VOL.2 金属融合、それは賭けである

 地球人の日本人とデンマークのハーフ、ハリスという者の体を乗っ取り早2週間が経っただろうか。力が9割以上は回復しただろう。

 なら目指すべき世界への扉を開いても良い頃だ。

 まずは第一の関門。無事に地上にたどり着けるかどうかだ。次元の裂け目はある程度は狙えるが完璧とはいかない。あとは運に頼るのみだ。


「よし、次元の裂け目を出すぞ。失敗しても元に戻るだけだ。だがこれほどの体を手に入れるにはまた長い時間が掛かりそうだ。上手くいってくれよ」


 何かに祈った事は無いが、祈りにも似た思いを口に出してしまう。それほどのチャンスなのだ。

 この何も無い場所から外に出てようやく、ただ生きるという事だけでなく、自分から何かを切り開けるだけの体を手に入れたのだ。期待してしまうのは仕方が無いことだろう。


 一息つき、息を整えた後、力を足元に飛ばし次元の裂け目を作り出す。

 一瞬の浮遊感の後、真っ暗な世界から色が現れた。




 ――――――――――――――




「――――んっ!? ちょっと高いか!!」


 次元の裂け目から出た場所は、少し高い木ほどの場所だ。これならなんとか死なずに大地に降りる事が出来る。多少のケガはするだろうが死ななければなんということはない。

 体勢を整え地面に着地し衝撃を和らげる為に転がっていく。


 ――――くぅっ!!


 一瞬の衝撃の後、数回転がりようやく止まる事ができた。

 ……ふぅ、なんとか着地に成功したようだ。転がったのがよかったのだろう。足を骨折する事無く多少のスリ傷程度で済んだようだ。どうやら辺りは木々ばかりで森の中にいるらしい。森には獰猛な獣がいるから注意しなくてはならないが今は無事、大地に立てた事を喜ぼう。


 さて、これからが本番だ。まずは狙った世界へ来れたのかの確認をしなければならない。次元の裂け目がちゃんと目的の所へ出せたのかは分からないのだ。なのでこの世界が行きたかった世界かどうか確認する必要がある。

 だがきちんと酸素もあり気温も人間が過ごせる温度であるようだ。まずは生きていける環境だろうと思う。

 なら後は獣に出会う前に無事に身の安全を保障できる人里に行く事が最優先事項であろう。


 と考えていたら、近くから何か争うような音が聞こえだしてきた。


「なんだ? ……これは人間同士というよりも獣が混じっている音か?」


 近寄りたくは無いが、この世界の戦いがどういうものか分からないので、まずは気配を殺し近寄って観察する事にした。


「……あそこか?」


 音のする方へゆっくり近づいていくと、そこでは全長5Mはあろうかというほどの大型の獣と4人の人間が戦いを繰り広げていた。

 この獣、魔物だろうか、それと4人の人間はかなりの手練れであろう。

 戦闘訓練を受けていない者でもわかるほど、4人の連携が見事に取れているのがわかる。だがこの大型の魔物もそれらに引けを取らない程の身体能力を有しているようだ。

 形はマンモスに似た姿形に尻尾が蛇のようになっている。背中には尖った毛がモヒカンのように生えており、長い鼻からは何やら不可思議な物を飛ばしている。


「なるほど、あれが魔法とやらか……」


 4人の人間も魔法を飛ばしたり、自分や仲間に魔法を掛けたりと様々な方法で戦っているようだ。

 魔物はアイテムなど使えないがあの4人はアイテムも使い、武器や防具も美しい物を使っているようだ。

 きっとお高いものなのだろうな、などと無駄な事を考えていると、大型の魔物が劣勢になってきた。

 4人は見事な連携で、前衛が敵を引き付け、怪我をするとすぐさま後衛が傷を癒す。

 魔物は後衛から片付けようと鼻から魔法を飛ばすと、前衛が大きな盾でもってそれを防ぐ。

 それを繰り返し少しづつ戦況が傾いてきた。

 一気に畳み掛ける為に4人全員で魔物に迫り攻撃を繰り出していく。

 そこで好期を逃すまいと攻撃の手をさらに増やす4人達。

 だが少し違和感を覚えた。


「……ん? なんだ? あの魔物、何か怪しい……」


 戦闘なんて分かるはずも無いのに、なぜか違和感を覚える。どういうことだろう、と思っていると……


 急に視界が光で満たされた。

 その次の瞬間には体は吹き飛ばされ、数十Mは吹っ飛んでいた。


 ――――ぐぅっ!?


