちを切り替えていく。

 ところで通行証とはなんだ……?


「はい、どうぞ」


 エリーを見てみるときちんと2つのカードのようなチケットのような物を見せていた。

 エリー、いつの間にそんなものを持っていたのだ? 疑問に思いながらも中に入ってから聞こうと黙っていると、入り口の門を潜ったら、すぐにエリーから答えてきた。

 最近こちらの事が読まれている気がする。面白くないぞ。


「これは銀貨1枚で買える迷宮の通行証です。先ほど露店で買いました」

「露店なんかで売ってたのか。そもそも通行証などいるとは、面倒な迷宮だな」

「それは仕方ないですよ。子供が入れないようにしたりする為の物ですから」

「迷宮は誰でも入れるわけじゃないのか」

「ええ。どうせ入っても死ぬだけの存在なんて邪魔以外の何者でもないですから」


 少々きついがきっちり正論を述べてくるエリー。確かにその通りだが子供も迷宮で小遣いか生活費を稼ぎたいだろうに。まぁこの迷宮は結構レベルが高いようなので子供は入らないほうがいいか。

 そうして歩いていると通路を抜ける。するといきなり壁がきちんとした煉瓦のような物からただの土に変わった。


「ここからが迷宮の始まりになるのでしょう」

「なんだ、まだ迷宮の中じゃなかったのか」

「今までのは迷宮に入りやすくする為に設置した入り口でしょう」


 通りで敵も一切出てこないわけだ。これからが本番と言う事で少し気を引き締めていくか。



 と思っていたのだが……


「なんだこれは」

「なんだこれはと言われましても。1階なんてこの程度ですよ」

「おまえは知っていたのか?」

「もちろんです。何回か来た事ありますから」


 気合を入れていたのに出てくるのはつい先刻に戦ったワイバーンの亜種よりも数百倍よわい雑魚ばかり。そして冒険者もそれらに苦戦はしないまでも傷つけられる弱者ばかりだ。ほんとにここは世界でも有数の実力者が集まる迷宮都市なのか? 疑問が湧くが今は仕方ない。さっさと階を下るしかないか。


「では転移石でも使いますか」

「なんだそれは?」

「はい。一度行った事のある階層まで転移できます。私は54階まで行った事があるのでそこまで行きましょう」

「54階か。ここは何階層まであるんだ?」

「それは分かっておりません。誰も最下層に着いた事がないのです。今のところ一番深くまで潜れた階層は101階と言われております」

「そうか。ではさっさとそこまで降りて行くか」

「そうですね。敵と戦うのは面倒ですので階段を一直線に目指してさっさと降りましょう」


 あまりのかったるさに冒険者の強さを見るのを放置しさっさと下に降りる事にした。結局は下に行かなければ強い者がいないだろうから、ここに居ても意味がない。ならば時間を無駄にする事もないだろう。


 さっそく54階へ転移石を使い転移し、一気に魔物の様相も変わった。

 1階はダンゴ虫のようなちっちゃなアリやムカデといった踏み潰せば終わるような雑魚ばかりだった。

 だが54階は違った。弾丸のような速度で突っ込んでくる飛蝗や地面を溶かすほど強力な酸を吐き出す巨大な蛙、小さいがその外皮はダイヤモンドよりも硬く数十万という群れで行動する蟹、そして一番厄介かもしれないのが空飛ぶカンディルとでもいうべき鯰(なまず)だろう。


 この魔物共なら以前のエリー達が撤退したのも頷けるな。


「ここまで来れたのはどのくらいいるのだ?」

「そうですね。多分ですが100組くらいはいるのではないでしょうか」

「そうか。なら数百人は居るという事だな。意外と少ないな」

「そうでもないですよ。私のランクが最低でもそのくらい居るという事ですから、まだまだ上に人が居る証拠です」


 世界中から集まってその程度ならこの世界の上級というのもその程度の人数だろうと思う。ならばやはり少なく感じるな。なぜなら……


「しかしこうも簡単なのは腑に落ちませんね」

「なにがだ?」

「以前来た時の記憶は死に物狂いで逃げた記憶なのですが、今は傷一つ付かずに平然と歩いているのがなんとも言えない気持ちにさせられます」


 そう。この程度の魔物共では俺達に傷一つ付けられないのだ。魔物が来る前に簡単に居場所が分かり、相手が気づく前に瞬殺する。万が一気づいても攻撃される前に瞬殺。

 一度試しに攻撃を食らってみたのだが、ミスリルの俺の体には傷は付かず、エリーは普通の人間なので食らうことはせず、ただ避ける事に集中してみた。すると数十万はいるダイヤモンドより硬い小さな蟹達ですら攻撃を当てる事は出来なかった。

 この程度の魔物共の所ですら来る事が出来ないとは、あまりこの世界は強くないのでは? という疑問が浮かび上がってくる。


 だがエリーに言わせるとそれだけ俺達が強くなりすぎたという事らしい。そりゃあれだけの金属を体内に取り入れれば強くもなるかと納得するが、やはりまだまだ自分の強さを感じ足りないのだ。

 ならば深く、もっと深く。歴代でも最高の深さ、102階まで行こうではないか。それも今日中に。


 そう思い、風魔法と土魔法を使い、風の抜ける穴や振動を駆使し最短で階段を見つけ、さっさと下に下りていく。

 敵も様々な変化を見せるが強さにそこまで変化は見られない。ただ種類が違っているだけに見える。


 地形も変わり砂漠、湿地帯、水中、銀世界などなど、様々な変化を見せる。が、やはり俺達には苦にもならずに突き進んでいく。

 たまに冒険者に会うが皆一様にどこかしらに重い怪我を負っている。その表情は狂気が宿っているか、どこか苦しそうにしている。そんな中、俺たちは涼しげな顔で下の階層に降りていくので、冒険者共は俺達を見ると顔が凍ったようになり、何か化け物を見たような顔になる。


