VOL.7 ミスリル人間誕生。そして属性魔法習得

 陽が沈み、そしてまた昇る頃、ゆっくりと両の眼(まなこ)が色を認識する。

 ゆっくりと意識が深層から引き戻されていき、瞳に映る景色を理解し始める。


「どうやら成功したようだな…… あれからどのくらい経ったのだ?」


 誰に問うたわけでもないのだが声に出していた。 ……と、やはり傍に居たのであろうエリーが俺の問いに答える。


「はい、金属融合を始めてから3日ほど経っております」

「そうか…… そんなに経っていたか。どうだ、変わった事はなかったか?」

「はい。 ……いいえ、一つだけ。 融合成功おめでとうございます。全身に魔力が満ち満ちております」


 どうやらエリーにも融合が成功したという事が分かるようだ。そうか、魔力がきちんと全身に行き渡っているか。という事は全身隈無く融合が行われたという証。

 もはや俺の体は人間であった時とは異なり、すべて作り変えられたといえるだろう。

 その確認作業を一つ一つしていく事にしよう。ようやくこれから俺の長い長い旅が始まるのだな。

 よく3日も集中してやれたものだ。



       ――――――――――――――――――――――――――――



 遡る事3日前、金属融合を開始する。

 200kgととてつもなく重いミスリルを床に置き、それに両の手を当て目を瞑る。

 初めはインゴットの塊が個別になっていたが商会の人間にまとめてくれとお願いして、今ではとても重くそれなりに大きな一塊(ひとかたまり)のインゴットとなっている。

 それをゆっくりと右手から融合させていく。

 左手ではまだ生身の手なので融合出来ない。なので先に金属融合していた右手から始めるのだ。

 ゆっくりと触っているミスリルを体に取り込むように吸収していき、そのまま左手の方へ動かしていく。そして左手を、まずは皮膚から作り変えていく。そうすれば左手からもミスリルを取り込むことが出来る。

 両の手で取り込むことが出来る為、ゆっくりではあるが順調に皮膚から骨、そして筋組織などに融合させていく。

 右腕を1度融合させた事があるため、左手はすぐに作り変えることが出来た。

 だが難しかったのは内蔵だ。よく絵などに出てくる物は形が分かる。だが隠れて見えない部分が大変苦労した。


 胃の奥にある膵臓(すいぞう)や腎臓(じんぞう)の隣にある副腎(ふくじん)、脾臓(ひぞう)、胆嚢(たんのう)、精嚢(せいのう)、前立腺(ぜんりつせん)、三焦(さんしょう)等など。


 見たこともほとんど無い臓器がたくさん有り、ゆっくりと傷つかないように、そして拒絶反応が起きないように細心の注意を払いながら確実に融合させていく。

 他にも筋や腱なども自分の体を小さく動かしながら確認しつつの作業をしていった。

 

 だが一番苦労したのは頭部になるだろう。眼球は失敗すれば一生光を見ることが出来ず、脳を失敗すればこの世から去る可能性が非常に高い。

 大胆かつ慎重になんてことは一切無く、精神をすり減らしながら細心の注意を払い、ゆっくりゆっくり、だが確実に融合を進めていく。

 脳を作り変えるのはどうするか考えたが、これは魔力で解決する事にした。

 人間はなぜ記憶できるのか。それは細胞に記録しているからだ。では細胞以外に記録は出来ないのか? それは否。

 地球という世界には様々な物に記録しているではないか。昔で言うなら磁気テープ、現代で言うならHDDやSSDであろうか。

  頭の中にあった情報は膨大だが、いまや全身で記録できるような物だ。一度全身に記録をしバックアップを取っておく。そして脳を慎重に作り変え、再び脳に記録を写していく。

 一度記録をすればやり方も分かり、少ない場所で大量の情報を記録する事が出来た。人間は間隔記憶・短期記憶・長期記憶と、記憶の仕方によって記憶できる時間が存在する。だがこのやり方であれば外からの何がしかの影響が無い限り永遠に記録できるだろう。


 こうして脳までも作り変える事に成功したが、もし万が一体が死んでしまったら俺はどうなるのだろうか……? それが分かるまでは絶対に死ぬわけには行かない。なのでこの体を死なないように作り変えるのが次の目標になるだろう。今現在は死ぬかどうか分からない。多分死ぬだろう。