 地面をバウンドしながら木々にぶつかり、ようやく大きめの木に体を打ち据えて止まる事ができた。

 しばらく何が起きたか分からず、体の痛みに耐える事しか出来なかった。


 それからどのくらいの時が過ぎただろうか。

 ただでさえ森の中で暗かったのに、さらに暗くなっていたので数時間は過ぎたかもしれない。

 とりあえずは体中が痛いが骨が肋骨を1本折れている以外は擦り傷や打撲程度で済んでいるだろう。なんとか生きている事に安堵する。

 そしてこの元凶となったあの戦いはどうなったかと重い体を引き摺りながら向かっていくと……


「……なんだこのクレーターは?」


 深さ5mはあろう広さ10m以上の抉れた大地があった。きっとあの光の閃光がこれを生み出したのだろう。

 多分だがあの巨大な魔物は自分が劣勢になり勝てないと判断した為、自爆という道を選んだのだろう。

 どうせ死ぬのなら人間もろとも道連れにと言う事か。

 あの強かった4人は生きているのだろうか? もし4人すべて死んでいたら、なんという魔物の執念だろうか。


「これが戦いか…… やられるなら敵もろとも、か…… 生きるというのはこんなにも過酷なものなのか」


 これがこの世界の生きると言う事なのだと肝に銘じながら、あの4人の人間達を探す。もしかしたら1人くらいは生きているかもしれない。

 そんな事を考えながら周囲を探してみる。

 すると……


「3人は所々欠損していて死んでいたな。これは後1人もダメそうだ――――んっ!?」


 微かに音が聞こえた。その音のする方へ向かうと……なんと四肢が無事に残っているあの4人組の1人が居た。

 声にならない声を出しているようだ。

 よくあの爆発から無事に生き残れたものだと関心するが、もう虫の息のようだ。

 近くに余って行きその人間が俺の存在に気づき、何かを言っている。


 なんだ? 何かを言っているが言葉が分からない。……以前次元の裂け目から来た商人の記憶を見た時に、この世界の言葉は分かっていた筈だが意味を汲み取る事は出来なかった。もしかしたら俺の来たかった世界ではないのか? 等と考えていると、目の前の人間はついに息を引き取っていった。

 助ける気はなかったが助けられたら助けようと思ったが、言葉が分からなければどうしようもない。アイテムも分からず魔法も使えず……なら後は何をすればこの人間は助かったのか?

 しかし分からない事は考えても仕方がないだろう。それよりも今出来る事をするべきだ。


「――――そうだ、この人間を支配してみるか。死んだばかりの新鮮な体だ、まだ間に合うかしれん」


 今のこのハリスの体を奪った時のように目の前の人間の体を奪おうとする。以前にも複数人を操れないかと試してみたがそれは出来なかった。それはきっと肉体が腐敗していたからではないかと思っている。なにせどこからか来た人間を次の人間が来るまでそのまま放置しておいたからな。

 きっとその時は数ヶ月か数年か、よく分からないがかなりの期間を置いてしまったのだ。なので体が朽ちていた為に支配できなかったのではと当たりを付ける。

 だが今回は死んで間もない新鮮な体だ。ならばうまく行くかもしれないとさっそく奪いに掛かる。


 意識を目の前の死体に向け集中し少しづつ支配していき、もうすぐ完全に奪えるかと思った瞬間、体の中から何かがごっそりと無くなるのを感じ中断せざるを得なかった。


「――――くっ!?  ……なんだ? 何かがなくなったような……」


 己の体を確認してみるが変わった様子は無い。目の前の人間も変わった様子は無い。

 何が起きたのか分からなかったが、多少なりとも目の前の人間の脳を支配し、記憶を読み取れたので言葉やこの世界の事を理解する事が出来た。


「やはりこの世界は俺の来たかった世界で間違いないようだな。それに言葉が分からなかったのはあの商人がエルフを相手に商売していたからか」


 あの商人はあまりにも長い間、エルフ相手に商売をしていた。なので自分の中の標準語がエルフの言葉になっていたようだ。だから俺が記憶を探った時に出てきた言葉を人間の言葉と思い込んでいたから、この目の前の人間の言葉が分からなかったのか。