「失礼な奴らだなどいつもこいつも」

「それは仕方ないかと。ここまで来るのに怪我を負わない人間はいないでしょうからね」

「いるではないか。ここに」

「ハリスは人間とは言えるのでしょうか……」

「ではエリーは人間だろう」

「ええ。では言い換えましょう。怪我を負わない人間は滅多(・・)にいないでしょうからね」

「言い換えても奴らの視線は変わらん。全く人を化け物みたいに……」


 エリーが呆れた視線を向けるが良く分からん。俺は化け物ではないぞ。まだ……な。

 そんな事はどうでもいいのでさっさと下を目指す。そして本当の強者に会いたいものだな。そして知りたい。この世界に俺を殺せる者がどの程度強いのかを。


「そんなに気にしなくても大丈夫ですよ。ハリスはこの世界でもトップクラスの実力を持っています。そんな簡単に死にません」


 エリーがそんな気休めを言ってくれる。だが強い奴を見た事がない俺にはまだ判断が付かない。これから見られるだろうが、やはり注意していきたい所だ。

 ……と、思っていたところに比較的開けた場所が現れた。そこは途轍もなく広い場所で高さが15mや20mはあろう場所だ。横幅も小さなスタジアムくらいはあるかもしれない。

 そしてそこに行ってみると1組の冒険者達がいた。

 こいつらは強い。そう一目で分かる風貌をしていた。何故分かるかといえば、顔に余裕があり装備などもとても高価であろう物をしており、何より目立つ傷が少ないのが証拠だ。

 今まであった冒険者たちは、どこかしら疲れた表情だったり目立つ傷が幾つもあった。だがこいつらは違う。そういったものを持ち合わせておらずどこかギラギラした顔をしてる奴も居る。男女混合の5名の冒険者達だ。


「あいつら強いな」

「ええ。きっとトップクラスの冒険者でしょう」

「エリーの本気が見れる程度か?」

「いえ。5人程度じゃまだですね」


 平然と言ってのけるエリーに頼もしさを感じもする。だが俺には1+1が2にならないと感じているので、さすがに少しは苦戦しそうだと思うのだが、微塵も緊張をせず言うのだから本当なのだろうな。


「先に使ってるぜ」


 あちらもこっちに気づいたのか話しかけてきた。もう出かける準備をしていたので入れ違いになりそうだが、律儀にも話しかけてきた。自信がたっぷりある喋り方をする。やはり強者というのは自信がないやつには勤まらんのだろう。


「ここは誰のものでもないのだろう? なら自由に使ってくれ」

「ああ。俺たちはもう行くからあんたらも好きに使いな」


 そうお互いに言い合うと俺はゆっくり地面に座る。エリーも俺に次いで座っていく。そこでいかにも前衛職であろう大柄の男がこちらに近寄ってきた。


「俺はジャンクという。お前は?」

「俺はハリスだ。何か用か?」

「いや、お前は強いと思ってな。こんな所に女と2人で来れるとは。只者じゃねぇ」

「あんたらもたった5人で来れてるじゃないか。似たようなもんだろう」

「いいや。5人と2人じゃワケが違う。それに傷らしい傷もなしだ。お前何者だ? 魔族の類じゃねぇだろうな?」


 何を言うかと思えば魔族とは……。こいつ所謂、脳筋という奴だろうか? アホすぎるな。あまり関わっても良いことなさそうだ。


「魔族じゃねぇってのは分かるがそれに近いだろう? 俺の勘は良く当たるん――あいて!?――」

「馬鹿なこと言ってるんじゃないの全く……。ごめんなさいね。こいつほんとに馬鹿なのよ」


 大柄の男の仲間が勢い良く持っていた杖で頭を叩き付けた。パカンって良い音がこの空間に響き渡り、後ろにいる3人もまたかという顔でこちらを見ている。どうやら日常的に色々と因縁を吹っかける迷惑極まりない奴のようだ。こういう奴が強いと周りが苦労する典型のようなパーティーだな。


「何すんだ! 俺はこいつがだな――痛いって! やめろ!」

「はいはい、馬鹿なこと言ってないでもう行くよ。遅れて一人で死んでも知らないよ」

「おい! 待てって! おいって!」


 先ほど杖で殴った女がもう一発殴りそのまま歩き出した。先に居たパーティーの一芝居が始まり、そして勝手に終わりこの開けた空間から去っていってしまった。


「何がしたかったんだ?」

「さぁ……ただの馬鹿だったのでしょうか?」

「どうだろうな。だが魔族の類ね。どう思う?」

「私には分かりませんよ。そもそもハリスはこの世界の人間じゃありませんからね」

「まぁそうだな。変な奴に絡まれたとでも思うしかあるまい。だがあいつの鎧の中にリトル・ドミネーターを仕込んどいた。何か分かるだろう」

「いつの間に…… そういう所はさすがですね」

「そういう所とはどういう所だ」


 エリーはアイテムボックスから飲み物を取り出し静かに飲んでいく。俺の話を華麗にスルーしやがった。全く、段々と俺への対応が雑になっていくな。

 仕方ないのでここで少しだけ休む事にしてさっきのジャンクだかのパーティーと鉢合わせないように時間を置いてから先に行くことにした。

 そしてあまり疲れていなかったが、しばらく時間が経つのを待ち、そろそろ行こうかと思ったところでジャンクに取り付けたリトル・ドミネーターから異変が起きたのを感知した。

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