 だがこれで全身をミスリルに作り変えられたことによって死ぬ可能性が一気に減った。ならばもっと情報を集め様々な実験を行い、絶対死ぬ事のないようにしていこう。

 そして俺が誰なのかを見つけ出さねば……



       ――――――――――――――――――――――――――――



「無事に金属融合が出来たおかげで魔力が簡単に扱えるようになった。ならば次にやる事は魔法を覚える事だな」

「ええ、その体ならば私の魔力を軽々と超えています。なのでかなり上位の魔法も扱えるかと」

「それは僥倖だ。ならば今は食事を取るか。この体で取れるか分からんが」

「はい、さっそく用意させます」


 そうして運ばれてきた食事を食べてみるが、問題なく食べられるようだ。だが栄養というよりも魔力を取っている感覚がある。きっとこの体は栄養素よりも魔力の方が必要となるようだ。しかし栄養が全く取れないと言ったわけではなく、あくまで魔力の方が取り込みやすいという事だろう。

 であれば、魔力を外から吸収できれば食事を必要としないという事でもある。これでひとつ生き永らえる事が出来る条件が出来たな。正直、食事が一番の問題だろう。旅をすれば食事が一番の悩み所だ。

 マジックポーチがあるとはいえ、長い間どこかに閉じこもる事もあるだろう。そういう時には栄養が無ければ弱ってしまい、いざという時、力が出ないだろう。だが魔力であれば空気と同じように大気中に沢山ある。これはいい体になったと思わず頬が緩む。


「いかがですか?」

「ああ、食事は普通に取れる。だが魔力だけでも生きる事が出来そうだ」

「それは素晴らしいです。毒物や食中毒で死ぬ事もなくなったということでしょうか」

「ああ、だが完全に取らないという事でもないから、対策は練っておかないとな」

「はい、命あっての物種(ものだね)ですからね」


 魔力だけに頼らず、対策をきちんと用意しておき、いざという時に備える。もう死ぬ事は御免だ。ようやく自由に動けるチャンスを手に入れたのだ。以前に手に入れた体は生きるので精一杯であった。今回は生きるだけでなく様々な事をしていこう。そしてその先に俺の存在意義を知ることが出来れば…… そう思いながら食事を片付けていく。


「さっそく魔法を試してみるか。どこかで訓練できる場所はあるか?」

「ん~、そうですね……。あまり人がいない所が良いでしょうからね。 ……また鉱山とか行きますか?」

「鉱山か…… 確かにあそこは人がいないな。だがあまりに遠すぎないか?」

「確かに遠いのはありますが、確実に他人に見られず、多少の無茶をしても大丈夫だと思いますので、最適な場所かと」

「ん~…… どうするか」


 結局、良い案は浮かばず、遠いがまた鉱山へ行く事に決定した。ただ今回は依頼は受けずに行こうと思う。また鉱山の外周を周らなければいけないし、まだ以前受けた薬草採取の依頼が終わっていない。一応それなりに数を集めたが、使える薬草は自分達で持つことにしたので依頼で渡せる量が少なくなったので、また取って来る事にする。


「では決まった所でさっそく行くか」

「はい。ちょうど牛車も動き出す頃でしょう。ですが休まなくても行けますか?」

「ああ、どうせ移動で半日掛かるのだ。牛車の中で寝る事にする」

「分かりました。では行きましょう」


 こうしてヘンテコな生き物の牛車に乗り、再び鉱山へと赴くのだった。


 着いた時にはもう陽が暮れそうだ。しかしガタガタと乗り心地は最悪だったが3日3晩ずっと融合に費やしていた為、1度起きた程度でぐっすりと寝る事が出来た。今からでも全力で動けそうなくらい回復している。


「ではまた最下層に行きますか?」

「そうだな。 ……最下層かその近くに開けた場所があればいいが、見つけ出せるか?」

「なら以前、私が宝石や金属を取ったところがありますね。周りの壁を補強だけして穴は埋めてないのでそこがかなり開(ひら)けた場所になっております」

「ではそこへ案内してくれ。その場所で魔法の訓練をしよう」

「はい。ではまた穴を掘って進みましょう。5分程度で付けるかと思います」


 またあの方法か。ほんとに大した物だ。かなり深いはずなのだが簡単な事のように言ってくれる。俺もそれを覚えたい物だな。

 そしてエリーの案内で着いた場所は大きな穴というには随分と大きすぎる空間が広がっていた。


「エリーよ。 ……これは穴ではなく巨大な空間ではないか」

「そうですね。改めてみるとかなり広く掘ってしまったようです」


 広さは縦も横も軽々と百メートル以上あるだろう。だが反省も何もしていないかのように言うエリーに苦笑しつつ、しかしこの空間ならばかなり無茶な魔法を使っても大丈夫だろうと期待しながら訓練を開始していくのである。






「えっと…… え~、、、 使えないようですね」


 エリーのこの言葉に思わず膝が折れる。

 ここ5日ほど魔法を使おうと試してみるが、大きな進歩はなかった。理由は魔力を操作してみるが属性の魔法を使う事が出来なかった。色々な仮説を立ててみるが対して効果が無く、とりあえず原因が分かるまでは体内で魔力を駆使する魔法を優先的に使えるようにしたのだ。