 あの時は特殊能力が全く無いために、記憶も対して読み取らなかったからな。それが仇となったようだ。


 しかし目の前の人間の最後の言葉は記憶を読み取ったから分かった。

 それは……


 ――――ここは危険です、逃げてください――――



 たいしたものだ、自分が死ぬ間際になっても他人を気遣えるとは……だからここまでの戦いが出来たのだろう。

 だがまさか魔物が自爆するとは思わなかったようだ。

 咄嗟にバリアを張ろうとしたが間に合わなかったようだ。しかし四肢は無事だな。何かしたのであろう。だが死んでしまっては意味が無い。

 とりあえずこの綺麗な死体は何かに使えないかと触ろうとした……が、急に死体が動き始めた。


「――――っ!?  なんだ!?」


 ボロボロの体に鞭を打ちその場から飛び退り様子を見る。するとその死体が起き出した。

 いつでも逃げられるように準備をしていると、顔がゆっくりと動き、瞳がこちらを捕らえた。


 ――――なんだ? 生気ある者の瞳をしているぞ?


 そう思った瞬間、口が動いた。


「おはようございます、主(あるじ)様」


 ――――ん? 主だと? 何の事だ?


 等と思っていると、人間の方から説明をしてきた。


「私は主様の意思をこの体に移した際に出来た人格です。今はこの体を操り主様のご命令を待っています」


 ん? どういうことだ? 俺がその体を奪おうとした際に体から何かがごっそり無くなり作業を中断した。

 だがそれでもその体を動かす事が出来る程の力を送っていた為に、俺とは違う意思がその体を支配したと言うことか?


 ――――ならその体も意思も俺の物という事だな?――――


 俺の力の一端を持っていったのだ、要は僕(しもべ)が増えたと言う事だ。ならばそれを有効活用するべきだろう。


「よし、お前は俺と共に来い。そして俺の手足となれ」

「はい、主様。ご命令のままに」


 よし、こいつからは俺の気配が微かに感じる。確かに俺の力の一部がこいつを動かしているのだろう。

 ならば絶対の忠誠を誓った仲間が増えたと思えば、これほど僥倖な事はない。この世界で生きていくのに力強い味方がさっそく出来た。これはこの先に期待を持てるだろう。


「まずはその主様という事から正していこう。俺のことはハリスと呼べ」

「はい、ハリス様」

「違う、ただのハリスで良い」

「はい、ハリス」

「それでいい。ところでお前の名前はなんだ?」

「私の名は――――」



 こいつの話を聞くと、名前はないという。それは俺の分身のような存在なので俺に名前が無いのと同じ理由だろう

 そしてその体の持ち主だった奴は誰かと聞いたら、エリー・ライドルというようだ。

 なんでもこの森は中堅冒険者の森として知られていたが、1匹とてつもなく強い魔物が姿を現した。

 それからと言うもの、中堅者達では手にを得ず、この森に近寄れなくなっていたらしい。

 そこで一流の域に達していたB級冒険者のエリー達4人組みがその魔物を討伐しようとこの森に入ってきたようだ。

 だが結果はこの様(ざま)で、4人すべてが魔物の自爆でもって死んでしまったと言う事のようだな。


「エリー、お前はなぜ助かったかわかるか?」

「ええ、どうもこのアクセサリーが自動で守ってくれたようです」


 胸からぶら下がっているアクセサリーにヒビが入っていた。それは十字架の真ん中に小さな水晶が入っており、その水晶が真ん中からヒビが入っているのだ。

 そのアクセサリーのおかげで四肢が吹き飛ぶ事無く、今は俺の僕(しもべ)として生きていると言った所か。

 なぜ生き返ったかと言うと、死んですぐだったので体が新鮮であり、魔力も体から抜け切っていなかった。それに俺の分身の意思がはっきりとあったので、ただ単に記憶を探りまだ残っている魔力で回復魔法を使い、体を治したら生き返ったと言う事だ。

 だが生き返っても脳を支配している為、すでに人間のエリーとしての人格は無く、俺の分身がその体から抜ければ、ただの植物人間になるという。


 ……ああ、そうだ。言葉遣いが少し変わったのはエリーとしての言葉遣いをさせている為だ。俺の仲間という認識を周りの人間達にさせる為に過度な敬語は無しにしたかった。そこで体の持ち主であるエリーの記憶を探りエリーの言葉遣いをするように命じたのだ。あまり変わっていない様だが口調が少し人間らしくなった。

 それに聞いてみると名前の通り女性と言う事だ。もちろん俺の体は男性だ。

 今までは性別は意識してなかったが、これからは仲間が出来たのだ。そういう所も意識していかなければいけないだろう。

 ちなみにエリーの容姿は、髪は金色で瞳はやや赤みがかっている。身長は160cmを少し超えた所だろうか。胸はそれなりに大きいようだ。服装はその胸の膨らみが少しだけわかりづらい物になっており、足が膝下あたりまで見えている。

 一般的な魔法使いのローブのような服に少し装飾を施しているような服装だろう。

 そして顔は一般的な顔よりは上の顔ではないだろうか。記憶を読み取った時、そこそこうんざりする程度には美人だと言われてきた様だ。


 ちなみに俺は身長180cmくらいで顔も平均かそれよりちょい上の中の上といった顔つきだ。

 陸上やってた帰りだったようで、疲れてよそ見してたら次元の裂け目に入ってしまったらしい。

 その関係で服は上はトレーナーで下がジャージという服装だ。

 防御力も何もあったもんじゃないな。そりゃ吹っ飛ばされれば骨くらい折れるか。

 軽くエリーに回復魔法を掛けてもらい、体中の傷を癒してもらった。もう普通に魔法は使えるようだ。

 そりゃそうか、記憶を読み取っているんだ。使い方くらい分かろうもんだ。


 そういったやり取りをして状況の確認をし終わり、エリーと共に他の死んでしまった3人と魔物の存在を確認しに行く。


「魔物はもう完全に死んでそうね」

「ああ、上半身は完全に吹き飛んでるな。だが足はまだ無事のようだ。これは何かに利用できそうか?」

「ん~、どうでしょうか。素材を売れば多少のお金が手に入りそうです。後はまだ魔力が残っているので食べると魔力が体に取り込まれる可能性はあります」

「そうか、なら食べてみるか。この体にはまだ魔力が無いだろうから食べて変化を調べてみよう」


 とりあえず魔物は食べて残った部位を売ることで決まった。俺よりエリーの方が記憶を読み取る量が多い為、この世界により詳しい。それに俺を裏切る事はないから提案は素直に聞いてもいいだろう。

 後は死んでいる3人の人間達だ。こいつらはエリーのように体を奪う事は出来ないだろう。

 なぜなら体はボロボロになっており、それに俺もこれ以上力を割けるほど残っていないように感じている。正直この力がなんなのか、未だに判断がつかないでいる。だが今はそんなことは重要ではない。出来るのだからそれでいい。

 それよりも今は今後の事を考えなければいけない。


「エリー。こいつら3人の持ち物で金属類はあるか?」

「はい、装備は主に金属製ですね。その他にもマジックポーチにいくつかあると思います」

「ほう、マジックポーチという物があるのか。それらは貰って構わないのだろう?」

「ええ、倒された冒険者の持ち物は見つけた人の物ですね。ギルドカードは届ける人が多いですが、それ以外の持ち物は基本的には返ってきませんね」

「なるほど。なら装備もアイテムも貰って構わないだろう。この3人の体は何か有効活用できそうか?」


 そう聞くと少し考えながら首を振った。

 確かにこれだけ四肢のあちこちが吹き飛んでいれば使えることもなかろう。別に食べてもいいのだが、この世界では人間を食べる事は忌み嫌われるとのこと。なら普段からそういう世界の常識は身につけといた方が良いとの事だ。

 俺は体は人間だが存在は人間では無いだろう。なら人間の枠にわざわざ留まることはデメリットが多い。

 しかしもし禁忌とされる所を見られると不都合が起きる可能性が高い。ならそういった事は見つからないような場所を見つけてからの方がいいだろう。


「……しかし俺は何者なのだろうな」

「はい? 何か言いましたか?」

「いや、気にするな。それよりも魔力の含んだ金属はあるか? 出来れば魔力を勝手に周囲から吸収してくれるような物が良い」

「ん~っと、そうですね。これなんかどうですか? このミスリルの長剣はそれなりに高価ですのでそういった効果もあると思います」


 その剣を受け取るが何も感じる事はできない。魔力という物がない世界の体だ。それを感じる事もできるわけが無いな。そういうと魔物の体を食べてみたらどうでしょうと言ってきた。

 そうだな。まずは魔物を食べてこの体に魔力を取り入れてみるか。それで何か感じる事が出来るかもしれん。


「これは生でいけるのか?」

「焼いた方が無難でしょう。まだその体はこちらの世界に慣れて無いでしょうから。よほど胃腸が丈夫であればいけない事も無いですが、そこは賭けるほどのことでも無いでしょう」


 確かにな。わざわざ危険を冒す事も無い。なら焼いて食べてみるか……と思ったが火を起こすアイテムがあるかわからない。この世界ではどうやって火を扱っているのだろうか?