 主に使えるのは今のところ2つだけ。身体強化(フィジカルブースト)と外皮硬化(ハードスキン)の2つだ。

 エリーが使うブースト・アップは他人にも掛ける事が出来る魔法だ。だが身体強化は自分にしか使えない。魔力を外に放出するわけではないからだ。

 だが今のところはこれだけ使えればまだマシだと思っている。

 しかし…… 使いたかったなぁ魔法……とガックリしていると不意にある事が頭に思い浮かぶ。


「エリーよ、属性を持った金属と言うのはないのか?」

「え……? ああ! あります! 確かこの鉱山で取れるはずです!」


 エリーと出会いというか過ごした中で一番の大きな声をあげたエリー。おまえ、そんなにでかい声出たんだな……なんて思いながらエリーの言う金属を取りに行く事にした。

 それはこの鉱山で取れる金属、4種類の事だ。

 名前はそれぞれファイアプラチニウム、アクアチタン、エアマーキュリー、サンダージルコニウムというらしい。

 これは金属その物に属性の物質が自然と付与されていて、この金属に魔力を通すとその金属の持っている属性の魔力に変化するという物だ。


 とりあえず俺の仮説が正しければこれらの金属を融合出来れば、俺は属性魔法を使う事が出来るかもしれない。そしてエリーのいう事もそれを裏付ける物となっている。


 この世界の生き物は何故、属性魔法を使う事が出来るのか? それは生まれながらに体の中の遺伝子に、自分に適正のある属性の組織が組み込まれているとの事。なので親が両方共に火属性だけしか使えない場合は、その子供も火属性のみの場合が多いという。

 ではあらゆる属性持ちを掛け合わせて見ては? と思うが、それだと自然と弱い属性が消えていってしまい、すべての属性を扱える者は生まれないという。なので複数の属性をきちんと扱えるかどうかは運次第だという。そして稀に全種類使える者がいるが、これも突然変異みたいな物らしい。


 それから俺たちは丸1日掛けて全ての金属を見つけ出した。量で言えば数キロ程度だ。だが見つかっただけ良かっただろう。ではさっそく4種類すべてを体に取り込み始める。


「もうすんなりと金属と融合出来るようになったな。だがもっと早くして行きたい所だ」

「お見事です。これできっと属性魔法を扱えると思います」


 先ほどの属性金属4種すべてを体全体に満遍なく行き渡らせたので、体のどこからでも属性魔法を使えるだろうと期待して、まずは基本となるファイア、ウォーター、ブリーズ、エレクトリックをそれぞれ試して行く事にする。


 結果から言うととんでもない威力だという事だ。壁にぶち当たった魔法がその壁を粉々に破壊し、ぽっかりと巨大な穴が開いている。それが4箇所だ。

 まずあの程度の金属量ではあの威力は絶対に出ないという。本来なら拳程度の火の玉が出るのがせいぜいだろうと。

 なので、きっとミスリルの体になった事により魔力量が常人のそれを遥かに上回った事で、威力が押し上げられているのではないかと言っていた。

 ならばもっと属性の付いた金属を融合出来れば、今よりも遥かに強い魔法が使えるということか。今度からは属性金属を優先的に見つけ、それらを取り込んでいくとしよう。それに今回は下位から中位の属性金属らしいので、上位の属性金属を見つけられたらきっと素晴らしい結果になるだろう。


「昨日までの5日間の苦労があっという間に解決しましたね」

「ああ、だが体を強化する事も出来たのだ。結果オーライという事だろう」

「はい、結果オーライです」


 そう言って久々に出た言葉にエリーが微笑みながら復唱する。

 エリー…… おまえ笑えたのか、などと思いながら様々な魔法を扱えるように訓練を再開した。この数時間でエリーの今まで見せなかった2つの表情が見えた。これもまた面白い物だと思いながら魔法の訓練、主に威力の調整を開始した。



 そうして2週間ほど訓練をした結果、光や闇などの特殊な属性魔法を除き、上位の魔法もある程度使えるようになった。

 使ってみたいと思っていた探査魔法(ソナー)を使う事が出来たので、これからは周りの状況が手に取るように分かるだろう。思わず顔がにやけそうになるが仕方ない事だろう。

 あとは壁に穴を開けそして塞ぐといったこともしたいのだが、この鉱山には土属性の金属がなかったので、まだ使えないでいる。

 だがそのうち使えるようになるだろう。それはきっと遠くない未来になると思いながらこの2週間の手応えを噛み締め、地上へと歩いていくのであった。

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