「火の魔法を使う者もいますが、基本はファイアストーン等を加工したアイテムを使います」

「ほう。地球で言うところのマッチやらライターのような物があるのだな。ならそれらは持っているか?」

「はい、ありますよ。でも私は魔法使いですから火の魔法をいつも使っていますね」

「そうか。では頼む」


 いざ食べようとしたが、ここでは魔物をおびき寄せるかもしれないと言う事だったので、少し森の出口に近づき、そこで食べる事にする。

 焚き火をする為に木に火をつけ、マンモスのような巨大な魔物の足をナイフで切り落とし、それを枝に突き刺して火で炙って食べる事にする。

 滴る脂で火がさらに燃え上がる。異常にその脂が良く燃える。

 なぜかと聞いたら魔力を含む脂はなぜか燃えやすいということだった。

 なるほど、不思議な世界だ。だが確実にこの肉は魔力を含んでいると言う事だ。さっそく頂こうではないか。


「ふむ…… ただの焼いた肉の味だな」

「そりゃそうですよ。調味料を一切使ってないのですから」


 一口齧ったが感想が素直に口に出てしまったようだ。こういう上位の魔物は焼いただけで美味いと思ったがそういうことはないようだ。だが肉はとても柔らかい。うまく調理したら極上の料理に化けるだろうと思わせる肉ではあるな。


 この肉を保存できないかと聞いたらマジックポーチに入れれば時間が非常に緩やかになり、長期間保存できるようだ。

 マジックポーチとはなんとも便利だな。どうなってるか聞いてみたら、ポーチに拡張魔法と時魔法を使っているとの事。

 エリーも出来るか聞いてみたら、拡張はなんとかなるが時魔法はまだ難しいらしい。だが成長していけば出来る可能性が高いとの事。頼もしい限りだ。

 そもそもエリー達はB級の冒険者。その魔法使いなのだ、それくらいやって貰わねばな。俺はまだまだ弱いだろう。利用できる物は利用して生き延びようではないか。


「食べてみてどうですか? 魔力を感じ取れますか?」

「どうだろうな。……特に何も感じないが」


 魔力を含んだ魔物の肉を食べてみたが、これと言った変化は見られない。何か体に異変があると思ったが何も起こらないな。

 魔力とはどういうものか聞いてみるが分からないとの事。この世界では生まれつき備わっている物なので意識する事はないという。

 そりゃそうか、どうすれば呼吸が出来ると言われても出来る物は出来るとしか言えないか。空気を吸って酸素を取り込んで等と言われて分かるわけが無い。


「仕方ない、次に行動を移すか」

「何をするんですか?」

「そのロングソードを食べようと思う」

「――ああ、そういえば金属を体に融合させるんでしたね」


 エリー…… いや、エリーの中に入っている存在は俺の分身に近いものだ。俺が何を目的にこの世界へ来たかある程度は知っているのだろう。

 そう思うと声に出さなくても言葉は思考は通じ合うんじゃないだろうか?

 試しにやってみた。


「(どうだ? 聞こえるか?)」

「――え? ……聞こえます。なんですかこれは?」

「成功か。いやなに、お前は俺の分身みたいな物だろう。なら声に出さずとも思考を共有出来ると思ってな」

「(なるほど。そういう事も出来るんですね)」


 さっそく心で会話をするエリー。さすがだな、すぐさま使いこなすとは、心強い。


「これからは聞かれたらマズイ事はこれで話す事にする」

「ええ、そうですね。ならこの方法に名前を付けましょう。なんて呼びましょうか?」

「んー、そうだな。心で話すから心話か、もし他にも出来る者が居たら遠くからでもと言う意味で遠話か。どちらがいい?」

「では心で念じて話すので心話でどうでしょう?」

「そうだな。ではこれからは心話(こころわ)と呼ぶことにしよう」


 頭の中で言葉を交わすことを心話(こころわ)と呼ぶことに決定し、さっそくやるべき事を実行する。

 まずは魔力を含み、そして自動で魔力を周囲から吸収し回復させるという性質を持つ金属の剣。

 それがミスリルという金属の特徴だそうだ。それを削り少しづつ体に入れていこうと思う。


「まずはこの剣を削りたいがどうすればいいだろうか?」

「そうですね…… では私の魔法でこの剣を削っていきましょう」


 魔法でどう削るのかと思ったが、意外な方法を使ってきた。

 こいつは結構頭がいいのかもしれないな。

 その方法は、風魔法と土魔法を使い、風で小さな小さな竜巻を作る。そこに土魔法でもってダイヤモンドのような硬い砂を作り、それらを剣にぶつけていく。

 そうする事で徐々にだがミスリルの剣が削れていくようだ。

 しかし削った金属は土と混ざり取り辛くなるのではと思ったが、しっかりと風魔法で分離しているようだ。

 なんだか地球のサイクロン掃除機を見ている気分だ。いや実際見たことは無いが。

 この前来た竹田、そしてこの体のハリスの記憶から見たも同然の情報があるので見たといっても良いだろう。


「――――っと。これくらいでどうですか?」

「どれどれ。……そうだな、まずはこの程度でいいだろう」


 それはコップ1杯程度のミスリルの鉄粉だ。まずはこの量から体に取り入れて慣らして行こうと思う。

 万が一、拒絶反応を示し体が持たず死を迎えた場合は、エリーに俺の代わりにこの世界で、俺が何者なのか、なぜ生まれたのかを調べろと伝えておく。


「ではまずは一舐めから始めるか」


 さっそくミスリルの剣から削りだした金属粉を舐めてみる。


 …… …… ……  ふむ…… 不味い事以外は変化は見られないな。


 ではもう一舐め。


 ……

 …………

 ………………




 それから10時間以上を費やし、半分ほどを体に収めた。

 しかし特に変わった様子はない……が、若干心臓付近が温かくなってきた。


「それはもしかしたら魔力かもしれません。少しそれを操るようにしてみたらどうでしょう?」


 エリーがそんな事を言ってきたので意識してその魔力であろう物を動かそうとしてみる。

 これが中々難しい。

 何時間だろうか、すっかり陽が暮れ辺りに闇が舞い降りてきた頃、

 何かが、……そう、何かが体の中から動いた気がした。

 それは先ほど熱のような物を感じた部分だ。そこをさらに意識を集中させて、その動いた物を捕まえる。


「体が所々光っておられます。魔力が発光しているのかもしれません」


 エリーの言葉を聞きますます集中する。それは時が止まったかのように感じさせる。

 そしてついに何か分からない物を掴んだ。

 実際に手で鷲掴みにしたわけではないが、確かに掴んだ感触があった。


「これが魔力か? ……体の中で自由に動かせるな」

「はい、きっとそれが魔力だと思います。私のようなこの世界の生き物は体中に魔力があるので動かすと言う意識はないのですが、ハリスは魔力を持たず体に含んだミスリルや先ほどの魔物の肉からしか魔力を得られていないので、部分部分でしか魔力を感じられないのだと思います」


 なるほど。理に適っているな。確かに体中に感じるのではなく、所々にしかこれを感じる事が出来ない。しかし心臓付近が一番多く感じる。これはきっとハリスの体の中に元々埋め込まれていた地球の金属に反応して、そこにミスリルが引き寄せられたせいだろうか? だがそのおかげでこうして魔力を掴む事が出来た。

 分かってしまえば後は容易い。1度自転車の乗り方を覚えたら一生忘れないと言う。これもきっとそういう事なのだろう。


「よし、では今から先ほど食べた金属を体に融合する。まずは右手の骨から作り変えてみるか」


 そう宣言し、魔力を右手に集める。なぜ右手かというと、一番使う部位だから、そこを初めに融合させれば後々使い勝手もいいだろうと思ったからだ。

 なので早速、右手の手首から先の骨を金属と融合させ、硬く作り変える作業をする。ミスリルの金属粉に魔力が宿っているのだ。

 なら魔力を動かすようにすれば、きっと金属粉も付いてくるだろう。

 ならば何のことはない。地球という所は医療と言うのが進んでいる。自分の体、骨の形、血管、筋組織、など様々な物が解明されその構造を見ることが出来る。

 それは竹田やハリスの記憶を見れば分かる事。後はその記憶、知識を使い実際に骨をイメージし作り変えるだけだ。



    ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 どのくらい時が経っただろうか。すでに暗かった空が明るくなってきている。夜が明け朝が始まっているようだ。

 あまりに集中していた為に周りの事を意識できなかったが、ここは森の中。獣達がうろついていたらやられていたかもしれない。

 だが今回はエリーがいる。うまく処理してくれていただろう。

 そう思ったらエリーが遠くから帰ってくるところだ。


「終わったのですか?」

「ああ、終わった。そっちはどうだ?」

「はい、何度か魔物の襲撃がありましたが、すべて問題なく撃退しました」

「そうか、面倒をかけたな」

「いえ、当然のことをしたまでです」


 魔物の撃退を何でもない事の様に話しているエリー。さすが上位の冒険者と言ったところか。心強い。

 それに俺のほうも上手くいった。俺は見事に賭けに勝ったと言える。


「まだ右の手だけだが、骨を金属と融合することに成功した」

「それはよかったですね、おめでとうございます」


 エリーはとても嬉しそうだ。それはそうだろう。俺が死んでしまったら自分一人でこの世界を生きてゆかねばならない。それに俺がなぜ生まれたのか、この世界で分かるかどうかも分からない。それはとても長く苦しいものになるだろう。だからそれらを知る為に俺は死ぬわけにはいかない。


「とりあえずは実験だ。岩を殴るから治療はしなくていい」

「わかりました」


 まずは骨が本当に金属と融合したのかどうかの確認だ。目の前にある直径2mは超える岩を思い切り殴りつける。

 それで岩が壊れる事は無い。それはそうだろう。体は地球人のままだ。それで壊れたら金属なんかと融合なんてしなくていいだろうからな。

 だから予想通りにこちらの手が裂け皮膚が大きく傷ついている。

 そんな事も気にせず何度も何度も岩を殴りつける。皮膚が抉り取られ骨がようやく見えてきた。

 その骨の色は鉛色というよりは銀色のような色合いをしている。きっと骨の白色とミスリルの鉛色が合わさった色をしているのだろう。


 それを触る。そして少し叩いてみる。するととても硬く叩いた音が少し甲高い音をしている。明らかに金属の音だろうと思われる。

 これは骨の音では無いはずだ。骨を叩く音を聞いた事は無いがなんとなく感覚でわかる。

 きっとこれは金属が融合しているのだろう。成功だ。

 ここでようやく俺は確信に至った。


「よし、後はこの皮膚も金属と融合してみるか。もう少しミスリルを食べてみよう」


 俺は残りの半分を一気に食べるとまた意識を右手に集中する。

 それが分かったのか、またエリーは周辺の警戒をしだした。苦労を掛けるなエリー。だがこれが成功すれば俺はこの体を武器として戦えることになる。共に戦える日も近いだろう。

 そうして皮膚も金属と融合する事に成功した。

 今度は右手を見ながらやっていたのだが、抉り取られていた皮膚が逆再生のように再生していくのは見ていて面白い物があった。

 もちろんすぐに治った訳ではないが、徐々に治っていくのは見ていてそのように感じたからだ。


「よし、体にある魔力はすべて右手に集まった。もう食べた金属はすべて使い果たしただろう」


 そう言ってまたエリーにミスリルの剣を削るように指示を出す。

 エリーが剣を削る間、エリーが食べられる動物を仕留めてくれていたので、それを焼き、食べながらミスリルの剣がすべて金属粉になるのを待つ。

 待つこと20分も経っていないだろうか。柄から上のミスリルはすべて金属粉になっており、食べて食道を怪我することも無いほど細かくなっていた。先ほどよりもさらに細かくなっている。食べやすいように気を使ってくれたのだろう。


「よし、これをすべて食べて融合出来れば、右腕くらいなら骨と皮膚を硬く出来るだろう」


 そう言いながら俺は一気にミスリルの金属粉を飲み込んでいく。魔力の感覚を覚えたからだろう。飲み込んだ先からすぐに暖かさのような物を感じる。

 ミスリルというのは魔力を保有するだけでなく周囲からも少しづつだが吸収してくれる。

 俺の予想では体をミスリルやその上位の金属に作り変えることが出来れば魔法も使えるのではないかと期待している。

 とりあえず今は右腕を作り変えることに専念しよう。楽しみは後に取っておくとするか。



 それからまた数時間。辺りには虫や鳥や動物、魔物などの様々な声が聞こえていた。

 雑音が聞こえないほど集中して右腕を作り変えていたと言う事だろう。そしてそれら雑音に気づいたと言う事はその作業が終わったと言う事だ。

 目の前にエリーがいたので問いかける。


「エリーか。――どうだ? この右腕は?」

「はい。 ……とても魔力を感じます。ミスリルの魔力保有量はかなりのものですので、それらがすべて右腕に充満しているように見えます」


 エリーの言うとおりに右腕はすでにミスリルの腕と言っていいほどに作り変えられている。骨はすべて融合し、皮膚も魔力の調節で硬さを変える事が出来る。

 そして筋組織や腱、靱帯など様々な箇所にも残りのミスリルを融合させた。

 ちょっとやそっとの事ではこの右腕に傷を付けることすら出来ないだろう。それほどの腕に仕上がっている。


「俺の予想以上の成果を上げてくれたなこの体は。命を賭けた事だけはあるな」


 試し撃ちにと右腕を先ほどの岩に殴りつける。何度か殴りそして今度は魔力を使い殴りつける。

 魔力をどのように使えば威力が上がるとかはまだ分からないが、それでも感覚で打ち込んでいく。殴れば殴るほどその使い方が分かっていくようで、結局、岩が粉々になるまで殴りつけていた。そのおかげで魔力が空っぽになっているのを感じる。


「エリー。ミスリルというのは周囲から勝手に魔力を補充してくれるのだろう?」

「はい、普通の鉄ですと、ご自分で魔力を補充しなければいけませんが、ミスリルですと人間のように魔力を周囲から自然と取り込んでくれます」

「なるほど。ならばまずはこの体全体をミスリルと融合させるか。そうすればこの世界の人間のように魔力を使い果たしても時間と共にまた魔力を使えるようになるだろう」

「はい。 ……ただ体全体がミスリルですと、そこらの人間よりも魔力量がありえないほど多くなると思われます。多分上位の魔法使いと同等になるかと」


 それは重畳だと言い、これからどうすべきかの計画をエリーと共に話し合う事にする。


「まずはエリー達がいた拠点に向かうべきか。ならこの死んでしまった3人をどうするかだな」

「そうですね。まずはこの近くにある私が拠点にしていた街に行きましょう。それから私の仲間だった3人はそれなりに上位の冒険者だったので、死んだ事が伝わると騒ぎになると思われます。ですが伝えなければ、私が生きているのは不自然になりますので、冒険者ギルドにはきちんと伝えるべきだと思われます」

「なるほどな。まだこの世界の事を詳しく知らないから目立つのはマズイが、今処理しておかねばもっと騒ぎになるか。ならば一旦その冒険者ギルドへ行くとするか」

「はい」


 まずは近くにあるエリーの拠点となっていた街へ行き、冒険者ギルドへ報告を済ませ、その後はその街、もしくはもっと活動しやすい場所があればそちらに行きながら、この世界を調べていくとしよう。


 それに戦力の確認をしてみた所、エリーは魔法使いの中でも中々の素質の持ち主であったらしく、俺の分身が乗っ取った事で、そのすべての能力を使う事が出来るようになったようだ。

 脳というのは自然とリミッターを掛けており、たった30%しか使えていないと言う説もある。だがそれらを外部から強制的に使えるように出来たならば、今まででは考えられないほどの力が使えることだろう。

 エリーが実際にやったようにな。


「この体のポテンシャルは素晴らしいです。今まではB級の魔法使い程度の能力でしたが、今ではその倍はあろうかと思われます」

「それは重畳だ。俺はまだまだ弱い、お前が頼りだから頼もしい限りだな」

「はい、私もこの体にこれほどの素質が眠っているとは思っておりませんでした。きっとこの素質が開花出来ていればあの魔物にも負けていなかったでしょうに」

「それは言ってやるな。自分の力には気づきにくいもんだろう。このハリスの体にも言えることだがな」

「はい、そのようですね」


 思わぬエリーの素質の開花も相まって、これからの異世界探索に希望の光が見えてきた。後は俺の体がどの程度使えるものになるかだが、そこは心配してはいない。むしろどのようになるのか、とても楽しみにしている。

 


 我が意思を持ち始めて早数千万年 ……ようやく我の生きる意味を見出せそうだ……

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